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2012第九次瀬戸内カヤック横断隊レポート 吉田 亜紀

第九次瀬戸内カヤック横断隊 レポート
吉田 亜紀

○参加しようと思ったきっかけは?
内田さんに参加表明したときの返事は即答で「いいよ!」の明るく軽いノリであっけなく承認してもらえた。もちろん嬉しかったが、不安も大きかった。なにしろキャンプツーリングをしたことがなかったし、荷物で沈んだ艇を漕いだ事もなければ、一日20km以上漕いだ事もなかった。いろいろな質問をして、内田さんはそれに全部答えてくれた。はっきりと応えてくれたので徐々に不安も薄れていったのだが、今度は逆に質問をされた。
「で、参加しようと思ったのはなんで?」
う・・・一瞬言葉がつまった。
大部分は好奇心からだったから、なんとなく後ろめたかったのだ。みんな真面目に勉強しに行ってるようなところに、そんなノリで参加してはいけないような気がしていた。
なので、あんまり覚えていない。自分が何と答えたのか。確か、瀬戸内海を漕いだ事がないからとか、大勢でのキャンプツーリングを経験してみたいとか、とにかく経験値を稼ぎたいというようなことを答えたんだと思う。自信がなさすぎて、ダメな答えだったなと今更ながら反省。


○ギアなどのこと、気が付いたこと。

マップ、マップケース
ボートショーの水路協会ブースで、プレジャーボート用海図を瀬戸内海全域分買った。モノクロコピーして、パウチして、2枚ずつ貼り付けた。肩に穴開けて、ガイロープでまとめた。
でも、使わなかった。サイズが見にくい、モノクロも見にくい。
坂上さんから出発直前に借りた、海図のカラーコピー&パウチとVOYAGEURチャートケースを使った。みんな使っているだけあって、やはり一番使いやすいのはこの組み合わせか。。
一日で一回めくるくらいなので、みんなはここ使うかなってところを予想して、用意していた。予想外に進まなかったり、ルートが予想外だったりして、村上さんはマップがないときもあった。そういうこともある、ということですね。

GPS
ガーミン eTrex VentureHC(サウス備品)をAQAPACに入れて使用。電池交換を忘れて、3日目のログが飛び飛び。残念すぎる。一番きつかった部分のログが欲しかったのにー。それを踏まえて、毎晩取り替えることにした。

コンパス
シアトルスポーツ・デッキコンパスを使用。事前練習のときに何回かは装備して漕いだけど、チラチラ見てただけ。当日漕ぎながら、使い方を覚えた感じ。いま居るところから何度方向に行きます、とか。海図と合わせて、2日目の大槌島で本橋さんからナビゲーションを教わった。コンパスの見方、海図の読み方、ルートの決め方、など。

携帯
予備バッテリー1個もフル充電しておいて、あまり使わなかったので、全然持った。最初のお風呂に行った時に、コンセント借りて充電した。

カメラ
直前に予備バッテリー2個(中国製)を購入。ちょっと心配したけど、ちゃんと使えてよかった。いつも通りに撮影して、大三島の道の駅まで持った。海上で充電切れたのは、これまた肝心の船折瀬戸の直前だけだった。あー、動画撮りたかったなぁ。で、大三島でランチ上陸してすぐ公衆トイレで電池交換&充電。
気温差と湿気で、5日目あたりでレンズに結露発生。これは焦った。上陸して、テント張って乾いたころに、電池フタを開放して湿気を飛ばしてみた。多少直ったかな、と思ったけど、強力除湿剤とカメラ用ドライバッグも用意しといた方が安心。次は持っていこう。

トイレ
基本的に皆さんが気を使ってくれたので、不自由さは感じなかった。ドライスーツではなくセパレートにしたのと、レイヴンパンツのポケットに使う分だけのトイレットペーパーを入れておいて、時間かからないようにした。ぽーれすとは、持って行かなかった。海上で使う勇気がない。。。

ハンガーノック
1回だけ。寝坊したときに撤収しながら食べていた朝ごはんが足りなくて、急にペースダウンした。なったことがなかったので、自分でそれと分からなかった。いつの間にかペースダウンしていてどうした?って聞かれて、「お腹がすいて力がでないよ」と答えたら、それハンガーノックだよ、ちょっと休憩しようってことに。糸井くんにもバナナチップ貰ったりして、ようやく復活。こまめにエネルギー補給した方がいいですね。それ以降は休憩で止まるたびに、キャラメルとか口に入れるようにした。
私が起こした翌日に、寝坊した隊長も朝ごはん食べる時間なくてハンガーノックになった。誰でも起こるんですね。朝ごはんは重要、昼ごはんもしっかり食べないとってことですね。

日焼け対策
毎朝日焼け止めを塗って、ランチのときに塗りなおしてたけど、サングラスから下半分が日焼けした。顔が赤いし、皮むけちゃってひどかった。ウォータープルーフはもちろん、ちょっと高くてもいい日焼け止め買った方がいいと思った。一番後悔したと言ってもいいくらい。

リーダー
誰でもやらされると言われていたけど、私も糸井くんもご指名ナシ。ほっとした。
一日目 村上さん、植村さん
三日目 村上さん、植村さん
四日目 本橋さん、西原さん
五日目 村上さん、楠さん
六日目 楠さん

それぞれ個性的なリーダーシップで、面白かったし勉強になった。
リーダーにはその時々での判断も大事だけど、周りを見ることが大事だと思った。
どちらかというと、統率力はこの横断隊の場合そんなに必要と思わなかった。

パドリング
初日からしばらくは全然ついていけず、正直焦っていた。瀬戸内の人達のペースが速い!パドルが長いからかな。メインもサブも240cm以上を使っている人もいたし、それでもピッチ速めだったし。マーシャス・グラス230cmをメインで使っている西原さんなんか、一番ペース速かった。とにかくビックリした。洲澤さんのアリュートパドルが一番人気だったかな。ニンバスのナロー245cmは植村さんと五福さんも使っていた。二人も速かったなぁ。
遅かったのは、糸井くんと私。3日目まで追いつくのがやっと。3日目で糸井くんが日程終了で帰って、その夜にパドリングの話になって、4日目それを考えながら漕いでいたら、急に掴んだ!ペースが上がって、でも体力的には変わらなかった。隣を漕いでいたらんぼうさんがビックリして、すぐに「速くなったね、どうしたの?!」って。後を漕いでいた原さんから、一言「パドリングがよくなった」と言われたのが嬉しかった!
その日は隊長がハンガーノック起こした日だったこともあって、このパドリングの変化は目立ったようで、晩の飲みでは隊長からも植村さんからも村上さんからも褒めてもらった。前日の晩ごはんのときに、パドリングの話になってそのときにヒントを得た。それを意識したパドリングにしたら、楽に進むようになった。
向かい風もあったので、少しでも避けられるかとちょっと前傾姿勢になっただけ。そうすると肩の位置が前に下がって、パドルが入る位置が少し前寄りになって、1ストロークでの長さが少し長くなる。ピッチは変えなくても速くなった。
このパドリングでパドルを立てて漕げば、マラソンのときの漕ぎ方になる。



初日
香川県 豊島 甲生 6:20頃出艇
風もそんなになく、割と順調に進む。でも、私と糸井くんが遅いため全体のペースが上がらなかったようだ。途中で向かい風に変わった。
大槌島で早めの昼休憩を入れて、風の予報と海況を見つつ今後のルートを相談。本土側を通るか、瀬戸内ど真ん中ルートを通って、瀬戸大橋を目指すか。風の上がる予報の時間と向かい潮になる転流時間と日の入り時刻と、このメンバーのスキルとペースを考えて・・・・・厳しいかもしれないけど、ど真ん中ルートを通ることに決まった。
昼ごはんを済ませ、再出発。
思ったよりあがらないペース、どんどん上がる向かい風。転流しての向かい潮と、それに合わせて高くなる波。危なっかしい一年生。後から全体を見ていた隊長と原さんは、これ以上はやばいと思ったそうだ。原さんが前を行く村上さんに相談、その時点でたぶん予定していたルートの1/3も行ってなかったかも。そのまんま大槌島へ180度引き返すことに決めた。大槌島からそこまで45分漕いで、戻るのに25分くらいしかかからなかった。
正直、私はそんなに怖くなかった。風は強かったけど、もっと高いうねりも経験したこともあったので、うねりがなく向かい風とこのくらいの波高ならまだ焦ってなかった。ただ、向かい潮は経験がないので、前に進まないのが精神的に堪えた。左右にある島が全然動かないんだもん。。辛かったー。
まっすぐ行くルートにしたのは、風はこのまま2日ほど落ちない予報だったので、大槌島に缶詰になるのを恐れての判断だったとのこと。本土側に行こうとすると、本船航路をこの状況で横切らないといけないし、四国側へ行こうとすると今まで通ったことがないので、どこでキャンプできるかよくわからないっていうことだった。
ルート決めの判断と、海況判断の難しさは、このケースで全員が思い知らされた。行かなきゃ良かったのに、とは誰も思っていない。この場合は出て、その状況にならないと気が付かなかった、と皆言っていた。昼の時点で止めといた方がいいと思っていたのは、実は隊長と原さんだけだったようだ。他のベテラン隊員たちは「大槌で缶詰より多少荒れてても漕ぐ」方を選んだ。こんな状況になるのも瀬戸内海ならでは、多少リスクがあっても挑戦できるメンバーと一緒に漕げることも横断隊の意義なんだと改めて思った。参加して本当に良かった。
大槌島に再上陸して、焚き火を起こしてテント張ったりしていると雨も降ってきた。寒いので着替えて、植村さんのアノラックも貸して頂いた。気づいたら糸井くんはガタガタふるえていて、着替えも一人じゃ出来ないくらいの状態だった。隊長から一言、「おまえ、それハイポサーミアだよ!早く着替えて焚き火に当たれ!」初めて見た。簡単に起こるもんなんだ。
と思ったら、糸井くんのウエアリングに問題大有り。撥水性のない普通のウインドブレーカー、海パン、カナディアンカヌー用のネオプレンヒザ当て。この寒い3月に長ズボンのパドリングパンツすら履いてないなんて!それを見た五福さん、たまらず予備で持ってきたKOKATATのパドリングパンツ(ソックス付き)を貸してあげました。五福さんはKOKATATのドライスーツだったので、問題なし。原さんもKOKATATのずいぶん昔のドライスーツ(でも浸水一切なし)で、隊長と村上さんと楠さんと植村さんはモンベルのアノラック。本橋さんはドライトップ、西原さんはモンベルの薄手のパドリングトップ(寒くなかったのかな?)とウエーダー。らんぼうさんはKOKATATの新しいパドリングジャケット。楠さんはレイヴンライトパンツ(ソックスなし)とネオプレンソックスとクロックスの組み合わせ。浸水を気にしなければ、それもありですね。
私はKOKATATセミドライトップとレイヴンパンツ、中にフラッドラッシュといういつもと変わらないウエアリングで、朝は寒かったけど撤収しているうちはバタバタしてるから割と平気。出艇してしばらくは寒いけど、日が差してくると暑い。汗かくくらい。汗でベタつくことはなかったけど、脇の背中側とか胸の上と擦れて痕になった。アンダーがよくなかったかも。擦れにくいのはフラッドラッシュアクティブスキンかな。

二日目
大槌島停滞
朝の時点ではまったく風は変わってないので出られず。転流時間とペースを考えると11時半で出艇しないと間に合わないので、その時間まで保留。焚き火の周りやテント内で思い思いの時間を過ごす。私はらんぼうと糸井くんと、本橋さんに海図の見方や簡単なナビゲーションを教えてもらう。
11時半、焚き火の前にいつものように座っている隊長、一瞬海を見て「ムリ!停滞!」朝とほとんど変わらない海況と風なので、そうだろうな、むしろ出たくなかったから停滞の判断してくれて一安心。出られると直感したら、多少キツイ海況でも出るって話を聞いていたので、ちょっとビビっていた。
午後、ビーテンさんがカラフルな漁船でやってきた。東条くんも一緒に、朝獲れアナゴを差し入れに来てくれた!この風の中、ありがたいことです!らんぼうさんが受け取りに行ってくれて、村上さん楠さん糸井くんと私で捌いて、ダッチのフタで素焼き。その前に楠さんがカメノテを取ってきてたので、塩茹でカメノテとアナゴで贅沢なキャンプ。サイズは小さかったけど、ふわふわでこんなおいしいアナゴ食べた事ない!って全員が言っていたくらい。本当にありがとうございました。

三日目
大槌島 6:20出艇
昨日一日つぶれてしまったので、今日はしっかり漕がなければ。寝坊してもだめ。4時起きで撤収、6時すぎに出艇。今日も風はあるけど、昨日の暴風まではないので大丈夫。瀬戸大橋を越えて、できるだけ先に進むことにする。初日に引き返したルートも今日は安全に通れる。風はこわい。瀬戸大橋の直前で休憩。こんなとこまで来れたなんて、この大きな橋をくぐれるなんて、すごく嬉しい!風も落ちて、天気もいいし、昨日までが嘘のようだ。瀬戸内海って穏やかだな~。
お昼ごはんのあと、キャンプ地までほぼ一直線に漕いだ。相変わらず糸井くんと私は遅れていて、隊のペースを遅らせていた。薄々気が付いていたが、誰もそれを言わないので、後からそういえばそうだったな、と思った。ペースが遅くても責められることはないので、自分で気が付いてなんとかしないといけないんだ。先輩からいちいち教えを乞う場所ではない。それでもいいかもしれないけど、自分から気づくことも勉強なんだと思った。
手のひらにマメができてきた。そういえば、テーピング持ってくるのを忘れた。右手首の腱鞘炎も、かばってるけどやっぱり違和感あるし。それもあってアンフェザーの塩島アリュートパドルでこの日の昼休憩まで漕いでいた。でも、ペースがどうしてもあがらないので、どうしてかなと植村さんたちに聞いたら「後から見ていると、ブレードの半分しか水に入ってない。今の漕ぎ方だとアリュートを使いこなせてない。それに、そのアリュートパドルって、グリーンランドパドルを作ってる人が作ったでしょ?アリュートの割りに短いよ。予備で持ってるワーナーの方を普段使いしてるなら、そっちの方がいいんじゃない?」とのアドバイスだった。ので、塩島さんにはちょっと気が引けるがワーナーの古いリトルディッパーにした。
パドルを変えて少し漕いだら、みんなにそっちの方がいいねって言われた。そうかもしれない。いつも使ってる平パはやっぱり慣れてる。ペースも少しあがった。
楠海岸に上陸。糸井くんはここで離脱。原田さんに迎えに来てもらって帰って行った。ハイポサーミアの見本を見せてくれてありがとう。
夜の焚き火を囲む時間、パドリングの話になった。ところ変われば道具も変わる。漕ぎの目的も違うので大変参考になった。

四日目
6:55出艇。
いつものようにカヤックもテントもみんな霜で真っ白。穏やかな一日の始まり。
今日からフォーメーションを変えて、らんぼうさんが右、左が楠さんで、私が一年生の列の真ん中になった。相変わらずペースが上がらないけど、どうにかこうにかついていくようにして、エネルギー切れになったら余計に迷惑をかけてしまうので、こまめに行動食をとるようにした。
本船航路のある広島側へ寄って漕ぐので、割とタンカーなどが近くを通る。水平線の向こうにうっすらと見えてきてから、すれ違うまで結構早い。先に進むかやり過ごすかの判断を迷ってると、すぐ近くまで来てることも。タンカーって予想より速い。水平線に姿が見えてから頑張っても絶対に横切れないと思う。タンカー待ち、漁船待ちが結構多かった。
あぶと観音の近くを通ったとき、らんぼうさんがもうすぐ生まれてくる子のためにお参りした。海の上からお父さんが無事に生まれてくることを祈ってくれるなんて、すごくいいなぁと思った。幸せを見た気がする。
お昼休憩は陽の当たる砂利の浜。野菜ジュースとインスタントのうどんだったかな。ごはんの後は海図を見てブリーフィング。残りの日数とこの隊のスピードで、野営できるルートを選んでいく。このへんがフィールドの村上さんの情報は非常に重要だった。
午後にはラジオの取材で、植村さんと原さんが出演。瀬戸内というか、中国四国地方はシーカヤックが割りと身近なのかなと思った。
村上さんの地元、鞆の浦を通過。のどかな水辺の風景がとてもいい。古い映画館のあとなどが残っていて、上陸して散歩したいところ。風が上がってきていたけど、鞆の浦は山と山に挟まれているので、穏やかに漕げる。
鞆の浦を過ぎると途端に風が強くなった。しかも、向かい風。少しでも弱いところを探りながら漕ぐように、岸ベタで進む。本当に岸ベタ。操業中の小さな漁船も流されてやりずらそう。
15時 薄いオレンジの砂浜がきれいな横島へ上陸。
今日は朝からみんなのパドリングを観察していた。洲澤さんの作るアリュートパドルを使う人がほとんどだったので、同じく平パを使っている五福さん、植村さんのパドリングを特に観察してみた。村上さんは後ろ過ぎてちょっとしか見れなかった。でも、みんな全く力が入ってない。たぶん長距離漕ぎのパドリング姿勢になってるので、無理な力も入ってないしスピードも無理なく出てる。荷物満載の長い艇を漕いでるのにすごい。
姿勢を変えてみたり、ストロークを考えてみたり、しばらく黙々と考えながら漕ぐ。
と、すっとスピードに乗った感覚があって、楽に進むようになった!
隣を漕いでいたらんぼうさんがいつの間にかすぅっと後ろへ。
頑張って漕いでるわけでもないのに進むようになった。掴んだ!
長距離ツーリングのパドリングポジションが分かった、気がした。
らんぼうさんも、植村さんも五福さんも、もちろん隊長も原さんもそれに気が付いて、焚き火を囲みながらビックリしてほめてくれた。いろいろとアドバイスもくれた。しのちゃんと漆さんからのたくさんの差し入れもあって、心もお腹もあったまった夜だった。

五日目
6:15出艇。曇り空、霧のスタート。とても寒い。デッキにはさみっぱなしのグローブが霜で冷えているので素手で漕ぐ。小雨も降り出したのでフードをかぶる。休憩して行動食を食べてもなかなか体が温まらない。太陽出て来ないかなぁ。これからのルートは私の中でのメインイベントがある。船折瀬戸の通過だ。今まで見たこともない流れの瀬。あの中に入ってしまったら、どうにも前に進めない。初日は半日しか漕げなくて、二日目には停滞しているのでただでさえ遅れてる。時間を気にして漕ぐ。タイミングよく瀬戸に入るためのタイムリミットがあるのだが、それに間に合うかどうか。
船折瀬戸に近づくと、崖の上からサポート隊の声と旗がはためく。
転流の時間を少し過ぎていたがリーダーの指示で一列になって進む。左の岸沿いから入って、フェリーグライドで右岸へ斜めに渡る。
緊張して集中していたせいか静かな瞬間だった気がする。
無事に通過できた。前日のあの感覚が見つからなかったら、もしかしたら私の漕ぎが遅くて、この時間に間に合わなかったかもしれない。
11時半頃、伯方島でお昼休憩。みんながほっとしてる。焚き火で沸かしたお湯で作った糸井くんからの餞別のスープがなんだかおいしかった。ここでも差し入れを頂く。手作りのパンとあったかいお茶が嬉しかった。どうもありがとうございました。
ようやく日が照って、暖かくなる。みんなのフォームを見れるのもあと少し。よく見ておこう。
五福さんは集団よりも少し沖寄りを漕ぐことがあるのだが、それは潮を読んでのことだった。潮を読むなんて出来ない。わかるのは潮目くらい。経験とはこのことなのか。
15時大三島南岸に上陸。祝島まではまだ遠く、最終日を使っても到達できない。となると、最終日を移動日にするしかなく、明日の漕げる距離と車でのピックアップとそのあとの移動、キャンプ適地はどこか・・・・で今夜のキャンプ地が決まった。他にもキャンプ候補地はあったが、過去の経験からこの小さな浜になった。小さな浜を開拓していってくれて、この横断隊のキャンプ地として案内してくれる、村上さんや楠さんや瀬戸内のガイドの皆さんに感謝します。
焚き火を起こし、明日のルートを決める。明日は車移動のしやすい上蒲刈島まで漕ぐことになった。差し入れのあったかいうどんを頂いたあと、あっこさんと五福さんと植村さんのご好意でお風呂に連れていって頂く。久しぶりのお風呂を満喫。ついでにコンセントもお借りして、携帯とカメラ充電。自分も充電できて、よく眠れた。お風呂に入っても鼻と頬の皮がむけるのは治らなかった。日焼けか寒さか。水野くんに借りた一人用のモノポールテントで寝るのも今夜が最後だと思うと、この狭さもいとおしく感じたりして。

六日目 集合写真を撮り、6時半出艇。今日のルートは短いけど、ちゃんと早起きして出艇する。テントを張らせてもらっているという感覚なので、地元の方の邪魔にならないよう日がしずんでからテントを張り、日が出るころ撤収するのが当たり前。だって、ここは地元の方の生活圏であって、キャンプ場ではないんだから。
曇り空の穏やかな漕ぎ最終日。リーダー楠さんも最後まで引っ張ってくれた。すぐに追い風が吹いてきたが、風裏になるように、ならない場所は岸沿いに行けば、そんなに気にならない。右手の親指の付け根、小さなマメもつぶれないまま終わろうとしている。隊士の皆さんと漕げるのもこれで最後。たくさん写真を撮った。顔までは見えない写真が多いけど、皆さんの充実した空気を感じる。
観音崎でトイレ休憩、時折うろこ雲の間から陽が射すが相変わらず寒い。いろいろなことをそれぞれ話しながら漕ぐ。たまにらんぼうさんが座礁したりして。
11時前、蒲刈B&G海洋センターに到着。今回の行程はこれで終了。今夜はここに泊まらせて頂き、明日は車に全員分の艇を積み込み、移動する。
五福さんと楠さんとセンターの方へご挨拶に行き、快くOKを頂く。毎回のことだけどキャンプ・宿泊の許可をもらうのも、この人数だと難しいときもあるだろう。皆さんが毎年続けてきたおかげでこうして安全にカヤッカーが泊まれる場所があるってことが素晴らしいと思う。
艇の荷物を片付けたあと本橋さんと楠さんの艇に試乗させて頂く。唯一ラダーレスで参加していた本橋さん、もともとの動きがラダー艇とは違うのに変わらずに漕げるのはさすがです。私も普段はラダーレスだけど、これだけのキャンプツーリングではラダー付きが安心。どちらも漕ぎやすくて操作性もいい艇でした。WFのマーメイドにも乗ってみたい。
大きな艇庫を使わせて頂いて、みんな屋根の下で食事をして寝る。雨も気にならない、電気もある生活。だんだん日常に戻っていくのが少し寂しい。遅くまで焚き火台の周りで飲んで、皆さんの話を聞いていた。

七日目 移動日。
ゆうじさんのトラックに艇を載せて頂き、隊員もサポート隊も全員で祝島へ向かう。いろいろな方がいろいろなかたちでサポートしてくれる横断隊は本当にすごい。これも内田隊長の人柄なんだろうなと思う。それに、毎晩焚き火の前に座り、一緒に飲んでいろいろな話をしてくれるのも、本当にいいなぁと思う。疲れているはずなのにそんなことは一言も口に出さずに。
祝島行きの船着場でさらに人数は増え、にぎやかな団体になった。宿泊にはいこいの家を使わせて頂き、空き家のお風呂を順番に貸して頂いた。泊めて頂くお礼にひじき干しのお手伝いをした。空いた時間で五福さんとあっこさんに島内をガイドしてもらった。皆さん、ありがとうございました。
夜は反省会、遅くまでいろいろな話を聞いた。

八日目 神舞の奉納演奏を観て、らんぼうさんガイドで原発建設予定地を見に連れていってもらった。
原発の反対運動をカヤッカーがやっていること、あまり知らなかった。ちょっとだけニュースで見たことはあるけど、神奈川に住んでいてその話題になることはほとんどない。虹のカヤック隊のこと、実際の工事の様子などいろいろ話しを聞かせてもらって予定地の景色を見ると、反対運動のつらさが想像できて涙が出てきた。なんでこんな豊かできれいな海に、この海を大事に思っている人がたくさんいるところに、原発を建てようとするんだろう。海が生活の場と思ってない人には必要と感じないんだろうな。日本人は海の幸が大好きで、交通手段はフェリーだったり車や電車で橋を渡るし、海に囲まれてるのを意識しないはずはないんだけど、なぜか忘れちゃっているんだ。海で遊んでないからなのかな。自分が小さい頃遊んだ好きな場所や、好きな生き物や食べ物のこと、ちょっとだけでも思い出したらいいと思うのに。自分の家族や友達、好きな人のこと、これからのこと、ちょっと考えてみれば想像するのも難しくないと思うのに。そして、考えないことや知らないことはよくないと思った。自分ができることなんて、ほんの少しのことかもしれないけど、やれることからやっていこうと思った。


横断隊の存在を知ってから、参加して、たくさんの人達と知り合って、いろいろな考え方を感じられたことは、私の大切な経験になりました。内田隊長を始め、隊士の方々、サポート隊の方々、初めて来島した私でも快く迎えて下さった祝島の皆様、ありがとうございました。いろいろとアドバイスしてくれたり用品を貸してくれたりしたお友達カヤッカーのみんな、心強かったし、本当に助かりました。どうもありがとうございました。そして、忙しい中11日間も休ませてくれた石田社長と職場のみんな、本当にありがとうございました。
最後に、レポート提出が遅くて大変申し訳ありませんでした。長文駄文で心苦しいので、あまり読まないで頂きたいくらいです。。。
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Author:瀬戸内カヤック横断隊
2003年第一次瀬戸内カヤック横断隊からの記録を掲載しています。

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