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へぇ~、西原先生がそんなコミュニケーションが苦手なタイプだったとは・・。オレはてっきり、この隊の常連メンバーが、不良でがら悪くおまけにバカな話ばっかしてるから、ちょっと引いてたのかと・・。そう言や、祝島で紹介された若者ハマチャンつうのもちょっと似たタイプで、それ故、彼の作ってる有機のお米の名が「ヒトミシリ」とか・・。多分あの木村先生と
西原先生を足して二で割ったら・・おっと、数学の先生に大変失礼な例えで、冗談ですから。でもこのレポート、予想外に数学的じゃなく人情的なんでびっくり、いやぁちょっと感動しました。 それと、お仕事も決まって何よりで・・
  • 2012-04-18 23:33
  • ユージィ
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一緒に漕いでいて、「あーー西原さんもホントにシーカヤックで海旅をするのが好きなんやなぁ」と思っていました。
お仕事との両立も大変だと思いますが、これからも宜しくお願いします!
  • 2012-04-26 09:44
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2012 横断隊レポート 西原 敬治

第9次瀬戸内横断隊に参加して

                            西原敬治

【漕ぐことについて】
① 「潮流や風について正確な情報をつかむこと」の重要性(有用性)
   ベテラン隊員やリーダーは、海図や海上保安庁の提供する気象情報を駆使して、その日の出発時刻やコースを決定していました。そのおかげで、私のように漕力の劣るメンバーを含む大人数の隊が、事故もなく長距離のツーリングをやり遂げられたのだと思います。残念ながら目的地の祝島には到着できませんでしたが(最終上陸地点は上蒲刈島の県民の浜、以後は陸上移動)、豊島出発直後のUターン決定、大槌島での1日半の停留、北木島をスタートし船折瀬戸を目指した日、潮止まりの時間を目標に出発時間を早めてハイペースで漕いだおかげで、全員難なく瀬戸を通過できたことなど、随所にその威力を痛感しました。
実はそのような技術は私にはありませんでしたし、その必要性もあまり感じていませんでした。というのも、1人で漕ぐ場合は日帰りで潮流の穏やかな定番コースを選び、2人以上でのキャンプツーリング(せいぜい2泊3日)でも、風や潮流の影響で思うように漕げないときは、キャンプ地や最終目的地を自由に変更してきたからです。こう書くと何の問題もなかったように思われるかもしれませんが、激しい潮流に無謀に突っ込んで沈したり(船折瀬戸)、向い潮に苦しめられ通過するのに1時間近くを要したり(鼻栗瀬戸)したこともあります。また天候の急変で、強風と2m超のうねりの中を夢中で漕いだこともあります(斎島・日振島)。事故につながらなかったのは、全くの幸運でした。もし私に潮と風に関する正確な知識があったなら、そんな思いもせずにすみ、もっと充実したカヤックライフが送れたのではと反省しています。そして遅ればせながらも、海図や海上気象の勉強を少しずつでもしていこうと考えています。
② 巡航速度について
   「横断隊=プロ集団=速い」という先入観が強くあり、ついて行けるか大いに不安でした。しかし、速度は考えていたよりも控え目でした。それはある程度、遅い艇に合わせるという配慮があったのかもしれませんが、それ以上に今まで瀬戸内横断を繰り返して得られた経験から編み出された、最適な速度であったという方が適切かもしれません。さらに、①で書いたような「風や潮流を味方につける」航法によって、漕いでいた私自身がイメージした速度以上のものが出ていたとも考えられます。
③ フォーメーションについて
   今回は先頭が4艇、2列目3列目が3艇ずつの隊形(フォーメーション)を組みました。最前列の両端にはリーダーとサブリーダーが位置し、後列に行くほどベテランの隊員が配置されました。そのため、最前列で漕いだ初参加の隊員からは「後ろからベテランが見守ってくれていると思うと、安心して漕げた」という言葉が聞かれました。
にもかかわらず、このフォーメーションを私が乱してしまう場面がありました。停留が明けて大槌島から北木島に向かった日、北木の手前で激しい向かい風に見舞われ「早く風のない入江に到着したい」という思いにとらわれた私は、フォーメーションを抜け出して自分勝手なペースで漕ぎ、皆より5分以上も早く到着してしまったのです。しかし上陸後的確にも「単独行動は厳禁!声の届かないほど離れてはダメだ。皆の中には、行き先を白石島に変更しようかという案もあったのだが、あんなに離れていてはそれも伝えられない。」と叱責して下さった五福久雄さん、ありがとうございました。
【漕ぐこと以外について】
① 参加申し込みについて
   私にとっては2年まえの第8次横断隊に、元同僚だった木村尚樹さんと一緒に初日のみ参加したのが横断隊への初参加でした。そのときは、参加の申し込みなどはすべて彼任せでした。しかし今回、木村さんは仕事の都合で私1人のみの参加となります。そのため、参加申し込みなども自分でしなければなりません。一体誰にどのような方法で申し込むべきなのか?face bookが全く分からない私は悩んだ挙句、内田隊長に直接メールを発信。その中で参加(豊島から祝島までの)の意思を伝えたのです。それに対し隊長からすぐ了解の返信メールをいただき、大仕事が半分終わったような気になりました。「来る者は拒まず」の横断隊のおおらかさを、しみじみ感じました。

② 艇の搬入について
   これも私にとって頭の痛い問題でした。私1人でやる方法として、豊島集合の日の前日に宇野港近くの出崎海水浴場にカヤックを陸送して目立たない場所に置いておき、
  集合日当日は最寄りの宇野線備前田井駅まで電車で行き、そこから徒歩またはタクシーで出崎海水浴場へ。そして、カヤックを漕いで豊島の集合場所に向かう-ということまで考えました。しかし結局は木村さんに、今回参加する福山の村上泰弘さんを紹介してもらいました。そして何回かのメールのやり取りの末、事前に福山までカヤックを陸送して村上さんに預け、集合日当日は村上さん指定の場所で落ち合い、村上艇・西原艇の2艇を村上さんの車に乗せて、豊島の集合場所に向かいました。ほとんど初対面(実際は第8次横断隊で1日だけ一緒に漕いだのですが、そのとき会話を交わしたおぼえはありません)の私に、村上さんはとても親切にして下さいました。有難うございました。
③ サポート隊について
   「単独・無補給」が横断隊の当初の原則だったそうですが、現在は差し入れ、水や食料品などの補給、そして最終日に目的地まで漕げないことが判明した時点での陸上移動と、サポート隊の存在抜きに横断隊は成り立たないのではと感じました。
   大槌島から瀬戸大橋まで漁船で伴走し、特大の穴子を差し入れて下さったビーテンさん、大三島の宗方でいろんな物を差し入れて下さったアッコさんや木村さん。船折瀬戸の高台から旗を振って声援を送ってくださった皆さん。伯方島の道の駅では、熊さんにコンビニでのアルコール調達をお願いしました。そして祝島まで漕ぐことを断念し、最終的に上陸した上蒲刈島のB&Gから室津港まで艇を陸送してくださったユージさん。本当にお世話になりました。
④ 人間関係について
   人には2種類のタイプがあるように思います。初対面のグループにスッと自然にとけ込める人と、そうでない人と。私は残念ながら後者です。ですから、カヤック同好の士を求めて全国に友人を作っていった木村さんや、今回の横断隊でいえば初参加にもかかわらず紅一点としてみんなから親しまれ、いろんな知識・技術を積極的に吸収していったアッキーさんが羨ましくもあります。
   初日から最終日まで、隊長を初め隊員の皆さんは、ぎこちない態度の私にいろいろ声をかけて下さいました。しかし私は、それに充分応えられたとはいえません。本来一番楽しいはずの、焚き火を囲んだ話の輪の中でも皆の話を黙って聞くだけで、隊長からは「西原さんは何にも話さんなぁ、話さんかったらどんな人間か分からんもんなぁ」と言われてしまいました。全くその通りです。
   しかし、私も根っからの人間嫌いではありません。次に横断隊に参加したときには、「少しはまともになったな」といわれるよう、日頃から心がけようと思っています。
  【終わりに】
   第9次瀬戸内横断隊への参加は、「漕ぐこと」もさることながら「漕ぐこと以外」のことで多くのことを学びました。私にとって大冒険だったといっても過言ではありません。隊長を初め、全隊員の皆さんありがとうございました。
それにしてもレポートの提出までに1ヵ月近くもかかってしまいました。最後に、その言い訳めいたことを少し書かせてください。私は'11年度、広島県立S高校で非常勤講師をしていました。横断隊から帰った翌日(3月19日)、新年度の授業クラスを聞きに学校へ行ってみると、教務係の教員から「来年度、西原先生に持ってもらう授業はありません」と、雇い止めを通告されてしまったのです。彼によると、県教委から講師の持ち時間を半減するよう指示があったとのこと。非正規雇用の悲哀を噛み締めるまもなく、去年声を掛けてくれた学校に電話をかけまくった結果、1校だけ講師の空きがみつかり、やっと新年度を無職のまま迎えるという最悪の事態だけは避けられました。おまけに週当たりの持ち時間は、昨年度の2倍ちかい13時間。経済的には大助かりなのですが、今秋の第10次横断隊へは、第9次に参加したときのように1週間ぶち抜きで休みを取るわけには……。悩ましいところです。
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西原先生を足して二で割ったら・・おっと、数学の先生に大変失礼な例えで、冗談ですから。でもこのレポート、予想外に数学的じゃなく人情的なんでびっくり、いやぁちょっと感動しました。 それと、お仕事も決まって何よりで・・
  • 2012-04-18 23:33
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