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2012第十次瀬戸内カヤック横断隊レポート 津高 直樹

『らんぼう、お前の目は死んでいる』とHさんの鋭いツッコミから始まった第十次横断隊。


僕自身、『瀬戸内カヤック横断隊』に参加したのは今回で実は四回目である。
『四回参加してこの気ずかいの無さはなかろう!おめぇよう横断隊を語るには12~3年早ぇぞ』

と諸先輩方の声が聞こえてきそうでドキドキしながらこの文書を書いている。
過去に参加したのは上関原発の抗議行動と重なり、一日しか参加できなかった祝島~周防島間と残り二回は悪天候の為、B&Gまでが最高だ。
つまり、祝島を目指してその向こうの海を漕いだことがない。
原さんが周防灘から海が変わると聞いていたのでその海に憧れがあった。


まず正直に書かなければならないことがある。
今のところ僕はただついてゆくだけのダメカヤッカーである。
『海図のこの記号は何を意味しているんだろうか?
前に教えていただいたことがあるが忘れてしまった。
今さら恐れおおくて聞いていいのだろうか…。』
『とりあえず今は、ナビゲーションよりも自分のフォームを固めよう』
そんなことばかり考えていた。

心のどっかについてゆけばなんとかなるという依存心があった。
それが、自分でもよくわかった場面があった。
三澤さんが焚き火の中でいきなりリーダーに指名された時だ。
その姿をみていて次はまさか…とおもい自分の中にある『なんとかなるさ』から『なんとかしなければ』へむけてドキドキ注意報が発令された。
その夜、一年生に基礎的な潮の知識を教えてもらった。
そして、自分のフォームチェックから先輩方の動きをみるように意識しだした。
意識しだすとむかい潮のときは岸べたで半流をうまく利用して進むこと、
風のむき潮の流れを読んで流されているのを想定して船の先を変えること、
情島へ渡るときの絶妙な判断など
そこに意識をむけるとただ必死に漕いでる時とは、違うものが見えて気がした。
『依存から自立へ』
『兵士から戦士へ』
そんな言葉が頭に浮かんだ。


そして、周りが見えていないということで人に迷惑をかけてしまったこともあった。
潮目を通過したときに後方確認を怠り遠藤さんのカヤックの前方に船尾が接触しカヤックに穴を開けてしまったのだ。
しかも、そのことを言われるまできずいてなかった。
こういうときほど視野を広くもって事前に後方確認を行うということの大切さを教えてもらいました。
遠藤さんごめんなさい。

瀬戸内海独特な文化に触れたことも印象に残っている。
例えば、魚介藻類の霊をまつる墓標がたっている姿。
これをみたときにいのちを大切にする文化がここにもあるんだ。
と感動した。
僕が横断隊の旅を通じて特に感じたいのはこういうところだ。

自分達は何によって生かされているか?
それを感じるには生と死を近くに感じことが大切だし、
横断隊はその近さをダイレクトに体感でき、再確認できる特別な場なのかな。と思っている。
ある見方をすれば『修行』かもしれないし、
ある見方を見方すれば、『気づき』の場かもしれない。

僕は普段の生活はある程度便利だし、物質的にかなり豊かに暮らしている。
よくよく考えてみるとありがたいことだらけだ。
だけど、盲点がある。
意識をしなければ、いのちをとりまく『生』や『死』などあやゆる繋がりを感じる機会が失われてきているようになってしまっていることだ。
このことを感じれるかどうか?は何が真実で何が嘘なのかということの見る目の根幹をつくる上でとても重要なことだとおもう。。
それを、寒い雨風の中日々めーいっぱい漕いで、自然にあわせて、テント張って、焚き火囲んで…という日々を過ごすことで確認できた気がした。

そして、今回1番感じたのはこうして、カヤックを漕げる環境にあること自体がありがたいことだということ。
田ノ浦で抗議行動をしていた時は、
参加したいと思っていたけれど正直それどころではなかった。
この数年、田ノ浦で自分達が生かされている海との繋がりを生活レベルまで当たり前に感じて行動している人たちをみていて、魂が震えた。
その人たちの背中をみていて何か自分にもできないかなと、思わさせてもらった。
それを何十年もやってくれていた人が祝島から二隻の漁船を出し出迎えてくれた時、その時の姿が思い浮かんできて涙がでた。

以前、祝島に『神舞』という1200年前から伝わる四年に一度のお祭りで時にしかださない櫂伝馬という船を漕がせて頂いた。
その時に自分は海のこと全くわかってないと祝島の人や横断隊の人たちの背中を見て深く感じた。
そして、内田隊長から言われた言葉が衝撃だった。

内田さん『櫂伝馬を漕ぐってどういうことかわかるか?』
ぼく「…どういうことですか?」
内田さん『この島と一生かけて付き合ってくってことじゃねーの?』

それを言われた時に、横断隊を漕いでみたい。漕がなきゃわからない。と強く思った。

そんなことを思い出してみると、
田ノ浦から祝島を目指している時に感慨深い気持ちになった。
そして、やっぱり思った。
自分にとっても、社会にとっても、地球にとっても喜べることをカタチにしていこうと。


横断隊が祝島に到着したとき想像以上に嬉しかった。
サポートしてくださったみなさんや出迎えてくれる人たちがいてくれること。
そして、漕げる環境があって、自然があって、ご先祖様がいて僕らが生かされていること。
すべてに感謝です。
ありがとうございました。
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Author:瀬戸内カヤック横断隊
2003年第一次瀬戸内カヤック横断隊からの記録を掲載しています。

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