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2012第十次瀬戸内カヤック横断隊レポート 西岡 竹義

西岡竹義

第10次横断隊のメンバーで一番印象の薄かったと思われる西岡があえてレポートを提出します。

当初から初日だけの参加予定だった事とお恥ずかしい事に全く皆さんのスピードに全くついていけなかった事もあり、
レポートは提出しなくてもいいのかなと自分で思っていました。
ところが昨日facebookを見ていましたら内田隊長殿から私にレポート提出のコメントがありましたので書かせて頂きます。


私が横断隊の事を知ったのはシーカヤックに興味を持ちだしてnetでいろいろと見ていましたら
横断隊の記事が掲載されていることを知りました。
また私の近所に皆さんよく御存知のビーテンさんこと西原さんがいまして、地元の飲み会等で会話した時に
シーカヤック談義でいつも盛り上がっていました。

昨年の第9次横断隊のスケジュールが発表され、私は一度でいいから自分の目で確かめたい、内田隊長殿を見てみたい、
横断隊の皆さんとお話がしたいと思い西原さんにヤポネシア号で一緒に応援に連れて行ってもらうよう懇願しました。
しかし、前回は強風、大荒れでヤポネシアは出動できませんでした。

第9次横断隊の皆さんが大槌島で強風の為、滞在しているのを聞いた時、私が通勤している陸上ですら、
もの凄い強風が吹いていたのを覚えています。
これだけの悪天候の中を大槌島でキャンプをしているとは私の中では想像を超えていました。
第9次横断隊の写真が随時upされているのを見て、やっぱり、めちゃくちゃカッコいいなあ、冒険家の集まりなんだなあと
ますます横断隊のへの憧れが強くなりました。
第10次横断隊のスケジュールが発表された事と、また内田隊長が隊長として今回が最後ということも聞き、
一度でいいから内田隊長とお会いしたい、横断隊の皆さんとお話がしたいという思いが強くなり
西原さんにも相談しました。
またFLIPSIDEの植村さんにも事前に相談をしました。
話を聞けば聞くほど横断隊に参加して見たいという気持ちが強くなりました。
第10次横断隊のスケジュールと自分の仕事の都合、体力的な事も考えて初日だけの参加しかできないと判断しました。
しかし仕事も多忙となり、横断隊への参加がわくわくの期待から不安を感じる気持ちが少しずつ増えてきました。

スタート前日、西原さんと相談し天気もいいみたいだし前夜祭には行こうということで急遽準備をしました。
私はカヤックを初めて2年くらいですが島でテントを張ってキャンプをした事は、ありませんでした。
子どもが小さい頃は毎年キャンプには行っていたのですがカヤックキャンプの道具はいっさいありません。
初日だけの参加なので食べ物、飲み物と寝袋一つが荷物でした。
いよいよヤポネシア号で豊島へ向かいます。
期待と不安が交錯する中、一度体験してみないと何もわからないし、いろいろな人と出会えるそれだけでも自分には何かしら
プラスになるんだという気持ちで船に乗りました。


紅葉にいろづいた豊島が見えてきました。浜に行くとそこには私の想像を超えた世界がありました。
まず驚いたのがカヤックの数と荷物の多さです。皆さんカヤックガイトの人なんだ、プロの人なんだと。
私がこんな人たちと一緒に漕ぐのは間違いだなとすぐ感じました。
西原さんは知り合いの人がたくさんいて、抱擁したりしていました。
西原さん、やはり人気者だなあ、また西原さんの人脈は、どれだけ広いのって改めて感じさせられました。
楽しみにしていた前夜祭がはじまりました。
片山邸の大広間に全員集合しましたがいやいや凄い数でした。
また楽しい人ばかりでした。私は内田隊長とお会いしたいと思った最大の理由は
netで内田隊長が写った写真を見るといつも最高の笑顔なのです。
また一緒に写っている人もみんな歯を出して笑っている人ばかりなのです。
内田隊長がもっているオーラは、一体何なのか?
どういう男なのかがとても気になったのです。

内田隊長を始め、横断隊の皆さんは冒険家だからとても怖い印象があったのですがお話を聞いていると
とてもユニーク、おもしろい、楽しい人ばかりでした。
前夜祭に参加できただけでも私にとって大変意味のあることでした。

翌日は5時起床ということが聞こえてきて皆さん寝袋で寝始めました。
私も寝袋で寝ようとしましたが全く寝れませんでした。
横になっていると内田隊長、原さん、大田さんの会話が聞こえててきて今回の横断隊の事や今までの事を聞くことができました。

結局一睡もできずに私は朝を迎えました。浜に移動しスタートの時間をひたすら待ちました。
私はカヤックに積む荷物は食べ物と飲み物だけで何もありませんから全く暇でした。


いよいよスタートです。スタート前に説明があった編成にもとづいてなんとかスタートできました。
風も少しあり、天気も怪しい感じでした。
私はスタートして徐々に編隊から遅れて行きました。最初の休憩ポイントまでで200メートルくらいは離されていました。
まるでマラソンをしてているようで息があがり、喉が渇き、腕も疲れだしこれはちょっと無理かもって思いました。

遅れていく私にアトバイスをしていただいたのですがなかなか真っすぐ進みません。
波をうけるとカヤックは右に進み、次は左に進みとほとんど酔っ払いのおっさん状態でした。

女性にも追い抜かれ、これはもう無理だと感じました。直島の浜でリタイアしようかと思いました。
最初の休憩ポイントを過ぎ波が穏やかになると私のパドリングも軽快になりカヤックも真っすぐ進み始めました。

先頭の村上さんも抜けるくらいのスピードが出てきました。この感じならついていけるかもって思ったのでした。
しかし波が出始めるとまた酔っ払い状態になりました。

私は、ある事に気づきました。村上さん、植村さんのカヤックは、荷物が載っているからカヤック自体が沈みぎみで安定して
真っすぐ進んでいます。しかし私のカヤックは波をうけると波の影響をもろうけています。
プライベトーで一人で漕いでいる時は何も感じませんがこうやって他の人と漕いでみると違いがよくわかりました。
これもいい勉強になりました。

大槌島になんとか上陸しましたが私は先頭から200メートル以上は余裕で離れていたと思います。
たき火をしたり他のメンバーからお菓子を頂いたりと疲れは、少しですがとれていたように思えます。
たき火をしているとパンツ一枚になって服を乾かしている沖縄から来た男性がいましたが彼は笑っていましたね。
たき火を囲んで会話するあの時間も大変 楽しい時間でまた人とのコミュニケションがとれる素晴らしい空間だと思いました。

私は、悩みましたがこの大槌島でリタイアすることにしました。
内田隊長、原副隊長、植村さん、村上さん、らんぼーさん、平畑さんにリタイアすることを報告しました。
大槌島から横断隊の皆さんがみるみるうちに離れていくのを見送って 寒しさ、むなしさ、自分の体力のなさを痛感しました。

大槌島から王越の浜を目指したのですが本船航路を横切るのも必至でした。体力もなかったです。あにいく風が追い風だったので
なんとか浜に到着できました。途中は波にまかせて流れている時もありました。
浜には妻が迎えに来ていたのですが心配性の妻の目には涙が。。


でも今回 初日だけでしたが横断隊に参加できた事を大変光栄に思っています。憧れの内田隊長と少しですがお話出来た事、
また横断隊のメンバーが思っていること、考えている事が少しでも理解できたと思っています。

皆さんのレポートを読んでいますと7日間漕ぐという事が大変厳しいということ、また完走したメンバーの気持ち、感動も感じる事ができました。

来年 私は参加すべきなのかまだ分かりません。
しかしいつの日か この瀬戸内海で少しでもシーカヤックをやっている男としては 7日間を漕いでみたいものです。

内田隊長はじめ、横断隊の皆様、ビーテンさんこと西原さん 大変お世話になりました。
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2003年第一次瀬戸内カヤック横断隊からの記録を掲載しています。

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