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2012第十次瀬戸内カヤック横断隊レポート 植村 泰久

第十次瀬戸内カヤック横断隊 
植村泰久レポート

【横断隊とは人生元年・カヤック元年】
内田隊長との出会いはホクレアが日本に訪れた年ことであり、尾崎さんと天草シーカヤックアカデミーに参加した帰りのことであった。
ホクレアをサポートするために内田隊長を広島まで送った車中で会話を交わしたことが、私にとってのカヤックの始まりである。
その時の2人の会話は意味がわからず、ほとんど覚えてないが、私がカヤッカー格好(ファッション)についての感想を言ったのを覚えている。
その時は、背伸びして内田隊長に接したかったのが本音で、訳もわからず会話の中に飛び込んでしまった
私の言葉は、内田さんには 『なんやこいつ』 『どこの馬の骨や』と感じたに違いないし、私を見抜いていたと思う。
翌年、尾崎さん勧めで横断隊に一日だけ参加をした。
出発地は直島だ、前日 名もない浜に集合で、知らない人達の仲でオイラはあまり会話にも入れずに居場所のないまま、朝を向かえ、隊に遅れながら、
かろうじて白石島に上陸できた。初回は散々な目に逢い、家に帰り、2週間ほど経った頃・・・来年も参加しようと決めたことを思い出す。

振り返ると、横断隊に参加をするために陸地と厳しい現実を私は生きてきて、大袈裟ではなく、横断隊の『心の旅』を夢見て生かされた気がする。
内田隊長のコメントに『これを期に海の世界に本気になって頂きたし』 『これからが本番でしょうね』 心に ぐっさときた!
このコメントも心に残った 『植村さんの、進化は、真価という感じでした。いい訳もほとんどなかったし。黙々と進む姿、カッコよかった。次は、リーダーよろしくです。
まだまだ深い世界がありますから。・・・・・・・。』その言葉はとても嬉しかったし、ほんの少しは隊員の仲間入りができたような気がした。
其れを期に、60.9歳までは参加し続けること心に決めた。

私の横断隊は1日だけの第五次から始まり、7日間を漕ぎきる横断隊は第六次から、今十次で連続6回目のカヤック旅
54..9歳から59.9歳・・・其れまでの人生を考えさせられ、今までの価値観を根底から覆し、生き方を変えられたようなに思う。

『内田正洋=瀬戸内カヤック横断隊』
横断隊と内田さんから、54.9歳まで生きてきた人生を否定して、カヤック人生の旅を始めたといっても過言ではない。
よくもこんな軟弱なオイラを暖かく、時には厳しくカヤック人生を学ばせてもらった。まだまだ修行が足りない・・・未だに迷走しているが、そんな内田さんが隊長を退く、第十次横断隊の隊員として漕げたことは、有難く、まだまだ内田さんと漕ぎ、学びたいと・・・・
内田隊長が言った言葉 『70日の横断隊』は私の心に新たな意味を持たせてくれた。
横断隊は私にとっては『縁』 『誇』であり、これからも誇りをもって漕いでいこう!!

毎回横断隊に参加するごとに、新たな発見があり、自分自身の弱みが露呈して、次回に難解な宿題がいつも生まれてくる。
今次も自分のパドルを室津の車内に忘れて、隊員たちの厚意でパドルを借りて、漕がしてもらった。(五さん・楠君・ハルさんのパドル拝借)
慣れていないパドルで7日間漕ぐことに動揺していた自分がいて、2日目の朝に右手首が痛くて、手首から上が腫れてあがっており、パドリングするたび痛みが走り、痛みを抑える漕ぎで、だましだましでの漕行が、そのあとの漂流に繋がった。
弓削島の南岸を越える頃に、北から風と南から潮流を警戒しての漕ぎだったが、佐島を越えるあたりから風が強くなりはじめ、隊列が右に左にと蛇行を始め、流れを意識しすぎたし、目標地点への進路変更と判断の迷いがあった。佐島と津波島の水路から吹きぬける強烈な風に煽られ、一瞬で沖に流された。
舳の立て直しが「必要な時に手首は悲鳴をあげた。今思い出すに、手首の痛みは引き金であり、他にも問題があったと思う、
それはパワー不足だと思う、強烈な向かい風で漕ぎは、しなやかパワーが必要であり、浜に上がる時には余力はなくなっていた。
今回、初めての経験であった。あとでいろいろ対処方法を考えたが、行きつくとこは『しなやかパワー』と感じた。
身体は年ともに衰え、『しなやかなパワー』を身に付けることは非常に難しい!来次まで少しでも身に着くように精進しよう・・・・・
でも怠惰なもう一人自分がいて、折り合いをつけながらやるしかないよな~


『素晴らしき横断隊士』
第十次は史上最大の人数での横断隊で、第8次から新しい横断隊が生まれそうな予感がした、
30人超える隊員達、介護が必要な老人から、将来を担う活力あるベテラン達、初めて参加した若き男達、愛と根性の女子カヤッカー達・・・・
それぞれがそれぞれの思いを胸に秘め、心の深淵をさまよう海賊たちの中、旅ができたことは、新たな希望を与えてくれた。
瀬戸内の自然・海・水面から伝わる魂 無心に前へと差し出されるパドルブレードから繋がる気合、焚き火の炎・煙たち、どれもこれも横断隊の『気』
太陽と月に自然に見守れ、尊敬の念は絶えない。心の底からありがとう・・・

アシナガツルが編隊を組み互いに声掛けして、エベレストを超え、安住の地に旅立つ姿は、まさに瀬戸内カヤック横断隊であり。
この10年、無頼の輩を希望の地に導いてくれた内田隊長。内田さんが言う『いい加減で・・・・』言葉をようやく解った旅・・・
ありがとうございます。お疲れ様でした。『いい加減・・・』体得するまで、内田正洋として参加をせつに願います。

7日目に到達した田ノ浦は、これまで見た田ノ浦でなく、活力ある、希望が溢れ出る、神々しさに感動した。
長島を過ぎ、祝島『祝の島』が見えてきたときに、全隊員から歓喜の雄けびが響き渡り、それぞれの心に残る感動は『素晴らしき隊員』の証・・・・

静かに優しく見守り、併走してくれた清水丸、久坊の船 岸壁で手を振り、迎えてくれた島民・・・・
過去の横断隊をサポート賜った多くの人達、先達、祝島の皆さまに本当に感謝申し上げます。

来次からの原隊長が率いる横断隊に大いなる道が開かれるよう!エールを送ります。

コイデニシこと植村泰久
漕々
 
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Author:瀬戸内カヤック横断隊
2003年第一次瀬戸内カヤック横断隊からの記録を掲載しています。

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