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2012第十次瀬戸内カヤック横断隊レポート 本橋 洋一

ご報告が遅くなりまして失礼しました。
第10次瀬戸内カヤック横断隊、本橋からの報告をさせていただきます。

まずは10年間総隊長を務められた内田さん、本当にお疲れ様でした。誰もがそうであるように僕にとっても横断隊との関わりは内田さんとの出会いによってもたらされたものであり、今の自分の生きる路を選んだきっかけだったとも思っています。
ありがとうございますという言葉ではお伝えしきれない感謝の念と、内田さんが育んできたシーカヤックへの想い、海への想いを次の世代へ受け継いでいかなければならないという重責も感じております。少々おこがましいですが。
今次のように大人数でも完漕できたことはなんといっても10年という積み重ねの賜物だと感じずにはいられません。それは人から人へ、そして海から人へと賜ったものではないでしょうか。シーカヤックを生業とする者としてその大切さと重さ、そして素晴らしさに改めて感動しています。
海はいつでも僕らに語り掛けているんですね。海からの語り掛け、小さな声に耳を傾けられるのが横断隊の旅なのではないでしょうか。それは一人旅とはまた違った声が聞こえるのかもしれません。

情報の共有と意識の統一というのも完漕の大きな要因だったと思います。人数が多くなっても朝のブリーフィングと夜の反省会というスタイルは変わらなかったですし、その日のリーダーは前夜、うっかりすると当日朝に指名されるという緊張感も例年通りでした。この緊張感を保ち続けるのは海旅でとても心地のいいものだと感じるのは僕だけでしょうか?
今次はリーダーのご指名はいただけず代わりに三澤さんを補佐することになりましたが、これはこれで自分がリーダーするのとは違った難しさがあり、反省点もありますが楽しく勉強することができました。
おそらく三澤さんは口うるさい小姑みたいのが憑いたような感じをされたかと思いますがご容赦を。このあたりの「いい加減」がまだまだですね。
また、終わった後にログ(航海日誌)の記録についてご指摘をいただきましたが、せっかくリアルタイムでネット上に共有できた情報を、当の横断隊の皆さんと共有しなかったのはもったいないことだったと反省しています。次回以降は朝か夜、みんなが集まっているところで報告し、ログ、航跡を共有したいと思います。

そして次の10年、そのまた次の10年、横断隊への自分の関わり方はどうなっていくのか、どうしていくのかを考えさせられた旅でもありました。
2013年春、僕は三重県でシーカヤックショップ「サニーコーストカヤックス」を開業予定です。
4年間お世話になった「パドルコースト」の吉角さんから独立し、伊勢志摩地方にある五ヶ所湾をベースとしてシーカヤックを中心にスクールとツアーを開催します。
いよいよ船出の時です。
僕は漕ぎ続けます。それは東北で震災があった年、そして紀伊半島で大水害があった年にも熊野海道を一人で漕いだのと同じ気持ちです。それでも漕ぎ続けなければならないという想いを信じて漕ごうじゃありませんか。
吾唯漕々。ただ漕ぐ。僕の造語ですが、すっかり気に入って今では座右の銘ですね。

皆さま、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。


○ 今次の反省

1、牽引の判断の迷い

三日目、津波島南岸での出来事です。

概要:風波の中で操船不能になっている艇を牽引するかどうかの判断の遅れと、牽引ロープをサードハッチに入れていて、瞬時に取り出すことができなかった。

状況:海峡、そして島の鞍部から吹き出す北西からの強風。みるみる波は高くなり、気が付くと二艇が隊列から離れ始めていました。
最初は声掛けをしましたがバウを風上に向けるのに苦戦しているのが見てとれ、僕は横を漕いでいた人(誰だか覚えていません)に見てきますと声を掛けてから隊列を離れて二艇の方に近付いていきました。
まず、淡々と漕いでいた植村さんよりも少し手前にいた五さんに近付き、さらに声を掛けて励まし様子を見ていると辛そうながらもまだまだ操船不能にはなっておらずバウを風上に向けようとしていたので、このまま寄り添いながら漕いで行こうかと考えていると、ふと目を離しているうちに植村さんがさらにぐんぐん隊列から離れていてどきりとしました。
淡々と漕いでいるように見えたのはすでに操船不能に陥っていてフォワードストロークしかできなくなっていたからだとはっと気付き、五さんに指示を残して植村さんの方へ向かいました。
植村さんは疲労のせいか右手首の痛みのせいか、声を掛けてもほとんど反応がなく、それでも時折思い出したように右スターンラダーを入れていましたが効果はなく、風に押されてどんどん沖へと流されていくようでした。
この時僕は左スイープをしてくださいと声を飛ばしましたが、これもほとんど効かず、さてどうしたものかと隊列との距離、陸との距離を見ながら考えているところへ原さんが来てくれました。
原さんは来た途端に引っ張ろうと言い、すっと植村さんへ近付きバウを捕らえて牽引ロープを掛けました。
僕はこの間、ちょっと呆気に取られて見ていただけだったように記憶しています。えっ、もう引っ張っちゃうんだ、と。
すると村上さんも来てくれたことに気が付きやっと我に返り、牽引のサポート体制も整ったので僕は隊列に戻って状況を伝えてきますと言い残してその場を離れました。
隊列へ戻る間、僕は煩悶しました。牽引の判断は早くないだろうかと。まだ植村さんに頑張ってもらう余地はなかったのだろうかと。
そして自分自身の装備のことも考えました。僕は普段からカウテールしかライジャケには装着しておらず、ロープは別に10mのスローロープを携行し必要な場合はそれらを組み合わせて牽引するようにしていました。その牽引用のスローロープはサードハッチの中にありました。手を突っ込めばすぐに取り出せますが、この風波の中でサードハッチを開けるのはリスクを伴います。
植村さんの状況と僕の都合。僕はもしかしたらどちらも同じ天秤に掛けて計ってしまっていたのかもしれません。
そんなことをつらつらと考えながら隊列へ戻りリーダーの井手さんに状況を報告し終わり、もう一度隊列を眺めてみると、一艇隊列から離れているのが見えました。五さんでした。まだ風に苦戦していて隊列に戻れていなかったのです。
これには二度びっくりです。すぐに二艇ほどが近付いて行くのが見えたので一安心しましたが、フォローの手配をすっかり忘れていたことに自戒しました。
こうして時間こそ掛かったものの全員無事に津波島に上陸できました。

所見:未だにあのタイミングで牽引するかどうかの判断には迷いが残っています。理由は、横断隊は誰にとってもチャレンジだからです。僕は植村さんにあと5分でも頑張って欲しかったです。ただそれは安全管理とは相反する要望です。その結果が最悪なものになっていた可能性もあり、僕はやっぱり原さんが引っ張ったことに安心もしています。
僕はツアーで牽引したのはパドルコーストでの4年間で一度きり、それも非力な女性に対してだけです。それでも吉角さんには散々叱られました。なぜその状況になったのか、そしてどうしてもう少し時間を掛けてでも漕げるルート取りができなかったのかと。
牽引するのはガイドにとってある意味で簡単です。思い通りに動いてくれないお客さんを思い通りに引っ張ってしまうからです。逆に、そうならないように天候を読み、ルートを工夫し、漕ぎ方のアドバイスをするほうが何倍も難しいし面倒くさいです。
横断隊はガイドツアーではありません。お客さんはおらず、全員が仲間でありリーダーです。僕は牽引するのはあらゆる意味で最終手段だと考えていました。
それでも僕はロープをデッキに出していなかったことを猛烈に反省し、上陸後すぐにロープをサードハッチから取り出してデッキにくくりつけました。その後の四日間はずっとコクピットすぐ後ろのショックコードに挟んでいました。
強風下で操船不能になりそうになった場合の対処法のことも考えました。
一つはラダーの効果を最大限に発揮するためにフォワードストロークでスピードを上げてからラダーを切る方法です。
もう一つはスイープストロークです。曲がりたい側にパドルのブレードを入れてリバースストロークないしリバーススイープをする方法もありますが、これは曲げる力と一緒にブレーキの力も働いてしまいカヤックが失速する場合があります。失速するとラダー(舵)操作は効きにくくなります。
スターン側でラダー操作するのなら、フォワードスイープが効果的です。つまり曲がりたい側とは反対側で大きくしっかりスイープするのです。ポイントは後ろまでしっかりと漕ぎ切ることです。
曲がりたい側で効果的なラダー操作をするのならスターンプライ(自分のカヤックのスターンから、ブレードを真横、直角に押し出す漕ぎ方。カナディアンカヌーで良く使う技術)をしなければならず、これはとても難しいです。外傾で曲げるのなら、ブレードを入れているのとは逆側にリーンをしなければなりません。カヤックの形状にもよりますが、内傾で曲げる場合は相当リーンをかけないと効果が低くなってしまいます。
さらにもう一つ、これは後で聞き知った方法ですが、ラダーを上げてしまうという対処法です。風波の中でラダーが効かずバウが風上に向かないのなら、いっそラダーを上げてスターン側の抵抗を減らしてわざと風に流されやすくして、代わりにバウは風上に向きやすくなる、という方法があるそうです。
理論としては分かりますが実戦で試したことはないので、今回の状況で有効だったかどうかは分かりませんが、こういうやり方もあるんだという参考にはなるでしょうか。

僕は何が正しくて何が間違っているのかを考えるつもりはありません。あくまでも無事に終わったことに対しての「IF」の話であり、何よりも行動に出ることができなかった自分の未熟さを思い知った出来事でした。
こうした疑問、煩悶は次回の横断隊へと持ち込み、そして段々と消化していくものなのかもしれません。それは第九次で初日に起こった大槌島への引き返しの判断と、それに至った大槌島へ渡った判断についても同じです。どちらも僕にはまだまだ消化不足です。


2、体調管理不足

集合直前に風邪をひいてしまい、薬を五種類も服用しながらの横断隊となりました。
家を出る頃は咳がひどくて夜眠れないほどでかなり不安もあったのですが、豊島での夜は眠りが浅かったものの、その後は潮風が喉にいいのか咳はみるみる治まり、2、3日でちょっと喉に違和感がある程度にまで回復しました。
ただやはり体調に対する不安から陸の上ではなるべく大人しくするようにし、夜の焚火の周りにもあまり参加せずに睡眠を優先させました。
こんな体調での参加は今次で二回目。いけませんね。気を付けます。


3、周防大島東側の潮流で大暴走

潮の流れの読み間違いで、隊列の左端にいた僕は流れに落とされて急激に右へ右へと平行移動してしまい、隊列を乱し他の人たちにカヤックがぶつかるかもしれない不安を与えてしまいました。すみません。
もう一秒、いや0.5秒早くその流れに気が付いていれば対処のしようがあったかもしれないのにそれができずに大暴走。
まだまだ潮流は読み切れていないなと勉強になりました。


○ 良かったこと

1、船団全体を意識し続けた

これはある意味で職業病でもあるのですが、やはり気にしてしまいますし、船団の航行ではとても大切なことでもあります。
後ろを良く見ろとは内田さんが何度も言っていますし、書いてもいます。今回僕は船団、隊列を見ることにプラスして、遠くを見るように心掛けていました。といいますか、この1、2年のシーカヤックを漕ぐときの課題、テーマの一つでした。
自己主張するわけではありませんが、今次、僕は誰よりも多く船を発見して積極的に注意喚起をしたと思います。それは倉橋島からの海峡横断時に遭遇した潜水艦についても、一番最初にリーダーだった楠君に伝えたのは僕だったと記憶しています。ただ、本当に潜水艦かどうかの自信はなかったですが。
僕は目が特別いいわけではありません。1.0は切っていて、雨の日の夜の車の運転などはちょっと不安に感じることがあるくらいです。それでも海上で遠くを見る、何か異常、異物があるかどうかの判別はできるようになってきます。もちろん音も重要ですし、肌で感じる風、そして時には匂いも判断の材料になることがあるかもしれません。
そうして感じた情報を統合して認識し船団を取り巻く海上の状況を把握すると、目で見て確認していた時の船団のとらえ方よりもなお一段と船団全体をイメージすることができたような気がします。たぶん・・・。
そうしていると船団、隊列から離れてしまう人がいるとすごく気になりましたし、一年生で遅れ始めてしまう人がいると気に掛かりました(五年、六年生は気にしません)。ですがあんまり口うるさく言うと全体のペースとモチベーションを下げてしまうかなあという気持ちもあって、しつこくは言わないようにしていました。
この船団を意識し続けるには自分の位置取りというのがある程度大事になってきます。やはり最後尾の両端が一番やりやすかったなと感じます。リーダー補佐をした日から後は1、2年生で漕ぐことが多かったですが、これは後ろを確認するのもちょっと手間ですし、遠くを見るのもやりにくかったように思います。しかも自分が先頭集団の端にいると、どうしても隊列から離れていきやすいというのも実感しました。
五さん、口うるさく言ってしまってすみませんでしたm(_ _)m


2、食事計画

こんな計画通りに食料が減る横断隊は初めてだったかもしれません。帰宅時、残った食材はマルタイ棒ラーメン2袋とパスタ100g、レトルトのパスタソース1袋だけでした。
今回は朝晩基本ご飯、それにパスタをプラスする程度にし、お昼はラーメンというメニュー。夜に二食分のお米を炊いて、翌朝レトルトのカレーなどを掛けてそのまま火にかけて温めるというふうにしましたが、これはお手軽で寒い朝にも胃の中から温まり、ボリュームも十分でした。
後半、二度ほどお昼ご飯用にもお米を炊いて小さなタッパーに入れてお弁当のようにしてみましたが、これもラーメンよりも腹持ちが良く満足だったので次回はさらにご飯率が高くなりそうです。
行動食はクッキーとバナナチップスとナッツのお菓子、そして飴。今回クッキーは長細いベーシックな感じのにしてみましたが、やはり「しるこサンド」のほうが美味しかったので要変更。ナッツは無ければ無いで良かった気がしたので、行動食はしるこサンドとバナナチップスに落ち着きそうです。
飴はミルクとキャラメル、しゅわしゅわするサイダー系と「那智黒」。この辺は鉄板になりそうです。
飲み物は後述するホットゆず&かりんの他にレギュラーコーヒー、野菜ジュースのブリックパック8本、そして金麦6本、麦とホップの黒6本、ニッカウィスキーのブラックをペットボトルに詰め替えて持参。

参考程度に僕の食事風景を紹介します。
朝、起きたら寝袋から出ないでもぞもぞとドラゴンフライに火を点け、お湯を沸かしてコーヒーを淹れます。ドリップしている間に前夜炊いたご飯にレトルトカレーなどをかけて一緒に温め、最後にコーヒーで余ったお湯を温め直してインスタントの味噌汁かスープを作ります。この間、下半身はまだ寝袋から出ず、マットにしているクレイジークリークを座椅子にして上着を羽織ってやります。物臭なようですが、こんな風に自分の熱を逃がさないようにするのは寒冷期のカヤック旅ではけっこう大切なことだと思います。
テントを撤収し、出艇準備が終わった頃に野菜ジュースを飲みます。ビタミン不足はこれで解消。
日中は基本的に行動食でお腹を満たします。上陸休憩があれば棒ラーメンを作ります。
夜は自分のテントの近くで食事を作ります。理由は荷物を運ぶのが手間だからです。焚火が使えると便利ですが、バーナーを持ってきているのでそれで済ませます。お米を炊き、簡単に炒めモノなどを作ったり、レトルトものにプラスアルファしてみたり。パスタの時も同じようにちょっと工夫を加えて満腹感と満足感をアップします。
で、ビール飲んでウィスキー飲んで、という感じですね。回を重ねるごとに段々固まってきたスタイルです。


3、それなりに装備のスリム化成功

前回、原さんの荷物の少なさに感服して今回は軽量コンパクトだ、と意気込むほどではなかったですがそれなりに意識しました。結果、重さはともかく容量を減らすことには成功しました。
今回の贅沢品としてはクレイジークリークのパワーラウンジャー(伸ばすと150cm位あって、マットになる)と焼き網、焚火台の三点はハッチの中にしまえずデッキに括りつけていましたが、次回は全てをきっちりハッチにしまえるようにしたいです。



※ 以下、装備、道具の感想などになります。ご興味のある方にお読みいただければ幸いです。


○ 使用艇
ノースショアデザイン「アトランティック」

スペック:全長520cm全幅58cm
スケッグ付き、サードハッチ付き

所見:前回使用したパドルコースト製「ナギ」よりも若干長いくらいで他のスペックはほぼ同等ですが、重積載した際のコントロール性はアトランティックのほうがきびきびしていたように感じました。リーンもしやすく、今回僕はほとんどスケッグを出さずにリーンとスターンラダーで操作することができました。
難点は、サードハッチが海上で開閉しにくいことと、サードハッチがあるせいでスターン側の荷室が狭くなってしまっていること、そして長身の人も乗る設定なのかバウ側のバルクヘッド(隔壁)が前に寄り過ぎていて、コクピット奥が広くてバウ側の荷室が狭いという点です。
惜しむらくはもう新艇が手に入らないことですね。残念・・・。
※今回使用した艇はパドルコーストの試乗艇で、最後の在庫ため非売品です。ちなみに現在、ネット上でNorthShoreSeakayaksというメーカーがあり同名のカヤックがありますが、スペックが全く違うので別物のようです。


○ 今次の優れモノ
1、ゴールゼロのソーラーパネル「ノマド7」と、エレコムのモバイルバッテリー4700

後述するiPhoneを旅の間に利用し続けるための充電の手段については、夏の繁忙期が終わりiPhoneを購入してすぐに考え始めました。
今までは乾電池の充電器を使っていましたが、ガラケーからスマホに買い替えてそれでは不十分だとすぐに思い、以前から気になっていた新しいソーラーパネル(大きい方)をAmazonで購入、さらにリチウムイオン充電池内内蔵のモバイルバッテリーを買いそれに充電するようにしました。
スペックとしてはソーラーパネルは4、5時間でiPhoneなどのスマートフォンを2回フル充電でき、モバイルバッテリーのほうも2回充電できるだけの容量があるということでした。
商品が届いてから何度か性能をチェック。日中、車のフロントガラスや屋根なんかに乗せて充電をしてみたり、実際にキャンプツアーに持っていったりして実用性の確認をしました。
そうした検証を経て、十分に信頼できる出来だと感じたので横断隊へ実戦配備。
結果は★★★★★!素晴らしい。
けっしてスペック通りの性能とは言えませんが、冬の短い日照時間でもモバイルバッテリーに半分以上充電してくれ、iPhoneを充電するとほぼいつも通りの速度で充電もしてくれました。
今次のように数日、曇りの日や雨の日があったにも関わらず、僕はバッテリー残量をまったく気にせずにiPhoneで天気図やMICSから灯台の風速風向の実況値の確認、そしてfacebookへログをアップすることなどができました。
実際にカヤックへの取付方法としてはマップケースを使用。安価でベルトも付いているマップケースを別に購入し、スターンデッキに取り付けました。初期不良や耐久性に問題があると知っていましたが、中にソーラーパネルと一緒にタオルを入れて結露を防いだり、取り付け場所をなるべく水の掛からないようにしたりしたので、今回は不具合はありませんでした。
このソーラーパネルとモバイルバッテリーがあれば、シーカヤック旅での電源の心配はほとんどなくなるのではないかと思えるほどの満足感です。
まあ、古代のカヤッカーはそんなモノはいらなかったんでしょうけど・・・。


2、カルピス ホットゆず&かりん

第九次の時に‘ゆずはちみつ’というのを持っていきサーモスで飲んでいたのですが、寒い時期にはコーヒーではなくこういうのがいいんだなあとしみじみ感じたので、今回も似たようなものを持っていきました。
5倍くらいに薄める濃縮タイプなのでペットボトルくらいので一週間もちました。
最初の2、3日はサーモスをデッキバッグの中に入れて海水に晒すのに抵抗があり(高価なので)、サードハッチの中にしまって上陸休憩の時にしか飲んでいませんでしたが、赤塚くんが普通にサーモスをデッキに置いて使っているのを見てからは大丈夫なのかな?と考え直してデッキに置くようにして、休憩ごとに飲むようになりました。
僕はこういう飲み物がそもそも好きみたいで、デッキに置くようになってからは水はぜんぜん飲まなくなってしまいました。やはり寒い時期には温かい飲み物がベストですね。
やってはいないですが、ウィスキーなんかを垂らしたらなお素敵かも。笑


3、iPhoneとライフプルーフケース

ついに、といいますかやっと僕もIT革命(死語?)、スマートフォンに買い替えました。iPhone4s。
facebookでは書き込んでいましたが、最新機種のiPhone5が出る前日に4sを購入、そのおかげか32GBモデルも無料で代替できました。まあその他、もっともっとお得な情報もちらほら聞きましたが伊勢としては精一杯だったんだと信じています。
さて、古いモデルにしたおかげで基本的な操作方法から便利なアプリの情報などまで周りの人たちから聞くことができ、そして防水ケースなどの周辺機器も充実していたので、懸念していたようなジェネレーションギャップを感じることなくすんなりとスマホに馴染んでしまいました。
そしてすぐに防水ケースも購入。自分でも下調べはしていましたが、皆さんに言われるがままにライフプルーフにしました。ただ、カラーだけは新色のブルーにして自己主張。オレンジも捨てがたかったですがね。
こちらも★★★★★!ほぼストレスなく防水ケースに入れたまま操作でき、海上でも浜でも快適に使用できました。
一部のエリアで通信状態が悪くなりましたがそれはガラケーでも同じこと。LTEなんて最初から期待していませんからやっぱり4sで正解だったと今でも思っています。


以上
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Author:瀬戸内カヤック横断隊
2003年第一次瀬戸内カヤック横断隊からの記録を掲載しています。

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