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2012 横断隊レポート 五福 久雄


第9次瀬戸内カヤック横断隊レポート

                         五福久雄

例年11月に行われる瀬戸内カヤック横断隊が諸所の事情により延期され、
第9次の横断隊は2012年3月11日に香川県豊島を出発し、3月17日に山口県の祝島到着、3月18日に行われる祝島の神事に横断隊として参加したのち解散した。
奇しくも出発日は3,11、そして過去にシュレッダーダストの不法投棄、いわゆる「豊島事件」で海を汚した豊島から、未来の海を守るため上関の原発に30年間反対し続けている祝島への手漕船での海旅は、あの日海で亡くなられた多くの人たちへのレクイエム、鎮魂の島巡礼であるとともに、「豊饒の海」と呼ばれた瀬戸内海を、その名に相応しい環境に回復し、確保し、維持するためのデモ行動でもあると私はとらえていた。
厳冬3月半ばの瀬戸内の海況は例年の横断隊に比して寒さと言う難敵が加わり、残念ながら全行程の完漕はならず、島巡礼は初日の大槌島、二日目も大槌島、三日目の北木島、4日目の横島、五日目の大三島、六日目の上蒲刈島の5島と、支援部隊のサポートを受け、蒲刈から上関までを陸路で移動、定期船で渡った祝島の6島にとどまったが、完漕はあくまで目標であって目的ではなく、内田隊長の言う「アウトドアってのはよう、環境って意味なんだぜい、環境の中に身を置いてこそ見えてくるものがあんだよ、これからはよ、シーカヤッカーの目線を政治に生かさなきゃならねんだど。ヒック・・」をまさに体現した旅であり、それこそが目的であったのだ。

*老カヤッカーが見た瀬戸内の海が抱える問題点*
藻場の減少とヘドロの蓄積、それによる磯焼けの振興。
漁獲量と漁師の激減。
どこまでも続くコンクリート護岸、自然浜の消滅等々

これらはすべて私たちが属する日常生活社会の営利主義と私たち自身の過剰消費による産物である。
私が隊長の言うアウトドアの中で消費したエネルギーはヘッドランプ用の単3電池1ヶと調理用の携帯ガスボンベが約半分。たったそれだけであり、金銭の消費はゼロだった。すなわちアウトドアにおいては現物形態(食糧、水、薬等々実生活の中で当該する財、サービス、情報の実際的意味)経済であり、貨幣経済は機能しないのである。もちろん陸路の移動時など日常生活社会に属していたときを除いての話であるが。一方で携帯端末(Iフォン等)等を持ち込んだ者たちはその消費と補充に追われると言う現状も見られた。カヤックから陸上を眺め、もし今ここであの津波が来たら、もし福島の原発事故がここで起きたらと想定しながら漕いだこの旅で得たのは、巨大に拡張した資本主義の帰結は地球環境危機と言う自滅の論理の顕在化であり、これに対して私はポスト資本主義社会、すなわち貨幣経済の一面に現物形態経済を基本として据え付けなければならないという確信である。
「私利の最大化」、これが経済行為の基本目的として見た資本主義である。資本主義は自由な私利追求とあらゆる欲望の充足を貨幣に裏付けられることを前提に容認され正当化されてきた。しかし「私利の最大化」は私たち経済主体が富の貨幣形態への服属と言う意味を持つ。貨幣はどんな富とも交換可能であり、すべての富を支配するので際限のない欲望を生成する。アリストテレスが語っているように(注1)、無際限とは本質的に充足されることのない分裂した欲求である。この分裂した欲求を充足させるために欲求主体はヘーゲルが『法の哲学』(注2)で言うように、それによって自分たちの利得が生じるよう、外部から一定の欲求を生産しようと必死の努力をする。その結果我々は外的欲求刺激と欲求操作の波に嘲弄され自分が何を本当に欲しているかが曖昧化されて来る。こうしてボードリヤールが言う「差異化戦略」と「記号の消費」(注3)が基本戦略となって今日の過剰消費が組織されている。そしてこの資本主義的欲求構造が持つ問題点は地球環境の危機化なのである。
福島原発の事故が起きた後でさえ上関の原発設置はいまだ推進されているし、海を放棄することによって貨幣を得ようとする地方の実態がある。原発は本当に必要なのか、電力は原発なしでは賄えないのか、ましてや地震大国の日本に絶対の安全保障はあるのか、
答えはNOである。
私たちは私たち自身の内なる敵を追放しなければならないし、アウトドア=環境の意識付(教育・啓蒙)が必要である。そしてその動きはもう始まっている。内田隊長の「海洋緑化協会」、須澤さんのレコメンドする「海の森を育てる鉄炭団子(二価鉄イオンの溶出体)の発明者・杉本幹夫さんを応援する会」、原君の「虹のカヤック隊」、祝島の原発反対運動、そして横断隊。私たちの周りだけでもこれだけのアソシエーションがムーブメントを起こしている。これらアソシエーションは理論ではなく、やむにやまれぬ実践である。我々は今おかれている日常生活社会を受容しつつ生きることから始め、自覚的に自分が置かれている事態を捉えることで共同苦悩的にアソシエーションの実践へと向かう。


しかしそれらアソシエーションがバラバラな個別実践に終わらないことが市場原理や官僚統制によって淘汰されてしまわない絶対条件となる。

環境に関するアソシエーションネットワークを構築してアソシエーションを思想的に実践的に普遍化すること。

これが私が第九次横断隊から学んだ事であり、長い長いポスト生殖器を迎えた老カヤッカーの生きる意味なのである。




注1  アリストテレス『政治学』第9章
注2  ヘーゲル『法の哲学』 191節
注3  ボードリヤール 『MONOの体系』宇波彰訳 法政大学出版 1968
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コメント

[C133]

ゴクウ殿、すげぇ~アカデミックなレポートで・・。  御見それしやした。

[C134]

五福さんから学んだこと。上陸後の蒲刈B&Gへ施設利用の挨拶を1番に素早く、また、感謝の気持ちのこもった物言い。
見習います。
お疲れさまでした。
  • 2012-04-05 09:16
  • kusukun
  • URL
  • 編集

[C135]

さすが、有り難いレポート。泣けてきそうだ。本当に、これからが、海に生きることへの真価を問われる・・・
  • 2012-04-10 19:45
  • 隊長
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  • 編集

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Author:瀬戸内カヤック横断隊
2003年第一次瀬戸内カヤック横断隊からの記録を掲載しています。

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