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2010第八次瀬戸内カヤック横断隊レポート 植村 泰久

第8次瀬戸内カヤック横断隊レポート 植村 泰久

去年僕から隊長に豊島はどうですかと進言した。まさか豊島ゴールにはなるとは・・・
例年の祝島のように島民が快く迎えてくれるのか?不安の中たくさんの人たちに相談し、準備を進めた。

横断隊が始まる前に隊長から今回は海洋大学の2人が参加するとのメールがあり。一人は女の子らしく。
メールの中で『この二人は結構漕げるよ。つまりノウハウはある。』この言葉が気になっていたが、
第7次で女性がいたので、僕のかってな思い込みで今横断隊も少し楽ができるかもと室津に向った。
すでに室津には隊員達が集まっており、隊長を筆頭に懐かしい顔ぶれ、初めて会う隊員達と清水丸で祝島に向った。
翌日から横断隊が始まる緊張感・高揚感が入り混じった期待が全身を駆け巡っていた。
いつものように朝焼けのなか静かに、横断隊の初日が始まり、いつもはゴールの浜・・・
そこから僕は静かに船を下ろし、パドルを水にいれスタートする。海の様子は過去の初日の海とは違っていた。
身体も心も覚悟がすみずみまでは浸透していない・・・去年のことでいい気になっていた自分がいた・・・

初日は去年の田ノ浦騒動のため、横断隊に参加できなかった『山口組』ダイドック原さんがリーダーをかってでた。
横断隊の7日間の風雲を告げる海況の中一路田ノ浦を目指し隊列を組んで漕ぎ進めた。最前列のヨッシーを見ていて、
『ノウハウがある』の言葉が理解できた。顔色を変えずに淡々と漕ぐ後姿!ヨッシー恐るべし!
黒崎鼻から周防大島の水路横断のときに原さんから『植村さん大丈夫ですか』の声がかかり、僕は『大丈夫』と答えたが
その後、航路横断のリスクを避けるためにトーイン状態で水路を横断した。ショックだった。その夜は落ち込んだ・・・
第六次の女木島のことを思い出した。その時も原さんから『大丈夫ですか?』僕は『無理』と答えた。僕自身は女木島と違うと思っていたが、
リーダー原さんからは同じに見えたのだろう・・・・まだまだ覚悟ができていない植村がそこには居た・・・

その後の2日目まではそのことがあり、隊に迷惑をかけることなら、1年参加を見送ろうと心の中に迷い、
いろいろな思いや葛藤・・・・・僕自身のパドリングが乱れていた気がする。
隊自体も向かい風、逆潮で思うように距離が稼げず、隊自体の焦りや気負いがあったような気がする。隊列も間延びしていて
隊員達の思いがチグハグしていたように感じた。
市井の浜で木村先生から『ロープが張ってなくて、緩んでいて、漕いでいたよ』の言葉で心の中のもやもやが晴れた。
木村先生の言葉とスプレースカートには感謝です。有難うございました。
隊長からは『引きが強く、まだまだ押しが足らない』とアドバイスがあり・・・もっともっと漕ぐ勉強をしなければならない。
僕も初老の域に入りは初め、急にはカヤックが旨くはなりませんが、
1年ごとに進化する為に横断隊は60歳までは参加をしますので、宜しくお付き合いをお願いします。

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Author:瀬戸内カヤック横断隊
2003年第一次瀬戸内カヤック横断隊からの記録を掲載しています。

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