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2014第十二次瀬戸内カヤック横断隊レポート 楠 大和

第十二次瀬戸内カヤック横断隊レポート 楠 大和


第六次から7度目のフル参加だが、初めて経験することが今次もたくさんあった。
原隊長の初陣、途中入隊や離隊の無い7日間、小豆島からのスタート、腱鞘炎、初日と4日目の転覆、ルートや着陸場所など、貴重な経験から学んだことを書き残したいと思う。


今第十二次から、新隊長は原康司氏となった。
第十次までの内田正洋氏、第十一次は急遽務めた村上泰弘氏、3人の隊長にスタイルの違いはあるが、シーカヤックをリスペクトしながら瀬戸内をより知ることや、ツアーではなく実践版シーカヤックアカデミーであるという瀬戸内カヤック横断隊の趣旨は同じであった。これからもこの趣旨は同じであってほしいし、僕自身もその努力を続けていきたいと思う。


小豆島のヘルシービーチで、集合場所の段取りをしてくれた連河隊士が参加できないことを知った。参加できなかったのに、大変な集合場所の段取りをかってでてくれ、おまけに炊き出しまで用意してくれたことにとても感謝しています。
漕ぎたくても理由あって漕げない隊士のことを思いながら、オニギリを頂いた。


今次参加の18名の隊士は、前後の移動も含めて9日間以上の時間がとれて参加できた。
今まで僕が参加した中では、途中入隊や離隊があり、最初から最後まで一緒に居られたことは無かった。
9日間以上の時間を作ることは、いくつかの葛藤と向き合うこともあるし、周囲に理解を得る努力も必要になると思う。関東や沖縄など遠方からの参加者は更に大変だ。
全行程の参加でしか分からないこともあると思うので、そういった意味で今次はまとまりやすかった。


初日の天候とペースは、瀬戸大橋付近の転流を計算できるぐらい整っていた。
柏島の北側に入る頃、僕は写真撮影をした後で隊に追いついた時だ。森本隊士が定置してある人工物と接触し、転覆しかけていた。おまけに潮流が強いので、艇とブイが引っかかり、本人も半分ぐらい海に浸かっている状態だった。
起き上がれない状態から、その後転覆し、コクピットから出たのだと思う。
本橋隊士を中心に後列にいた隊士達がレスキューに入ったが、潮流と人工物(ロープやブイ)の影響もあって、なかなか再乗艇ができそうにない状態だった。
原隊長が、シーカヤックに森本隊士を捕まらせて牽引するように指示し、柏島の近くにあった浜へ着陸。そこで再度装備を整えた。
レスキュー以外の10名の隊士達は直島南側のエディで待機しており、レスキュー隊は後に合流した。
森本隊士の気持ちは強く、大鎚島で声を掛けた時も本当に転覆したのかと思うぐらい落ち着いていた。
この日、僕は、横断隊の参加中、初めて転覆を見た。
あの時、なぜ人工物の中を漕いでしまったのか?
危険予測をリーダーだけに任せていたのか?声掛けは?など・・・反省した。


その後、与島の東の浜で潮待ちしたが、ここに浜があったことは知らなかったし、野営もできそうな場所だった。
この浜で本島まで漕ぐか話し合えて良かったと思う。
瀬戸大橋の下は流れも速く、浅いので少しでもリスクが少ない環境で漕ぎたかった。
逆潮の流れが弱まる時間を狙い、明るいうちに本島北側まで漕げたことは、
与島で全隊士の気持ちが、切れていなかったからだと思う。


2日目の夜、僕の左手首が腫れてきた。最初はなんで腫れてきたのか分からなかったが、翌朝、原隊長へ軽く相談してみると、腱鞘炎になりかけているのでは?と言われた。
手首が腫れる?今までの人生で初めての経験だった。
身に覚えがあるとしたら、撮影した後の全力の漕ぎか、後方で他の隊士の漕ぎ方を真似てみたことだ。
ヤバイ!と久しぶりに不安がよぎった。
野営地でテントやシュラフをしまう時も痛くて、右手だけで凌いだ。
食事もスープが入ったコッヘルを左手で持てず、腱鞘炎になる恐ろしさを痛感した。
持っていたテーピングは使えず、伯方島の沖浦でサポート隊より手首のサポーターをもらい、漕ぎの痛みは感じなくなった。なんとか最終日まで漕げたが、本当に陸の生活が辛かった。


3日目のしまなみルートは、朝のブリーフィングで決めた船折瀬戸から、佐島の海上休憩中で鼻栗瀬戸へ変更した。
瀬戸大橋の下のように潮流が緩んだタイミングで漕ぎあがり、鼻栗瀬戸の転流に合わせようとしたが、思い通りにはいかなかった。
赤穂根島と伯方島の間で、約1時間もほぼ同じ所を漕ぐことになり、最終的に原隊長の指示で、伯方島の南東側の激流が緩んだ頃に伯方島へ渡れた。
船折瀬戸はベストな転流時間に通過できたが、佐島から鼻栗瀬戸へのルート判断は、貴重な学びとなった。


4日目は雨とガスで視界が悪い中、大崎下島の最南端を一列で漕いでいた時、角田隊士が転覆した。
三澤隊士がすぐに対応し、最後尾から本橋隊士がレスキューに入って救われたが、転覆中はなかなか海面へ出てこず、三澤隊士はあと30秒遅ければ飛び込むことを考えたという。
斉藤隊士も同じくホイッスルを吹き、時間を計っていた。
潮流を漕ぎあがった隊士達と、3名のレスキュー隊士達で別れたが、
先で待っている隊士達の心配を失くす為に、僕は1度目の転覆で学んだ伝達係をした。
今次で2度目の転覆には正直驚いたが、転覆した本人も元気なことに安心した。


倉橋島から周防大島への横断は、今次の目標達成において運命の分かれ道だと感じた。
予報の風向きや強さ次第では進めない可能性が高かったので、周防大島の逗子ヶ浜を目指せたことは良かったと思う。諸島水道の情島方面へ、どんどん流されそうな海も印象的だった。
暗くなる前になんとか逗子ヶ浜へ着陸できたことも、この時の全隊士の気迫だったと思う。


6日目の反省会では、森本隊士の言葉が印象に残っている。
全員が焚火を囲んでいる時、平田隊士が「マキヨが話したいことがある。」と言った。
この時、正直なところ“あと少しなのに、ここまできて離隊か!?”と思った。
でも、森本隊士が話したのは、
「どうしても祝島に行きたいんです。よろしくお願いします。」
という内容だった!!!
どう引き止めるかと考えていたので、いったんは安堵したが、翌日は下り坂予報の中、どのようにしてペースを作りながら進むかが、最終日のポイントになるなと思った。


最終日の離陸は午後から天気が荒れそうだと判断し、午前中の祝島着陸を目指した。
まだ暗い中、第十一次の最終日と同じようにヘッドランプとフラッシュライトを装備しての漕ぎだったが、早めの離陸という判断が功を奏した。
長島から祝島が見えた瞬間、気持ちがあつくなる。この瞬間の気持ちは言葉にしにくい。
田ノ浦から祝島への横断も、最後まで気の抜けない海況だった。


僕は今次で7度目ということもあって、島や野営の場所が分かりやすく、天気予報と海図でのルート予想もたてやすく感じた。その分、野営の時間も有意義に使えた。
7日間の焚火と大田隊士、いやここからはユージさんと呼ばせていただきます。
必ずといっていい程、ユージさんは最後まで焚火の側にいた。
ユージさんは、第一次から横断隊を知っているので、夜の歴史の授業でも重要な存在だと思う。
鋭くツッコミを入れることもあり、現隊長の原さんと昔はよく焚火を囲いながら言い合いになっていた。
大の大人達が年齢関係なく、夜な夜な焚火を囲って話せる時間なんて、あまり無い。
すっごく笑える時もあるし、泣ける時もあるので、僕は瀬戸内カヤック横断隊の最重要なコミュニケーションの場だと思っています。
あと、焚火がお風呂に入っている感じなので、快適!色々と洗い流せるし。


瀬戸内カヤック横断隊はグループで行動するが、プロガイドから冒険家や愛好家まで様々な人間が集まる。
当日の集合日まで力量も準備物も分からないままスタートするし、全てが自己責任という所も大きい。
僕もシーカヤックツーリングをソロで漕いだり、4、5名で漕いでキャンプをしたりもするが、横断隊の人数で、1週間の決められた時間を漕ぐ機会は他に無い。
ここでしか分からないグループツーリングの意識の重要さも経験できる場だと確信している。


今次も横断中に、第六管区からの連絡は無かった。
日程等をFAXした時に1度だけ電話連絡があったが、それ以降のログ付き終了報告後も連絡は無かった。


今次も本宮、マイク、河野、角田といった20代の隊士達がいたが、僕も29歳の時に横断隊へ出会えた。
これからも一緒に横断隊で足跡を残しながら、底上げができたらいいなと思った。


レポートは、毎回書き残すことが大変だが、なんとか修行をしていると思いながらも書いている。
以前、あるシーカヤッカーの友人と話していた時、『本やブログとか文章には責任があると思う』という言葉がでて、その言葉が僕にはとても印象的でその通りだと思った。
そして、僕は横断隊のレポートを改めて凄いものだと感じた。
レポートには自分の気持ちや考えも残し、時にはそれを読み返して驚くこともある。
だから、僕はこれからも書き残していき、今後どう変わるのか楽しみにしています!

祝島の島民のみなさん、一緒に漕いでくれた隊士のみなさん、サポートや応援していただいたみなさん、そして毎回長い時間を与えてくれたKOMPAS三宅代表はじめ職場のみなさん、本当にありがとうございました。心より感謝しております。


2014年12月26日よりマイク隊士が単独で、山口県から東京都へ海旅にでた。
安航を祈っています。
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Author:瀬戸内カヤック横断隊
2003年第一次瀬戸内カヤック横断隊からの記録を掲載しています。

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