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2012第十次瀬戸内カヤック横断隊レポート 楠 大和

第十次瀬戸内カヤック横断隊レポート 楠 大和


先ずは会社勤めの私が横断隊へ参加ができるのは、周囲のご理解とご協力のお陰だと

感謝しております。応援していただいた皆様、ありがとうございました。

そして内田隊長、隊士の皆様、今次も内容が深く、楽しいシーカヤックアカデミーを

共に経験できて嬉しかったです。ありがとうございました。



第九次から8ヶ月がたち、再び豊島へ集合したら、

有志は32名という人数になっていて正直ビックリした。

同時に、横断隊の結成以来の参加人数なので、ワクワクドキドキした。

行動時間はどうなるんかな?上陸場所とテント場は確保できるかな?隊列は固まるかな?

色々なことを考えていたが、横断隊の過去9回の実績と、皆の力を合わせれば、

解決できることが多かった。

植村さんと原さんの前準備のおかげで、農民福音学校を知り、

横断隊と近いものを感じられた。



初日から3日間は、村上さんがリーダーを務め、今次の隊のリズムを作った。

過去最多人数の隊をまとめるのは、凄く気力を使うと思う。

旅の後半に、村上さんの毎度の面白さが少し落ちた気がしたのは、

歳や肩の痛みのせいではなく、

リーダーを務めた3日間に、気力をフル稼働した疲れのせいじゃないかな・・・

と、勝手ながら思った。



3日目後半から4日目、4年ぶりに参加したケンシが、リーダーを務めた。

津波島の上陸地を目の前に、強い北風で隊がばらけたが、

全員がそれぞれの居場所で役割を果たし、野営地に上陸ができたと思う。

船折瀬戸も安全に漕げる時間を計算して、難所を突破できた。

ここをよく知るケンシがいて、心強く思えた。



5日目、三澤さんは初参加で初リーダーだった。

本橋さんのサポートも受けつつ、貴重な経験を積みながら緊張していた。

多分、他にもリーダーを経験したい有志がいたと思うが、

チャンスを掴んだのは三澤さんだった。

下蒲刈島の尾ノ鼻では海上で30分の風待ちをして情島へと海峡横断したが、

横断隊らしい判断するべき場面であり、痺れた。



6日目、私。いつリーダーを任されてもいい準備をしているつもりだが、

いざ、任された時の緊張感は毎度のことだ。

津和地島を目指している時に潜水艦が現れ、通過を待ったというのは初めてのことだった。

潜水艦を遠くに認めた時から、変な動きをしてるなぁと注視していた。

原さんやケンシからナビゲーションのフォローを受け、

津和地島の北側へ流されないように目標物を何度か変えながら、

また、左右や後方から大型船が現れないか、警戒して注意深く漕いだ。

昼食を摂るために周防大島の南岸へ上陸した時の雷も怖かった。



最終日、赤塚くんは朝のパッキングが終わったぐらいにリーダーを任された。

過去、赤塚くんが横断隊に参加した年は必ず完漕していることから、

「赤塚くんがいれば完漕できる」という流れにもなっている。

たまたまかもしれないが、こういった運も大切だと思う。

最後の田ノ浦から祝島への海峡横断では、

北東の風がどんどん上がり、簡単にゴールとはいかなかったが、

全員の気迫のこもった漕ぎが勝り、祝島へ到着できた。



■今回させてもらったリーダーについて

6日目にリーダーを任せてもらい、

その日の最後の野営地を決めるにあたって、私はミスをした。

完全に原さんへ頼り切ってしまい、快適にあがれる浜があるという

勝手な思い込みがあった。

沖家室島の橋をくぐる手前に、第七次で野営した場所があったにも関わらず、

狭い浜だと思い込み、上陸もしないで海からの確認で終わらせてしまった。


内田隊長が岸際にいて、私に気付かせようとヒントをくれていたのに

隊を先へ進めてしまった。

久しぶりに怒られた。怒るというか、喝を入れてくれた。

ありがとうございます。

もしあの浜で、全員が1つの場所へ上陸できたなら、

第十次の最後の焚き火は、更に盛り上がっていたはずだ。

また、地家室で原さんが、地元の方へ特別許可をいただけるよう連絡をしてくれたが、

それも申し訳なかった。

1つの判断で大きく状況が変わってしまうことが感じられた日となった。



■焚き火について

このシーカヤックアカデミーで一番楽しみな時間が、野営地での焚き火である。

身も心も温かくなり、人と人が近くなる。

この焚き火のそばで隊は1つになっていくと思う。

漕いでいる時はほとんど喋らない裕治さんを知りながら、酒を飲み、

焚き火で夕食が作れるので、ガスやガソリンといった燃料も節約できる。

横断隊は漕ぐことも大事だが、焚き火を囲う時間も大事だと思っている。

話す相手のことが少しずつ分かり、驚いたり笑えたりと凄く気持ちがいい。

時にはキツい言葉もあるが、それも醍醐味・・・かな。

焚き火ができない浜へ上がってしまうことが、一番辛いことだと思うし、

焚き火ができたら「これ以上の贅沢はないな。」と幸せな気分になる。

ケンシがほぼ毎晩、焚き火の後片付けをしていた。



■今の仕事について

私はシーカヤックのプロガイドではなく、

アウトドアショップの販売スタッフとして働いている。

横断隊の経験を生かしてお客様と向き合い、

その人のライフスタイルにあった道具やウェアーを提案しているつもりだ。

そして、少しでも多くの人が自然に興味を持ち、

外遊びを楽しみながら発見や感動を味わえたらいいなと思っている。

それも、シーカヤックを通して魅力を伝えたい。

豊島から祝島までの浜や、野営地の流木、

下蒲刈島と上関を漕いでいる時のわき上がる魚(魚がおどっていた)、

多くの海草や田ノ浦の透明度の高い海をシーカヤックで旅をしながら見てほしい。

豊かな海を守り、再生し、これから先の未来でも、

シーカヤックの旅を楽しみたいと思ってもらえるはずだ。



■今後の横断隊について

横断隊へは第六次から全行程での参加をさせてもらっているが、

瀬戸内の海からの視点を重視しながら、

隊と共に自分が成長する機会をくれる貴重な場だと思う。

参加を継続するほどに、私はそう強く思うし、

横断隊をこれからも残していきたいという気持ちになる。

過去の先輩隊士や今次の隊士、そして未来の有志と横断隊で

瀬戸内を漕げることも楽しみであり、今後も10年20年・・・それ以上、継続させたいと思う。




最後になりましたが、

内田隊長、10年、70日間、本当にお疲れさまでした。

内田隊士、まだまだ共に焚き火がしたいですね!もちろん11月の瀬戸内で・・・。
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2003年第一次瀬戸内カヤック横断隊からの記録を掲載しています。

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