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2014第十二次瀬戸内カヤック横断隊レポート 森本 マキヨ

第十二次瀬戸内カヤック横断隊レポート 森本 マキヨ

横断隊。珠玉の時間でした。
レポート。難しいことは書けないし、この時間は私にとって、とても
貴重で大切なな初経験でしたので長くなりましたが日を追って
自分が経験したこと、感じたことを書いています。


*********


私の中でカヤックと海、大震災、原発は深く繋がっているように感じている。


約10年ぶりに大阪のど真ん中から地元和歌山に帰り、海の前にある
当時築79年の古民家を一人で約2年かけて改装し、週末だけの予約制
カフェなどをぼちぼち始めたその年に起こった大震災、福島原発のメルトダウン。
古いけどリフォームもしたし、住むには特に問題ない。
震災から4カ月ほど経ってはいたが、少しの間でも放射性物質や余震を
気にせず過ごしたいけど経済的な理由などでそれができない人がいるなら
この古民家を使ってもらおうと、母子向けの公共の掲示板に掲載した。

ところが・・・
『建物が古く、住む為にリフォームしていないため、クーラーや
網戸等を設置していませんので扇風機や蚊帳などで代用します。
古民家ならではの暮らしを楽しんで頂ける方に・・・』等々、条件に
書いていたにも関わらず
「自然食をしているから玄米が炊ける圧力鍋を用意して」
「家庭用精米機を用意して」
「子供用のプールを用意して」
「今時クーラーがないなんておかしい」
「ホームセンターに網戸が売ってるから買えばいい」
「ゴキブリ完全駆除して」・・・
はたまた
「自営業で休みがほとんどないからたまには子供を海の近くで
遊ばせてあげたい」

・・・。

生活環境が違うし、置かれている状況も違うから私の常識だけを
押し通すのは無理だけど、驚いたのは自分が安全、安心に生きていくための
保養、避難であるのに自分勝手と思える人任せな要望や問い合わせが
あまりに多かったこと。

ある意味、非常事態である。だから避難したいと言っている。なのに、
その人たちの要望は今の生活レベルは手放したくない(さらに良くしたいような人も)、
安全も欲しいけど、便利さもほしい、でもお金と労力はつかいたくない。と
受け取れ、衝撃を受けた。


そして「私ももっと本当に生きる力を身につけないと」

結局、福島の母子を受け入れ、海が怖いといっていた男の子が
翌日から毎日海で過ごすようになり、どんどん元気になっていく姿を見て、
海の近くで育ちながら海から遠ざかっていた私が、海の力を再確認し、
たまたま出会ったカヤックが「本当の自立」や「生きる力」を私に、
それも楽しみながら教えててくれるものでは?と感じ、こんなにのめり込むことに。

そして高橋夫妻。
彼らとは震災がきっかけでさらにその関係が深くなったような気がする。
彼らはカフェだけど被災者支援を始め、原発やエネルギーのことなどを
発信している、和歌山では多分革新的なお店を経営していた。
2人の人柄も含めてとても刺激を受けた、親しいというよりは尊敬すら
していたちょっと特別な存在だった。

その2人が小さい子供が、そしてお腹にもいるのに祝島へ引越すという。
一番の理由は原発建設阻止のため。
2人がこの反対運動で出会ったのは知っていたけど正直びっくりしたし、
なぜかショックでもあった。
仕事は?住むところは?カフェは?。
縁はあるのかもしれないがどちらかの故郷でもない。
でも、2人らしいとも思ったのだけど。

私自身、たまたま今年の初めに奄美大島にしばらく住んでみようと
何度か島に足を運び、地元の人と仲良くさせてもらったが、
島を感じさせない大きなところでも本土で暮らすのとは違うんだな。と、
ある種の難しさを感じた経験があるのであんな小さな、しかもほとんどが
顔見知りだろう、ある意味濃いつながりのあるところ、しかも原発問題という
+αがあるところに引越した彼らをおこがましいのだけど何か自分のやり方で
応援したい気持ちがあった。
そしてあれから4年が経ち、自分がだんだん震災や原発に対して
のんびりモードになっていることにどこか罪悪感を感じていたから
余計、彼らに対して何かをすることで自分の罪悪感を消したかったのかもしれない。

もちろん横断隊と田ノ浦の原発建設云々については直接繋がっているもの
ではないと思うのだけど。

さて、横断隊。
いつからかはっきりしないのだけど、横断隊のことはなんとなく知ってた。
カヤックを始めてからインターネットでたまたま見たのかもしれないし、
もしかしたらアイランドストリームのお客さんに聞いたのかもしれない。
(平田さんは話したというけれど、私は全く覚えてない)
アシスタントのトモさんが参加を表明し、練習している。というのは
お客さんから聞いた。

1.人生初のこんなに自由に時間が作れる貴重な時に、
2.今、自分の人生にすごいインパクトを与えているカヤックに出会ったその年に
3.自分の大切な人が祝島に引越した、
4.そして横断隊という、いまいちよくわからないものが祝島と関係している。
5.そして長くなるので省略するが和歌山に戻りカフェをしたことでいつか
 陸からじゃなく海から瀬戸内を巡ってみたいと思う出来事があった
6.海旅塾も参加した。(そこで聞いた瀬戸内の話)
7.そして高橋ファミリー(ノブさん)が引っ越し前にアイランドストリームでライブをした時、
 「いつかカヤックで会いに行くねー。」と半分以上冗談ではあったけど約束した。
8.ノブさんは虹のカヤック隊だった。

これを全部足したら「今が横断隊に参加するタイミング」かもしれない。
でも、自分のレベルを考えたら「参加する。」とはならない。
さらに1週間もテントで生活するなんてやったことない。
サバイバルは小さい頃から興味あったけど、+団体生活である。

距離を漕ぐことには興味はないし、根性もない。瀬戸内を漕ぎたいなら
自分のレベルを考えると小分けにして漕げばいいし。
とにかくアイランドストリームの関係者の中で一番遅い。
何より人に待ってもらって漕ぐの、どれだけ気を遣うか・・・

それをノックしてくれたのはアシスタントのトモさん。
「あれに行かないと今年の夏が終わらないよetc.」って(笑)
で、なんとなく彼女もいればできるのかな。みたいな気になりつつあった。

とはいえ私の場合、「チャレンジ」や「集大成」なんかで参加することは
先にも書いたが客観的に自分のレベルを知っているつもりなので
えらいことになるし、そんなことのために漕げない。失敗したら。。

ただ、惹かれているところもあった。
1.海旅塾に参加して瀬戸内にますます興味がわいたし、内田さんや
平田さん、本橋さんに「距離や早く漕ぐことが目的ではない」
「身体ができてくるから楽に漕げるようになる」などと言われたことも大きかった。
(後々、これがえらいことになるんだけど・・・)
2.高橋夫妻に会う前からその存在やそこで起こっていることは知っていた
田ノ浦や祝島にはいつか足を運びたいと思っていた。

3.そして一番は9月に生まれた道也くんの出産祝いを海から渡しに行ってみたい。
これこそ海旅やん。って
4.この私が(私がカヤックやってるなんて、驚かない人はいなかった)
横断隊で祝島へ行ったら2人はちょっと喜んでくれるかな?
何か応援することになるのかな?という想い。
5.新月に出発。
参加したいという気持ちはあるけど、まだ始めて半年。漕ぐスピードも
初めに比べれば速くなってきていると思うけど、これが参加できるレベルなのか
わからない。
一大決心して平田さんに相談したところ「まー、練習したら行けんちゃう」という、
なんとも肩すかしな、別にどっちでもいいような感じの回答。
私が参加するのだから私が決めればいいのだけど・・・

無理。とは言われてないけど、「それなら参加する。」とも言えなかった。
キャンプ生活にも不安がある。そしてしつこいが私が300kmも漕げると思わないし、
遅くて待ってもらう、そのことに気を遣いながら漕ぐのはもう・・・(笑)

そして私は参加するなら誘われて。や、連れて行ってもらう。じゃなくて
私の意思で行く。のつもりではあったけど、やっぱり他の人は去年に続き
平田さんが・・・となるだろう。
「そんな事は気にしない。そういう事を気にすること自体あかん。」と
言われたけど、そういう訳にはいかんやろ。と思ってた。

で、しばらくうやむや。
自分の中で消えはしないけど、結論もでない状態。

11月に入り、トモさんが参加できなくなった。
はっきり決められないのは、彼女に誘われて参加することを決めれば
「彼女が行くって言ったから(誘われたから)私も行った」的な感覚に
自分がなりそうな気がしていたのもあった。
(そういう動機で行くとすぐ脱落すると思ってた。)

その後もあれこれ迷い、うだうだしつつ結局なんとなく参加する流れに。

となれば練習!そして必要なものも揃えないと。
ところが11月頭にひいた風邪が長引き、やっとマシになったと思ったら
今度は海況が悪い日が続く。
焦ったが仕方がない。今できることを。と思いながら海図をコピーしたり
(小豆島から祝島までの道路地図のコピーを張り合わせた時、
その大きさに愕然)、潮汐や潮流を調べたり、必要なものを揃えて行くことで
少しずつ横断隊に参加するんだ。ということを自分に言い聞かせて
いたような気がする。
300km近くも漕ぐってあまりに壮大すぎて直面したくなかったのかも。

そして同じく参加する井上さんのことを思い、自分は本当に恵まれている。
と改めて思った。

出発直前にほとんど横断隊のことを知らないことが気になり始め、
予習した方がいいのかな?と、前年のレポートを読んだのだけど、
たまたま読んだのが、手が豆だらけで・・・という、辛い内容のものだったので、
予習は即やめた。
ほぼ真っ白な状態で参加することに。

【11月21日・前日・小豆島】 
2番目位に到着。
浜には連河さんがいた。あー、こまめ食堂の人。
あそこは一度行け。と言われていたお店。
平田隊さんに紹介してもらうが、連河さんの顔が「えっ!?マジで参加するの?」
っていう表情に見えた。
・・・わかります。

浜の方には森さんがいた。岡山から漕いで来たという。
爽やかに手を差し出して名乗ってくれたのだけど、見た目といい、
もう既に猛者感プンプン。
私、やっぱり場違いかな。


続々と色んな人がやってくる。


もちろんもう誰が誰だか、参加者なのかそうでないのか全くわからないし、
何より最重要課題のパッキングをなんとかしないといけない。

近くにいる人には挨拶しつつ、詰めては出し、減らして詰めては出し。を
繰り返す。
入りません。。
気合いれて食糧作ったのに持って行った1/3は確実に入らなかった。
1時間ちょっとで終わると思ってたのに。
これもサバイバルの練習。自分が一番大切なのは何なのか、
あれもこれもになって優先順位がわかってないということ。
これからはパッキングも練習しよう。と強く思う。

宴会。
原田さんの美しい手料理。
あー、この人が白石島の原田さん。アイランドストリームに来る人に
「白石島」と何度聞いたことか。
今でも感激する、海でみるボラのジャンプ。そのボラを初めて食べた!


まぁまぁ人見知りなのだけど、これから一緒に行動するのだから
できるだけ話さないと。と思う。

井上さんはもちろん、本橋さんや植村さん、知った顔に会うとちょっと緊張もほどける。


井上さんは私がカヤックを始めて2か月で35kmを漕ぐツアーに参加した時、
(特にそのころはダントツ遅かったので)みんなに迷惑かけないか、
漕げるのか、脱落したら・・とどんよりしていたら、あの飄々とした感じで
「12kmづつ3回漕ぐと思ったらいいんやん!」とFBにコメントをくれ、
そのおかげで気持ちが切り替わり、なんとか漕げた大恩人なので、
一緒に参加できることをとてもうれしく思っていた。

わーー、水軍の人もいる!伝説の裕治さんにも会えたーーー!!


えーっ!今回は女1人。さすがにあと2人くらいは参加すると思ってた。
海旅塾と同じくまた逆ハーレム、男祭り。
準備を終えた人が集まり出し、自己紹介。
初参加ということもあり。か、参加理由を聞かれる。
出産祝いを・・・と言うと、どこからか「そんなの電車で行けばいいやろ」
という声が聞こえてくる。
・・・その通り。
「遅かったら置いていくぞ」とも。
・・・はい。私が一番気にしてます。。

連河さんからは「寒いしさぁ、手ぇ、豆だらけになるしさぁ~。」と
臨場感たっぷりに横断隊中の辛かった話をきいた。人生最長&最高の
イッポングソのことも。
でも、あんなに辛そうに話すのに、参加できないことをとても残念そうに
話す姿を見て、それが横断隊なんだろうなー。と思う。
横断隊、魔物やな。

時間が経つにつれ緊張感も増す、原田さんにもらった「無理しない。
自分のペースで漕げばいいから」というアドバイス、こんなこと言うてくれる人
いるんや。と、どれだけほっとしたか。
(なんで今回参加しないんですかー!)
いや、そういう訳にはいかないだろうけど。

そして、高橋一家のことも知っているという吉村隊士からは
「まぁ、マキヨちゃんは今回、とにかく一生懸命頑張りなさい」という
アドバイスをもらう。
・・・それしかないですよね。。


連河さんからも山盛りの差し入れが。
女の子やからね。(そんな歳ではないのだけど・・)と特別にマフィン2個もらう。
原田さんといい、このサポートっぷりにはほんとにびっくりした。と同時に
やっぱりそれくらい辛いことが待ってるんだろうか。という思いも。

寝る支度をする人が出始めたのを見て、私も車に向かう。
(詰め込んだのでテント出せません)
明日の準備や着替えを済ませるとかなり遅くなった。
たくさんのテントの明かりも消え、真っ暗。
早く寝ないと!と、トイレに行くと、まだ飲んでる人いるよーー。

【1日目】 ここからは「さん」ではなく「隊士」で。
とうとうこの日が来た。
まだ真っ暗なのに、外ではたくさんの人が動く音。
お腹痛くならないかな~。なんて思いつつ準備をする。


ブリーフィングをしてフォーメーションの確認。そして記念撮影。
(こんなことするんやー)

自分のカヤックに近づいて、カヤックに「7日間よろしくお願いします」と
撫でながら言う。
連河さんが近づいてくる。手袋(ミトンの)とアリュートパドルを貸してくれるという。
前日、手袋はミトンがいいと聞いたのだった。パドルもこっちの方が長距離は楽。って。
「一応持ってきたし、悪いです」と言うと、「いいから持って行きな」と積んでいた
私のスペアパドルと交換してくれる。
なんかもう、その気持ちがほんとに有難かったし、そこまでしてくれるの?
という驚きもあった。
そして「やっぱりそれだけ辛いことが待ってるんやろか・・・」


緊張しながら舟に乗りこむ。
出艇~のはずだけど、モノがハッチに入りきらず、コクピット突っ込んだトマト
のせいでスプレースカートを被せられない。無理にすると潰れそう。
生野菜、好きなトマトは精神安定剤のためにもどうしても持っていきたい。
でも今更入れなおすことはできない。

苦渋の決断。。
掴んで近くにいた真紀さんに向かって砂浜に転がす。
「どうしたらいいのー?」「もう食べてくださいーー」「わかりましたー」

出艇。

リーダーは西原隊士。リーダーは毎日変わるのか。


朝日が美しい。緊張感もどんどん増す、スタートは晴れ晴れした気持ちで
スタートしたい。と、大きく深呼吸して漕ぎ始める。
他の隊士達も妙なテンション。(のような気がした)漕いでいると船で
応援に来てくれる人たちも。
横断隊ってこんなんなん?すごいなー。


漕ぐ速さは想像できた。けど、まだ緊張と体がほぐれていないこともあり、
動きが鈍い。
どんどん進む。
とにかく進む。
故障の元になるような無理な漕ぎ方したくないけど、最初くらいはついていかないと。

漕ぎながら早くてしんどいとか、ついていけずに(遅かったけど)焦る、
というのとはまた違った妙な違和感と焦り。
緊張かなぁ、とにかく落ち着かない。せかされるというか、自分が漕いでいる
感じじゃないというか。。リードされてるんだけど誘われているのではなく、
無理やり引っ張られてるというか、上手く言えないのだけど。。
急いで漕ぐにしてもなんとか自分のペースで漕ぎたいのに、それができないもどかしさ。
視野が狭くなっているような気がする。しっくりこない気持ち悪さ。
初めてのこと。

どうしたらいいんやろ、と思いながら漕いでいると左前方遠くに白い塊。
近づくにつれドンドン大きくなり、それはこたつのような大きさだった。
ブイ?あんな大きいの見たことない。
ものすごく滑らかで、そしてあっという間に目の前に。
(ほんとは吸い寄せられていたのだけど)
後になって考えるとおかしいのだけど、あまりの速さと滑らかさで
漁船か何かが遠くから引っ張っているのかと思った。

思わず見とれて漕ぐ手が止まった。後ろから「漕げ!手を止めるな!」という声。
わかってるけど。
右に方向を変えようと見ると舟舟舟。
なので後退しようとバックに入れた。でもこれは意味ないなーと思いつつ。
ブイとロープが舟に被さってきた。その様子はゆっくりしっかり見えた。
ので、思わずパドルでロープを掬い上げようかと思ったけど、
そんなことできる訳もなく。。。

これは多分沈するしかない。
それならすんなり沈しよう。

沈。初沈。

舟が重いからか、よ~いしょ。って感じでゆーーっくりひっくり返る。
あーー、やってもーた。しかも横断隊で。
でも、実は少しほっとした。
先に書いたようになんとか落ち着きたかったから。
水の中のなんとも言えない浮遊感や冷たさが心地よかった。

「ひとまず落ち着こう」と、少しだけその心地よさを感じていると上体がブリンっ。と
12、30℃位右にひねり、少し水面に近づいた。
「ん?もしかしたら誰かレスキュー(私のカヤックを動かして)してくれてるのか?
いや、そんなことはないか。とりあえず出よう」と、水面に。
サラサラサラ~とまるで川の水が流れるような音。
ロープに絡まっているので流れは速いけど動かない。レスキューに入ってくれた
本橋隊士の舟(パドルだったか)も絡まり危ない。
後ろから原隊長に「そのまま流されてあの浜に行く方が速いから」と言われ、
平田隊士に舟をけん引してもらいラダーにつかまり進む。
初日、早々沈した上に牽引されるなんて。
実はあの時、潮の流れが全くわかっておらず、左前からこちらに向かって
流れていると思っていたので、原隊長の指示に「はい」と言ったものの
流されたらなんであの浜に着くの?(向かいの島に行くのでは?)と思っていた。

村上隊士が「これは祟りか~」と言う(笑)そしてお守り貸してあげる」と
黄色いひよこを貸してくれた(すみませんっ、返してません)
ぶっきらぼうな言い方だけど、やさしい。。きっとシャイな人だ。
あー、後ろに乗せていた果物、流してしまった。と思っていたら吉村隊士が
全て拾ってくれていた。(このおかげで後々食べられない状態の中、
しばらく生き延びることができました)
五徳は残念ながら沈した模様。

ささっとウエアを脱いで身体を拭く。そして復帰。出鼻をくじいてしまって申し訳ない。
横断隊としても初沈や。っていうやん。
同時に「早々に洗礼受けたから、もしかしたら絶対祝島へ行けるかも」とも思う。

初日のキャンプ地に到着すると楠隊士の同僚・しのちゃんの姿。
「大丈夫ですか?」と聞いてくれる。「?」と思ったら楠隊士が私が沈したことを
連絡してくれたらしく、色々持ってきてくれたという。
自分が迷惑かけておきながら。なのだけど、こういう連携、本当に素晴らしい。
楠隊士も気遣ってくれ、とても有難かったのだけど、自分でも驚くくらい
ダメージがなく、1日漕いでみて「結局、何しても濡れるものは濡れる」と
思ったのでお礼だけ言って借らなかった。

そして反省会。
沈して水面にあがってくるまで15~20秒位かかっていたらしい。
原隊長から「もう少し出てくるのが遅かったら海に飛び込もうと思った」と
言われ、「はっ」とした。

自分としては何も問題なく、もう少し浸かっていたい位だったのだけど、
「自分のことばかり考えてたな」と思う。
横断隊って「自分のことは自分でする」だけど「集団」でもあるんだと
改めて意識する。


【2日目】

起床。歯を磨いていて左の奥歯の詰め物がないことに気付く。
昨晩ごはんの時、なんかじゃりじゃりするなー。と思っていたのだけど、
砂を食べていると思ったら詰め物を食べてたみたい。


沈した時、本橋隊士に「大丈夫と思っても打ってたりするからきちんと体を
チェックした方がいいよ」と言われ、その時は全~然大丈夫。だったのだけど、
起きてみると右の膝が痛かった。沈脱の時、ひねったかな?
びっこをひきながら準備。そして出艇。


「太陽でた~」と誰かの声。
漕ぎながらさっと左後ろを見るときれいなオレンジ色。
やっぱり朝日はパワーをくれる。今日はしっかりしないと。

漕ぎ始めると左のわき腹が痛い。「あ・・・」
あたしすでに2日目で満身創痍か?
でも、体は軽い。
2時間ほど漕いでいると痛みもなくなった。

帽子が首に絡まり、ほどくうちにサングラスも海に奉納・・・
瀬戸内にもマーキング。
初日に手袋もマーキングし、井上隊士に新品を借りて(結局頂いて)いた。

この日のリーダーは工藤隊士。あのほんわかした感じで気遣ってくれ、
そんなに口には出さないけど、こっそり見ててくれる。
これは他の日もそうだった。(と思う)
単調なコースの時は飽きないよう、しりとりとか、しょーもないことを言ってくれた。

それにしても5分休憩でもふと見るとパスタ食べてる。
すげーーー!これが長距離漕ぐパワーの源?
漕ぎ方でその人となりがわかるような気がする。おもしろい。
いろんな方言が飛び交うのも面白い。独特のイントネーションが
ほっとさせてくれる。
関西弁での声掛け、意外、この場に交じるとなんか間延びした
ちょっとふざけた感じがする。

途中、もう漕ぐの飽きた~。な時もあったが、リーダーがいい感じに
気を紛らわしてくれ、遅いなりにもついていく。
最後、海苔の養殖のところを迂回しないといけない時は
私だけ直線コースで。と思ったけど。

この日は50km。1日50kmなんて初めて漕いだ!漕げた!
井上隊士も初めてだったのか、一緒に「漕げるもんなんやなーー♪」


【3日目】
食料も減ってきているはずなのに、なぜかハッチが空かない。
なぜ?横断隊七不思議その1。

この日はいよいよ、とうとう。
横断隊のハイライト。と聞いていた日。

リーダー・森隊士
2年生。言ってみれば私が仮に来年も参加してリーダーする。ってこと。
それもこんなコース。信じられない。(ホームかもしれないけど)

毎朝、出艇するときはすごく緊張や気合や不安が混じり、体も心も
なんともいえない感覚がする。
昔やってた剣道の試合の直前みたい。

出艇してフォーメーションを組んだ時、リーダーに「今日は頑張るところ。
その都度指示だすから頑張ってついてきてね」と言われる。
こういうのは気が引き締まるし、緊張も増すけど安心する。

リーダー、アメとムチの使い方が素晴らしい。
びしっと「ここはもっとしっかり漕ぐ!急いで!」というゲキが入ったかと思えば
休憩時におやつをくれる。
そして副リーダーの楠隊士とのバランス。楠隊士は常に体調を気遣ってくれ、
「あの岬をこえたところで休憩をとる予定。」など、先の行程の情報を教えてくれ、
気持ちがダレたりしないよう、ソフトにフォローを入れてくれる。
二人とも若いのにすごいなーと思う。

体は動く、気持ちもある。けど力がでない。なぜか前に進む力に繋がらない。
わき腹は2時間位漕ぐと痛みがなくなったのに。

そして暑い。寒いよりはうれしいけど、尋常じゃない暑さとのどの渇き。
真夏でも200mlが余るくらいなのに、飲んでも飲んでものどが渇く。
体温調節が本当に難しかった。

なので1回目の休憩に急いで上陸してウエアを全部脱いだ。見られていたか
どうかはわからないけどたくさんの人前で。初・生着替えである。
もう、3日も経つとどうでもよくなってきた。

そして思い切って書くが月のモノ。わかっていたけど、今月もやってまいりました。
特別これが何か影響したようには感じないけど、とにかくいろんな事が起こってる。

赤穂根島付近。
隊の雰囲気も今までとは違うように感じ、ますます緊張が増してくる。
暑くて体力の消耗もあり、もうすでにヘトヘト。大丈夫なんだろうか。
リバーが専門という吉村隊士が「ラダーが利かなくなるかもしれないから気を付けて」
など、都度アドバイスをくれる。

沈したときもそうだったけど、よく観察すればわかるのかもしれないが、
波が立ったりしていないのにすごい勢いで流れている海を漕ぐのは初めて。
突然ラダーの抵抗がなくなってしまうのは本当に怖かった。

とにかく緊張の連続。気の休まるところが全くない。

小休憩。体制を整えていよいよ。
漕いだ瞬間不安になる。必死に手を動かすのに進んでない?力がないから?
漕げてない?また沈するかな?と、あかんと思いつつネガティブな思いが延々と。
目の前に浮かんでる釣船を見て、こんな状況で釣りをしているのにも
驚いたが、もし沈したらあの船に助けてもらおう。と思う。

目標が瞬時に変わる。安全に進むため。というのはわかっているのだけど、
漕げないし、コース取りも瞬時にできない分(特にこんなところ!)
コロコロ変わってどんどん不安になる。加えて後ろから聞こえてくる
ベテラン隊士たちが口々にいう言葉。

ダメなことなのだけど、ナビもまだまだだし、自分の漕ぎややってることに
イマイチ自信も確信も持てないからつい他の何かで自分を確かめようとする。

横断隊中はそれが後方のベテラン隊士たちのなんとなく醸し出す空気だった。
ほんわかしたいろんな方言がまじる世間話っぽいのが聞こえてくる時は
自分が必死になっていても「あぁ、ここはそういう(世間話ができる)ところなんや。
じゃ、気持ちはリラックスして頑張って漕ごう」とかというように。

それがどんどん意見とも指示とも独り言ともとれる発言が出始める(ように感じた)。
一つ一つ返事をするリーダーはすごいと思いつつも、混乱。
それなら後ろをついていこうと思うけど、ついてもいけない。
海にも周囲にも自分にも翻弄される。

原隊長が見かねて「もし無理ならけん引を考えて。2人でけん引しても」と
平田隊士に言う。あー、結局平田隊士に手間をとらせる・・
「漕げるか」と聞かれ、「とりあえず」と答えると「横で指示出すから」と
横についてくれ(のはずがやっぱり少し遅れて)とにかく漕ぐ。

とはいえ、もう、気持ちがいっぱいいっぱい。そしたら「後ろ波ーー」の声。
見たら小さい津波のような帯状の波。その声とその波、一気に締まる隊士達をみて、
気持ちが切れかかった。意地を出して頑張っても最後まで漕ぎ切れる
自信はもうなくなっていた。迷ったが、それなら早く判断した方が。と
平田隊士に「すみません。やっぱりお願いします」

けん引。まぁ、速い。私も一生懸命漕いだけどあっという間に先頭へ。
角田隊士に「マキヨさん一番後ろにいたのにいつの間にか僕が一番最後だった」
と言われる。すみませ~ん。。

東北の人、怖かっただろうな。と思う
津波島、わんわん瀬・・・名付けた人は本当にセンスがいい。
この日もサポートが。かわいい女性が用意してくれていた立ち食いランチ。
食い意地はってるから食べたいけど身体が受け付けず。
「参加されるなんてすごいです!いつか私も参加したいんです。
頑張ってください!」とキラキラした瞳でチョコをくれる。
「ありがとうございます。」
でも私ももう少し熟考してから参加すればよかったです。
もう、いっぱいいっぱい・・・と思いながら頂く。
いつか一緒に漕ぎましょう。とは言われへん・・・

そして舟折瀬戸。
まだ終われへん・・・

サポートに来てくれた原田さんから頂いたコーラ。
コーラなんかもう久しく飲んでない。錆落としにもなるとFBに載ってた。
原田さんが「これ飲んだらもっと漕げるから」って言ってたけど・・・
信じてなかったけど何でもすがろうと景気づけに飲んでみる。
「うまいっ!!!」ほんまや。元気でる。
なんで?
私の横断隊・七不思議その2。

合間合間に出る村上隊士の海情報やキャンプ可能な浜情報や土地情報。
すごいと思っていたけど、船の細かい進路まで知ってるなんて、
どんだけ漕いでんねん。
意識しているところが違うんやな。と思いながら必死に漕ぐ。

舟折瀬戸はわーーーっと緊張していた分、ほんとにあっけなかった。
それはリーダーや副リーダーの綿密な計画とリードの賜物なんだとは思うけど、
ん!?ここ??もう終わりなん?って感じだった。
井上隊士と「ま、どんな海況であれ、あの舟折瀬戸を漕いだことには変わりない」
ということに。
それより井上隊士、どんどんテンション上がってきてる。
「ここ、自転車乗りにとったら聖地なんやでっ!こんなとこ漕げるって
すごいことなんやから!!!」
目がキラっキラ。彼は瀬戸内を漕ぎたい。と、これに参加するために
ずっと努力してきた人だからではあるけど、正直、「そんなんどうでもええわ」だった。
早く上陸したい。本橋隊士に聞いた「伯方の塩ソフト」食べたい。

とはいえ、こんなに楽しんで漕げるってすごいなーと、ちょっと反省。
お詫びも兼ねて伯方大橋をバックに井上隊士を撮ってあげた。
ソフトは食べられず、すぐに出艇。
ようやく寝床となる浜に上陸。


どんどん食べる量が減ってきている。いつもはずーーっと食べている私が
なぜか食べたいと思わない。
しのちゃんが甘いものを差し入れしてくれたけど、これも進まない。
身体の疲れなのか、メンタルの疲れなのか。
焚火を見ながら出発前日、吉村隊士に言われた「とにかく一生懸命頑張りなさい」
はたして、「私頑張ってます!一生懸命漕いでます!」で許されるんだろうか。
という気持ちが湧いてくる。
必死に漕いでいるけど、私が全体のペースを落としている。
そんなにフォームは崩れていないと思うけど、思うように進まない事にも
戸惑っていた。
これは自分で自分の事をやってると言えるのか、(中・上級レベルの)
ツアーに連れて行ってもらってる ようなものじゃないのか。
(平田隊士によく言われること)

初日から着ていたダウンがない。探したがどこにも落ちていない。
どこいった?



【4日目】

また今日も始まる。折り返し日。とにかく3日過ぎた。
早いような遅いような。

出艇。
スプレースカートをセットしていたら目の前で舟の底が見えている。
????この舟は三澤隊士。えっ?沈?どうした??
と釘づけになっていたらロールで上がってきた。
大丈夫ですか?と聞いたら頭が痒かったからひっくり返って
頭を洗っていたのだとか。
すげーーーー。副リーダーだから、気合い入れたのかと思ったよ・・・
(それもすごいけど)

今までお天気に恵まれたが、今日は悪い。
時間が経つにつれ崩れてくるよう。

リーダーは平田隊士。まぁ、できると思うけど、プロは地元じゃ
ないところもガイドできるんやなぁ。と思う。

どんどん天気が悪く、風も出てきた。
昨日が山場と聞いたのにー!今日もハードな雰囲気プンプン・・・
とはいえ、平田隊士のガイドはいつものこと(私のレベルも知っている)
なので、安心感はあった。

大崎下島。一列になって進む。リーダーの後ろをついていく。
難所と思えるところを過ぎても漕ぎ続けろ。との指示。
(潮流が続いていた)
斜め前にいる井上隊士が後ろを向いて「沈してる」との声、さっと後ろを
振り向くとまた舟の底が見えていた。
こんなところで!大丈夫なんだろうか。。
先に進んで待てとのことで、気になりつつ必死に漕ぐ。
角田隊士だった。
どんどん体が冷えていく。と同時に大丈夫なのか、と不安が
増していく。自分が沈した時を思い出した。
逆の立場になり、こんなに迷惑かけてたのか。と、初めて自分が沈
したことに直面。落ち込んでくる。
しかも、私は初日に。
もう少しかかりそうだったので、迷ったのだけど気分を変えるため
トイレに行こうと上陸する。が、草むらに入った時に角田隊士の
「すみませんでしたーー!」の声。
あ~、もう少し早く行けばよかった。いつもタイミングが悪い。
どうしても。ではないからすぐ戻ろうか。とも思ったけど、気持ちを
リセットしたかったので、戻らなかった。
で、結局私がみんなを待たす・・・

風や波の激しいところ、こういう海は漕いだことはあるけれど、
どうしても目的地に行かないといけない状 況では漕いだことがない。
途中で止められない、引き返せない。というのは精神的には堪えた。
風の抵抗をうけないよう、出来るだけ姿勢とパドルの位置を低く。
を心がけて漕ぐ。(が、周りを見るとみんなふつーに漕いでいる・・・)

やーっと上陸。ホーボー隊士がコーヒーを淹れてくれる。
みんなで廻し飲み。
いつもは飲まないけど、ほっとする香り。冷えた身体にはおいしかった。
あー、私漕ぐことだけ、自分のことだけに必死でこんなところにまで
全然気が回らない・・・

昨日、今日と落ち込む材料が満載。

恋が浜がこの日の宿。
海況が悪く、これ以上進めず今日は早めに上陸。
祝島、行けるかな?と思ったけど、気持ち、体力的には助かったー。

食べていないからか、どんどん体が動かない。舟から降りると
体がスカスカな感じで力が入らない。
着替えるのも一苦労。1時間以上かかる。
肩で息。歩くんじゃなくて、転がりたかった。

ご飯を作りながら河野隊士と話す。ご両親が私の1つ上だと判明。。。
自己紹介の時、彼の年齢を聞きもしかしたら。と思っていたけど、
とりあえずご両親より私、年下でよかった。

やっぱり食が進まない。
結局、この日作った晩ご飯もほぼ食べてもらう。

そして反省会。
どう書けばいいのか難しいのだけど、集団をまとめたり、何か目標を
達成したりする為に問題となった事や人を話題にあげ、話をするのは
大切だと思う。
ただし、それは先に書いたようなことを達成や改善するためになら
だと私は思う。
年齢も住んでいる場所も、カヤックのスタイ ルも目指すものも違う人たちが
各々想いや目的を持って参加するのだから仕方がないのだろうが、
ただその問題となったものを攻撃しているだけ、自分はできていると
アピールするためのに話題にしてように感じる時があり、
私自身が出来ていないことばかりなのを痛感している分、まるで
自分に言われているように感じたし、話題には上げられないけど
私も同じように思われているんじゃないか。と堪えた。
どう考えても私が一番足を引っ張っている。
私は女だから、そして参加理由が数名の隊士が知っている高橋ファミリーに
会いに行く為だから沈しても遅くても言われないんじゃないか。
という思いが湧いてきた。
そして、誰でも参加できる。と聞いたけど、やっぱり参加したのは
早かったのか、そもそも参加すること自体間違っていたのか。
距離を漕いだり早く漕ぐ事が大事ではない。とは言われたけど、
それを鵜呑みにしたのはやっぱ り間違ってた。
これなら暗黙の。でもいいから一定の参加基準(経験年数や○kmを○時間で
漕げる。とか)が欲しかったとも思った。
そしてツアーじゃない。という話。
図星。タイムリー。先にも書いたが、いつもいわれている言葉。
漕ぐだけでフラフラで上陸してから何もできない。
1年生なのに。
発せられる言葉ひとつひとつにひっかかってしまう。全部私のこと。
こんな状態で続けていいのか。
昨日から上陸する場所場所に人が住んでいるのかも意識するようになっていた。
公共交通がなくても人がいればなんとか小豆島へ帰られる。
隣にいた河野隊士がフォローを入れてくれるがダウンする一方。
迷惑かけているだけで私がこの隊に与えられているものは何もない。

平田隊士に相談。
「今辞めるのならもっ と前に辞めておけ。体が動くのなら続けろ」
というような事を言われる。

【5日目】
朝、目覚めると3日目に失くしたダウンが横にあった。なんで??
横断隊7不思議その3。

この日も暗いうちからの準備。気持ちも暗い。
ようやく折り返したけど身体もますます力が入らなくなっている。
どんよりしながら準備していたら、河野隊士が様子を見に来てくれた
ように感じた。

さて、それでなくても調子が悪いのに、迷いながら続けるのはもっとひどい。
続けるのならどうするか。どう気持ちを切り替えるか。
まずは我慢しない。わがままにふるまうのじゃなくて、意地をはらない。
ツアー・・・の件はひっかかるところだけど、私が一番すべきことは
できるだけ隊についていくこと。できないことは正直に言う。

幸いなことに(笑)この日のリーダーはソフトな本宮隊士と3日目の
副リーダー楠隊士。
フォーメーションを組んだ時、リーダーが「僕も頑張りますから何かあれば
遠慮せず言ってください」と言ってくれる。
みんな、ええ人や。。

漕ぐ。相変わらず脇腹は痛い。
手漕ぎになる。さらに遅れる・・・

横断隊中通してのどの渇きがすごかった。水を飲むタイミングが難しく
(遅いので飲む時間がない)それで体力を消耗する。という悪循環だったので、
待ってもらうのは気になったけど、水分を取りたい時は思い切って言うようにした。
リーダーはじめ、気遣いながら漕いでくれていることを感じ、申し訳なく
思いつつも感謝。

初潜水艦。マイク隊士が超~エキサイティング。

浜が見えてからが長かった。
最後はほんとに漕げてなかったなー。

舟から降りると立っていられない。他の隊士も疲れているんだから
一緒に舟を運ばないと。と思うけど、動けず。
色んな所で周りの人に助けてもらってる。

祝島の方に見えたこの日の夕焼けは本当にきれいだった。
夕陽の写真を撮っていたら反対側にでっかい虹。
祝福なのか・・・泉ちゃんの顔が浮かんだ。距離は祝島に近づいているけど、
自分の体力を考えたら近づいているとも思えず。


やはり着替えに1時間以上かかる。そして食欲がわかない。
食べるとのどが閉まり吐く。でも、何かお腹に入れないと。
平田隊士にお金を借りて(お財布、小豆島に忘れてきた)
自販機でジュースを買って飲む。

反省会で隊長から海峡越えなど、時間や危険が伴う場所での牽引の話が出る。
今日の海峡越えの時、かなり遅かった。

明日も難所があるらしい。
やっぱり辞めた方がいいのか。ここまで来たら隊は祝島へ到着しないと。
その足をひっぱることはできない。
どんよりしていたら平田隊士に「俺やったら1日中牽引できる」と言われる。
きっとできるやろなー、それもぶっち ぎりで行けそう。
私の意に反して多分精神的な負担をかけっぱなしだけど、
ここまできたら牽引されても遅くても誰かに「辞めろ」と言われるまで
祝島へ向かう努力はしようと思う。
となると、今一番しないといけないことはまず食べること。
吐くのが気持ちの上でも辛かったのだけど、吐いても全部出てしまわないはず。
吐いて、食べて。を繰り返す。

【6日目】
リーダー:マイク隊士。副リーダー:角田隊士。
マイク隊士もすごいけど、角田隊士もほんとすごい。沈した直後から
全く変わらず、大きな声を出して漕いでいる。
どちらも1年生。
漕いで通訳して伝達して。って、い゛~ってなりそうなのに。

昨日は身体が、この日は気持ちがヘロ ヘロだった。
距離を進むことを考えたら仕方がないのだけど、
風裏の南側を行きたかった。という考えが止まらない。
加えてマイク隊士は本当に楽しそうにリーダーをしている。
そしてガンガン漕いで行く。
気持ちが後ろ向きなので、自分がやっていること(漕いでいること)が
全部無駄なことをしているようで、そしてリーダーという役割と
漕ぐことを楽しんでいるマイク隊士がウラメシイ・・・

しんどい、早く着きたい。だけでいっぱいになり、それが余計に
しんどい事になるとわかっていながら潮流などを完全無視して
最短距離を進もうとする自分の浅ましさにいやーな気持ちになりながら、
結果やっぱり距離を漕ぐことになり遅れ、気持ちがさらに後ろ向きになる
繰り返し。負のスパイラルにはまる・・・
どんどん遅れ本橋隊士と横並び。
「やっぱり僕は牽引しないよ。だってマキヨちゃんはまだ自分で漕ごうと
しているから」と言われる。
「はい。そのつもりではいます。」と伝えたところ、聞こえたのか
聞こえてないのか、少し前にいた平田隊士から「けん引するぞ!」と一喝。
イソギマスぅ~・・・。

もう、何にでもすがりたい。と、アリュートパドルを使ったのは
2回しかないのだけど、連河さんに借りたパドルを試してみる。
私が隊のペースを遅くしているので、これ以上漕ぐ事以外で
時間をとらないように。と、これも気が引けたが本橋隊士に事前に
次の休憩でパドルを替えたい事を伝え、手伝ってもらう。
あぁ、完全に本橋隊士は私の『じいや』状態に。

隊長にはうるさい。と言われていたが(笑)後半、本橋隊士と漕ぐことが
多くなってしまった私には細やかな配慮で気持ちをほぐしてくれ、
ほんと助かりました。

トイレ休憩。一旦上がると舟に乗りこむのが辛くなりそうだったので、
海上休憩のみ。
ちょこっと森隊士にアリュートパドルの使い方を確認する。
そしてまたナッツといちごをもらう。
森隊士と吉村隊士に励ましてもらう・・・
甘え倒しではあるが、甘えさせてもらう。
「もう、ここまで来たら何が何でも祝島へ行きます」
「うん。まきよちゃんには友達に会うっていう目的があるんでしょ!」
と、森隊士に力強く言われる。「うん(泣)」
ずっと思っていたけど森隊士、松田優作に似てるわー。

お昼休憩。
食べる気はしないけど、とにかく口に入れないと。
今日も「吐いても食べる」がテーマ。
小さいおにぎりを1個ちまちま食べる。
トイレ。どこにもない。一面砂浜。
隣の漁港にあると思う。と事前に本橋隊士に教えてもらったが遠い。
歩くのしんどい。
少し歩くとくぼんだところがあったので、もういいか。とそこで。
真後ろ民家。
誰かが見てたかもしれないけど、もういい。
スプレースカート、目隠しに使える。

この日はリーダーから海峡越えなど、今日のコースはフォーメーションを
組むために私を待つ時間の余裕がないから私が遅くなった場合は
隊を分けて進むので、その時は私をフォローしてほしいという旨の依頼が
平田隊士に入る。
あぁ、また平田隊士に。すみません・・・
とにかく気持ちだけでもがんばる。

最後はヨレヨレだったが、なんとか岸に着いた。少し早めの上陸。
あと1日漕げば高橋ファミリーに会える。
けど、私がもっと早かったらもうひとつ先の浜に行けた。
さらに祝島が近づいたのに。

体力は消耗というかもう衰弱。立つのさえしんどい。
着替えるため、トイレに行くのも。途中で這おうかと思うほど。
この際、汚いなんて言ってられない。トイレの床に座って休み休み着替える。

寒かったし、まだ明るかったのでテントも張れず、でも起きているのが
辛かったので、まことさんに無理を言ってホーボー隊士の車で
暗くなるまで眠らせてもらう。ようやく1時間少し、初めて熟睡。
初日の沈で携帯を壊したこともあり、平田隊士に時計を借りていた・・・
(ありがとうございました!)けど、アラームがないので
時間が気になって、そして緊張もあったのかちょっとした風の音や
波の音、そして「ぶーーーっ!!」という、おならと思われる立派な音や
いびきで度々目が覚めていた。

少し楽になり、おかゆを作る。けど、入らず。
捨てようかと思ったけど明日は出艇が1時間早い。残りは翌日の朝に。

【7日目】
とうとうこの日が来た。高橋ファミリーに会える。はず。
道也くんにお祝いが渡せる。何よりもう時間を気にして漕がなくてもいい!
ゆっくり寝られる。

距離だけ言えば今までで一番短いけど、鼻繰瀬戸を渡るため
使える時間は少し。
午前中で勝負が決まる。きっと私次第。

今日もまずは食べること。昨日の残りのおかゆを温める。
が、寒くて火がつかない。冷たいおかゆを口にする。
ジャリ・・・砂。
無理に食べているからテンション下がる。。溜息つきながら食べる。
食べるの嬉しくない。なんて初めてのこと。

ブリーフィング前に本橋隊士がとにかく口に何か入れながら
漕ぐ方がいいと経口補水液と本橋隊士が持ってきていた飴を全部くれる。
あぁ~・・・迷惑かけ倒しやな。という思いと、気にかけてくれている
感謝の思い。
これも祝島へ行くため。
もうこうなったら何としても私も時間までに鼻繰瀬戸へ行かなければ。

ヘッドライトをつけての出艇。こんな暗闇の中の出艇は初めて。
既に身体に力が入らないながらもワクワクする。
ぶつからないように。そしていよいよ始まるのか。と思ったら緊張が増す。
でも午前中に終わる!

最後なのに進まない。6日間散々カッコ悪いことをやり倒したのだから
もう、フォームなんかどうでもいい。
ちょっとでも早く鼻繰瀬戸へ近づくこと。
前日の反省会で「何が何でも祝島へ行きたい」と言った。

カヤックを始めてから、海の上くらいエレガントにいたい。
そう振る舞えるようになりたいと思っていたけど・・・

今日は後ろへ下がるのがいつにも増して早い。
後ろから、横からベテラン隊士たちから「ほら、しっかり漕げ!」と
ゲキが入る。
それを力に漕ぐ。
進まない。気持ちはあるのに、力がない。
漕ぎながら吐くのもうまくなってきた。
飴ばっかり食べるの、もういやーと思いながらも舐め続ける。
たまにスプレースカートに吐き出して。

後ろに下がっていくと今日は副リーダーのためいつもの本橋隊士はいない。
裕治さんがたまに並走してくれた。
「もうちょっとパドル早く動かせんもんか」
はいー。私もそう思ってるんですけど・・・

三澤隊士もパドルの事を心配してくれていた。漕ぐ速さも気になったが
最後なので自分のパドルを使おうと前日から決めていた、
少しでも回転数をあげられるよう6日目からいつも長めのパドルを短く、
アンフェザーにした。

本日のリーダー:吉村隊士。
吉村隊士に「漕ぐのはしんどいけど、こうやってこの瀬戸内を
漕げる喜びを感じて」と言われる。
まさにその通り。

時間が限られているのに、水分をとったり飴を食べる時間もとってくれる。
休憩はうれしかったけど、やっぱり少しでも前にいたい。
この日の私シフトはスペシャルフォーメーション。どんどん先に進みはるか彼方、
ぶっちぎり先頭でみんなを待つ。というスタイルに。
かなり距離が離れているので、最後ぐらい。と自分なりにコースを
考えて漕いでみる。
またもやあっという間に追いつかれたけど、本橋隊士に「ナイスコース取り」と
言ってもらう。確かに漕ぎやすかった。

「あの岬を越えれば祝島が見えるからね」と言われ、それを励みに漕ぐ。
が、1つ越えても2つ越えても祝島が現れない。
思わず「まだ~?」
平田隊士:「うるさい。」 

すみませぇーーーん。

どんどん風がでてきた。と、同時に波も高く少しうねりが。お尻が振られる。
まさに波乗り。気は遣うけど、ベタ凪よりはこういう波の方が好き。
漕いでる。って気がするし、波や風と話をしているような気がする。

祝島へ近付くにつれ、漁船の動きが今までと違うような気がする。
すごい勢いで隊に向かってきたり(と感じた)、隊の近くを通ったり。
と、同時に並走してくれる漁船も。

この辺りではカヤックは特別な意味を持つというのは知っていたので、
こういうことなのか。と思いながら、今までとは少し違った緊張感で漕ぐ。
「目標、中電のブイ」なんてのもあった(笑)

ようやくもうひとつ岬を越えると「おーー!」という声。
その声でやっと目の前の島が祝島なんだということがわかる。
やっと姿を現してくれた祝島は静かで神々しかった。
そして田ノ浦。いつか行きたいと思っていたところ。
きっと美しい場所だったんだろうな。という面影は感じるが、鉄柵などが
殺伐とした空気を醸し出している。
1週間、自分の身をむき出しにして自然と接していたからか、
こういう景色や堤防をみるとすごく痛かった。
とりあえず間にあった。早く渡りたい。そのために頑張ったんだから。

隊長からこの田ノ浦や祝島で起こっていることを海上休憩しながら聞く。
その間も耳だけ残してはるか先まで進む。
そしたら「撮影するから帰ってきて~」
なんとなく、もしや。と思っていたけどマジですか~。
目の前の鼻繰瀬戸を渡るリミットもあるからかなり進んでしもた。
もうヘロヘロなのにまた戻らないといけないなんて。。
その体力、この瀬戸を渡るのに残しておきたい。
でも、この撮影がたくさんの人の目に触れ、ここで起こっていることが
もっと知られれば。と思い戻る。
まことさんにもThe・プロ。という仕事を見せてもらった。
(舟から落ちるかと思った)
彼は私も含め、いつも隊士たちのことをリスペクトしてくれているように感じ、
うれしかった。

あと少し、私も漕がねば。

さぁ、出発。瀬戸渡り。
「ここからは魂で漕げ」と言う声がかかる。「はい!」
祝島へは一直線。いつも思うけど、見えてからが遠い(笑)
ベースから苅藻島へ行く位なのに。

私がこんなにカヤックにはまり、楽しい!!と言ってるのを
大阪に住んでいた頃の友人が知り、わざわざ何度か湯浅まで
漕ぎにきてくれた超・インドアな友人がいる。
その彼女が「マキヨちゃんは漕ぐことは瞑想みたい。って言ってたけど、
私には祈りに感じる」と言った。
この時、そして横断隊中の私もそうだった。
どうか、このひと漕ぎひと漕ぎが祝島へ届きますように。
賛成、反対、それぞれの想いはあるだろうけど、どうか人が人としての
優しさをもって対話ができますように。
(原発建設よりそのことの方が辛いな。と思っていた)
泉ちゃんたちに会えますように。

どんどんゴールが近づいてきた。
「ここから一番先に行け」と言ってもらう。最後の力を振り絞って!

堤防の内側に入る。目の前に高橋ファミリー!
泉ちゃんが「ようこそーーー!!!」と言いながら見慣れた
『あわたま(カフェの名前)』にあった旗を振ってくれている。
変わらない姿と旗。それをみると懐かしさと安堵感で思わず涙が滲んできた。
そしたら「マキヨちゃんどこーーー??」
あれ?そっちじゃないーー。
泉ちゃん、ここ。あたし一番前にいてる~手、振ったのに・・・


お互い見つめながらざっと着陸してばっと舟からでてハグして
出産祝いを渡す感動の場面のはずが間延びした感じに。
聞けば私たちが着くしばらく前に浜に来てゴミを拾い、清めてくれていたらしい。
ところが、直前に着陸するのがその浜じゃないことが分かり
急いで来てくれたんだそう。。高橋ファミリーらしい。。

「やっと会えたーーー」と、泉ちゃんとハグ。
「よくがんばったねー」と背中をさすってくれる。
そうするうちにまさに雄叫びをあげながら他の隊士たちも着陸。
2歳になる高橋家のゆいわ君はその異様な光景がショックだったようで
しばらくおかしかったそう。。

隊士みんなで握手をしたり、ハグしたり。痩せて真っ黒で、精悍な面々。
村上隊士が「きついこと言ってごめんね」と肩をたたいてくれた。
えーー!そんなん感じたことなかったのに。
やっぱり優しい人である。

道也くんと初対面し、出産祝いを渡す。沈したけど、お祝いは無事だった。

到着の記念撮影。出発の時とはまた違うテンション。

よろよろと時間をかけて着替え、軽トラの荷台に乗せてもらって
打ち上げ会場へ向かう。
車でよかった。
揺れる荷台。ドナドナを歌いたくなった。

一番にお風呂に入らせてもらう。不思議なことに横断隊中はどこも
かゆくならなかったのに祝島に着いたとたんかゆみが。。
そして垢がプカプカ浮かぶかと思ったらそんなこともなく。
横断隊7不思議その4、5

各々昼食やお風呂を済ませ、打ち上げの会場に集まる。
昼食後、島唯一のカフェに寄りそこで会ったマイク隊士にほめてもらう。
ごはんはやっぱり入らないけど、食べたいのでよく噛んで、ちびちび
いっぱい食べた。おいしかったー!
工藤隊士の誕生日会も。

島の人たちも続々と差し入れをくれたり、参加してくれたり、
出会った人たちが労ってくれたり、と、横断隊ってやっぱり
ただ参加する人達だけのものではなく、漕ぐだけでもないんだな。と感じた。
どこかで海遍路だと聞いたような気がしたが、本当にそんな気がする。

そういう風に見てしまうからか、木村先生やひさぼうさん、隊長、他の
隊士を含め、原発問題に関わっている人たちは、みんな柔軟だけど内側に
強く一本太い柱が入ってるような気がする。表情だったり、佇まいだったり、
他の人とは違うある種の美しさを感じた。
それは自分が佳しとすることを自分のこととしてリスクを背負い
行動に移しているからか。
だから隊士たちもどんどん顔つきが変わってくるのか。
酔っ払っていたがみんなキラキラ、ピカピカしてた。

そして最後の反省会?
最後の最後に艇がぶつかったことも話題に。
あの時も私シフト、はるか彼方、先頭にいたので休憩時間を過ぎても
なかなか動き出さないことに気持ちがざわざわしてた。
時間が・・・(遅れたらまた迷惑かける)
そしたら艇がぶつかったとのこと。大丈夫なんやろか、誰の舟?
最終日、ようやく祝島へ到着できる目処がついた時の休憩。
こんな時にお互い嫌やろなーと思いながら待つ。

私も後半あまり上陸しなかったのは、舟から上がるともう気が抜けそう
だったのと、上陸と出艇の時の煩わしさを避けたかったから。
実際5日目だったか、気をつけて出艇したつもりだったけど、
思っていた以上に勢いがついて、村上隊士の舟にぶつかりそうになり、
注意された。
フォーメーションを組みながら漕いでると「賠償問題」という声が聞こえた。
どんなひどいことがあったのか、けんかしたのか(まさか)、
意図的にぶつけたのかと、ちょっとハラハラしながら漕いだ。

うーーん。ご飯はおいしかったけど、これは少し後味が悪いものだった。
1年生が関わることは全部自分のことのように感じたし、
私もどちら側にもなる可能性、確率は高かったはず。

平田隊士から教えてもらったシーマンシップ。知った時はかっこいいー。と
思ったのだけど(それもあって海の上ではエレガントにいたい。と
思っていた)あれは何なのか・・・

祝島へ着くことができ、高橋ファミリーに会え、久しぶりにのぶさんの
歌も聴けて。
素晴らしい夜ではあったけど。
ま、それも含めて横断隊なのか。超・個性派揃いな人間の集まり(多分)
だろうからねぇ。


【8日目】
舟、電車、新幹線、バス、タクシー、フェリー・・・と、多分、
飛行機以外の公共交通機関全てに乗って小豆島へ。
後で思い返すと7日間漕いだことよりも、この乗り物を使って小豆島へ
行った方がしんどかった。そのしんどさの方が印象に残ってる。
ずっとハコの中に閉じ込められていたからかな??

こまめ食堂に寄る。たくさん頂いたのに、全部食べられないのが悔しい!
やっぱり連河さん、うらやましそうだった(に見えた)

祝島へ戻ったものの海況が悪く、結局舟を島から出せず出直すことに。
とりあえず一旦和歌山に帰る。



【それから】

ベースにあるたくさんの樹、出発した時はまだ緑だったのに、
帰って来た時には一面地面が真っ黄色だった。
そういえば瀬戸内、紅葉してた。

まだ体力が戻らず、ヘロヘロだったのだけど見慣れた風景を見て
やっと気持ちがほっとした。
と、同時にもう3日も経っていたのにまだ引きずっていた。
沈したこと、思っていた以上に漕げなかったこと、食べられなくなったこと、
迷惑かけたこと、シーマンシップ、まだ食べられないこと・・・
言ってみれば小中学生が社会人のチームに入って過ごしたようなものだから、
経験のなさや知らないからこそ抱く、カヤックに対するある種ファンタジーな
ものがあったからだとは思うのだけど、7日間漕ぐだけなのに、こんなに
色んな影響受けるものなのか。と改めて横断隊のインパクトの強さを感じた。
帰り道、「こんなに引きずるなら参加しない方がよかったのか?」と
悶々としながら車を運転していると、突然フラッシュバックのように
横断隊中の光景が浮かんできた。

瀬戸内の景色、祝島の景色、わくわくドキドキした感覚、出艇前のなんとも
いえない心もとない感覚、そして丹田に力が入る感覚。みんなの笑顔・・・
いいことばかり。なぜか涙が止まらなくなった。
大音量で聴いていたU2のせい?
やっぱり参加してよかったんだと思うことにする。


【再度、祝島へ】

また高橋家にお世話になる。祝島のこと、田ノ浦のこと、反対運動で起こったこと、
祝島の現状、島のあちこちを案内してもらいながら色んなことを教えてもらう。

祝島を出る日、歩くより遅いユンボに乗った笑顔の木村先生に会う。
最後に会えてよかった。
出艇前にひさぼうさんにあいさつに行く。ご夫婦で見送りに来てくれ、
(風が出るという予報だった)「何かあれば必ず連絡しなさい」と
手を差し出して言ってくれる。
誰に対しても分け隔てなく接してくれる。私、こんな風にできるだろうか。
と握手しながら思った。

「ありがとう。本当にお世話になりました」「いってらっしゃーーーい!」
高橋ファミリー、ひさぼうさんご夫妻に見送られ出艇。
その後、隊長家、原田さん民宿を経由。
ほんとに色んな方にたくさんお世話になった。
隊長からきいた「横断隊で何かあればガイドを辞める覚悟で参加している」
という言葉は重かった。他の人もそうなのかもしれない。
だから反省会は時には厳しいものだったんだとも思う。
だからこそ、超・初心者で参加した私は横断隊のこと、きちんと
伝えないといけないんだ。と思う。
これから参加する他の隊士たちのためにも、参加する当人のためにも。
自分が参加してみて、参加資格はないけれど、誰が参加しても
いいものではないような気がした。
と同時に、原隊長はこんなことが後9回も続くのか・・・と、ご愁傷さま。
な気持ちに。
原発の話にもなり、隊長の「賛成派、反対派どちらかが一方的に
悪いんじゃない」という言葉も染みました。
そして原田さん。
私もついていって申し訳なくなるほどのおもてなしを受けたのは、もちろん
原田さんのお人柄もあるのだろうけど、横断隊がどういうものかを
わかっているから、そして舟を運ぶということがどういうことか
わかっているからこそだとも思った。
第十二次の話を聞きながら、客観的に言ってくれる意見はすごく勉強になった。


【それから】

やっぱり左の脇腹痛い。胃も痛い。
一応、病院へ行ってみた。
釣りが好きで、そのために1級船舶免許も取り、最近カヤックフィッシングが
気になってるという先生。友人にもカヤッカーがいるとFBを見せてくれた。
レントゲンを撮る。
「骨折れてるで。あんた、よう漕いだなー。」
「先生、ほんまに?知らん。ってすごいなぁ。。」

青天の霹靂。
多分、沈した時に捻ったのが原因だろうと。
疲労骨折のような、ソフトに折れていたようで、だから動けたらしく
そしてそれが原因で胃を圧迫し、食べられなくなったと思う。とのこと。
そうか、メンタルじゃなかったのか、食べられなかったの。。。
なんか複雑。

人生、骨折もお初。
初物尽くしの横断隊でございました。
濃厚な、いろんな想いや感情がめぐった時間。それらはこれからも
ずっと続いていくような気がする。
2014年の漕ぎ納めの時、脇腹もまだ痛く、ちょっと風が出て
あーん、もうしんどい。もういいか。と思ったのだけど、
「横断隊だったらこんなんでやめられへんもんね」なんて思い、漕いだ。

今でも湧きあがるものは色々あるけれど、とにかく小豆島から祝島まで漕いだ。
今までの人生で一番贅沢でアホな時間だったと思う。と言うことで、
私の初めての横断隊、一本締めで終わります。

隊士はじめサポートして頂いたみなさま、祝島のみなさま、お世話になりました。
本当にありがとうございました。
ただひとつ。祐治さんの横で火を囲めなかったのが心残りです。
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瀬戸内カヤック横断隊

Author:瀬戸内カヤック横断隊
2003年第一次瀬戸内カヤック横断隊からの記録を掲載しています。

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