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2015第十三次瀬戸内カヤック横断隊レポート 山本 貴道

瀬戸内カヤック横断隊レポート

今回の第13次瀬戸内カヤック横断隊は一昨年の第11次に参加して以来の2度目の参加であった。といっても前回は2日目の周防大島から合流という途中参加であり、祝島からの参加は初めてであった。というわけで、横断隊出発前日、穏やかに澄みきった海の向こうに祝島が見えた時にはようやくスタートラインに立てた気がした。
初日から3日目までは向かい風の中をじりじりと忍耐の前進。漕いではいるのだが、思ったほど進まない感じがしんどかった。肩、腕、腰にどんどん疲労がたまっていき、気がつけば何度も後方に下がっていた。4日目から、ようやく自分なりのリズムを作ることができ、なんとか隊のペースについていけるようになった。
そして5日目、初めてリーダーを任命される。(というか、自ら志願のリーダーであった。しかし、本当は瀬戸大橋周辺をリーダーとして漕ぎたいと思っていたのだが、勘違いで1日早くリーダーに立候補してしまったのだった・・・)
僕が任されることになったのは岩子島から福山、笠岡諸島周辺海域。小豆島まで直線距離で約90kmといった地点である。出発地点はしまなみ海道の東の出口周辺で潮流はかなり速く(当日は大潮であった)、航路で船舶の往来が激しい。しかも天候は北東9m/sという強風の予報。かなり難しい海域、かつ厳しい気象条件であった。僕の不安を感じとり、原隊長は、この海域について熟知している村上隊士をサブリーダーとしてつけてくれた。
リーダー任命後、海図と潮汐表を前にして大まかなコースを組みたて村上隊士に相談に行く。僕が初めに考えたコースは北東からの強風を避けるために岩子島を出発したら北上し、風裏の尾道水道を潮に乗って東へ進み、松永湾から細い水路を抜け海老へ、そのまま岸伝いに常石、能登原、阿伏兎瀬戸を抜けるというものであった。
が、村上隊士から重要な情報を教えてもらう。まず尾道水道は渡船がかなり多く、ここを横断隊で漕いで行くのは危険であり、大きな迷惑をかけること。そして常石は巨大な造船所の町であり、上陸ポイントはなく、大型船の往来も多く、ここも通過は難しいこと。海図だけで考えるコースというのは机上の空論に過ぎないことを痛感する。ということで、コースを再考し、まずは岩子島を南下、向島の南を回り込み、観音崎から百島の南端を目指し、そこから田島の北側を進み、阿伏兎瀬戸を抜けるというものとした。
ここまでの前半部はいいとして、その後をどう進むかで悩んだ。天気予報では翌日から天気は下り坂。翌日の6日目はまだ漕げる可能性はあるが、最終日の7日目はかなりの荒れ模様で離陸不可能の場合もあると考えられた。そしてチラホラと聞こえてきたのは白石島でごちそうを用意して原田さんが待ってくれているとの魅惑的な情報。が、明日の天気は北東9m/s、気温も急激に下がり始め、午後からは雨も降るとの予報だった。阿伏兎瀬戸を抜けた後、仙酔島までは進めるだろうが、仙酔島から白石島までの約12kmの海峡横断を強い向かい風と冷たい雨の中、隊をまとめて漕げるだろうか?穏やかな海況ならできると思うが、荒れた海況の中、隊を率いて白石島まで進む自信がなかった。そして、翌々日に海が荒れて閉じ込められるような場合、撤収しやすい場所に向かった方が良いのではないか。そんな考えも頭によぎり、仙酔島から福山港を北上し、福山の陸地に沿って、東へ進んで神島の御崎あたりを目指すコースをとることにした。(振り返ってみれば、この撤収のことを考えてしまったのは僕の失敗だったと思う)ともあれ、大まかなコースを組みたてて寝袋に潜り込んだ。
5日目。リーダー当日。辺りが明るくなりはじめ全員のカヤックが海に浮かぶ。布刈瀬戸がすでにかなりの勢いで流れているのが分かる。出発するとあっという間に隊は潮に乗り、ものすごいスピードで進みはじめた。初めてのリーダーという緊張感に加えこの潮流。ものすごい高揚感だった。ついつい飛ばし気味になるのを抑えながら進む。が、頭の中はすでに興奮状態で、どう隊をまとめればよいのか、どこを目指せばいいのかよく分からなくなる。隣の村上隊士のアドバイスのおかげで、なんとか隊をまとめることができた。
観音崎手前の小さな浜で小休止。村上隊士は回り込んだところに広い浜があると情報をくれたのだが、風裏で穏やかだろうとここで休憩をとることにした。
休憩後、観音崎を越え、百島を目指す。が、浜の前は流れが速くうまく隊をまとめることができない。しかたなく岬を越えたところで隊列を組もうとそのまま進んだのだが、岬の先端の速く複雑な潮流に翻弄され、隊は一瞬で大きくばらけてしまった。後列が岬を左に回り込んだところで待機し、流されてしまった先頭組がそこに合流することでなんとか隊はまとまった。岬先端の流れを読めなかったことが大きな反省点だった。また素直に村上隊士のアドバイスに従って岬を回り込んだ浜で休憩すれば、こんなことにならずに次の百島への海峡横断の出発も容易だったであろう。休憩する場所の重要性を感じた。
百島への海峡横断は潮流と風がぶつかり白波立った荒れた海をただただ漕いだ。百島の南に回り込んだところで、ようやく風裏に入り海は穏やかになった。5日目にして初めて瀬戸内らしい穏やかな海であった。のんびりとした瀬戸の雰囲気についつい気持ちも緩みがちになり、隊のペースも少し落ちてしまったように感じた。
そのまま阿伏兎瀬戸を抜けようと思ったのだが、瀬戸の出口手前にホクレア号と並走した打瀬船が展示されていることを原隊長と村上隊士から聞き、せっかくだからそこに立ち寄ることにする。打瀬船については、着いてからのお楽しみということで隊には伝えずに進んだのだが、あとで考えれば、なぜその方向へ向かうのか分からないまま隊を引っ張っていったために隊のスピードは上がらなかったのではないかと思う。目的を伝えて隊を誘導するべきだったと反省。僕も久しぶりののんびりとした海をついつい楽しんでしまっていたのかもしれない。そして打瀬船の前で漂いながら村上隊士の説明を聞く。ここでも少し時間をとりすぎたかと反省。
阿伏兎瀬戸を抜けしばらく進んだ小室海水浴場で昼休みとする。1時間休憩。そして再び漕ぎだし始めた頃、雨が降り出す。気温も上がらず寒い海。
その後、村上隊士のアドバイスを聞きながら、鞆の浦を越え福山港を北上する。強い向かい風と冷たい雨に遅々として隊は進まず、時間だけが過ぎ去っていく。このままのペースでは今日の目的地である神島の御崎に着くころには日が暮れているだろう。薄暗い中、コンビナート地帯を通過するのはかなり危険だ。しかもこの雨で体が冷えてみんなの動きは悪い。次の休憩上陸ポイントで今日は終わる可能性もある。などなど、いろんな考えが頭の中をめぐる。漕ぎながら村上隊士に目の前の浜でキャンプ可能かどうかを相談する。「その海岸は何度か使ったことがあり、浜辺の住人にも会ったことがある。キャンプはできると思うが、ただその人はちょっと気難しいかも」などの情報をもらう。はたしてキャンプはできるのか?そして焚き火はできるのだろうか?不安なままに前進する。
14:50上陸。
みんなには10分休憩と伝え、原隊長、村上隊士とこの後の行程を相談する。やはりこの後に続くコンビナート地帯を薄暗い中漕ぐのは危険だと判断し、今日はここで終了ということになった。まだ3時前だし、もう少し前へ進むべきではないのか?という気持ちはあったが、午後からの雨と風で体は冷え切って疲れており、コンビナート地帯には上陸ポイントもない。このまま進めば事故につながる可能性もある。今日はここで終了という決断は間違いではないと思った。
ただ問題は焚き火であった。上陸した海岸は民家が隣接しており、浜辺で許可なく焚き火をすることは問題であった。住民の方と何度か面識のある村上隊士と原隊長が交渉にあたってくれ、本日のキャンプと焚き火の了承をいただく。が、海岸はきれいに清掃されていて、みんなで手分けしても集めた焚き木はわずかだった。見かねた住民の方がストックしていた薪をたくさん提供してくれ、なんとか大きな火を起こすことができた。人の温かさと火の温かさを実感したこの日の焚き火であった。
焚き火で濡れた服を乾かしながら1日を振り返る。
僕はリーダーの役目を全うできたのだろうか?布刈瀬戸や観音崎の潮流。鞆の浦の定期船の動きや桟橋の位置。定置網周辺の通過方法。上陸ポイントの情報。などなど、ほとんどの情報を隣にいたサブリーダーの村上隊士に教えてもらった。村上隊士がいなければ今日ここまで無事にたどり着くこともままならなかったかもしれない。僕の仕事はリーダーと呼べるものではなかった。
が、しかしリーダーをやってよかった。リーダーとして先頭を漕ぐことで、隊を率いる責任感を感じることができ、潮流、風、隊の動きや雰囲気、船の動き、周りの全てに対していつも以上に敏感になれた。こうした体験はリーダーになってみないと分からないことだ。そしてリーダーはその日1日隊を導くだけではないということに気がついた。前日までのリーダーが隊をそこに導いてきたことの意味。そして、その日の天気・潮流だけではなく、翌日以降の行程を考えた上で、その日のルートを組み立てることの重要性。リーダーは駅伝走者のように隊というタスキを前のリーダーから渡され、次のリーダーへつなげる大事な役割を担っているのだ。
そう考えると僕は次のリーダーがとても走りにくい袋小路のような場所へ隊を導いてしまったのではないかと不安になってしまった。なんとなく逃げの気持ちから本州沿岸ルートを考えてしまったが、仙酔島から白石島への海峡横断は難しかったとしても、走島への海峡横断は可能だったのではないかだろうか?走島で今日を終わっていれば、明日以降のルートにもっと広がりがあったのではないか?頭の中をぐるぐるとそんな考えが巡り始めていた。が、すでに僕がリーダーの今日は終わったのだ。あとは明日のリーダーにまかせるしかない。僕にとってはたくさんの経験を得ることができ、自分の課題が明らかになった有意義な1日だった。

その他思うところ
(団体とソロについて)
 11月27日、横断隊最終日は荒天のため離陸することができず、白石島で終了、隊は解散となった。その翌日、1人で白石島から小豆島を目指した。
 11月28日午前7時。昨日吹き荒れていた西風は少し弱まっていた(北西6~7m/sくらい)。午前中、潮は逆流であったが、風はいい具合に追い風となっていた。正午前に瀬戸大橋までたどり着けば、潮止まり、もしくは転流直後の弱い潮の状態で橋の下をくぐれ、その後は追い風と追い潮で距離を延ばせるはず。無理はしないで1泊2日くらいの予定で小豆島を目指そう。そんな感じで漕ぎ始めた。
 昨日までの大人数と違って、今は1人。少し寂しくもあったが、それ以上に自由な感じが心地よかった。しばらく進むと後ろからボートが波を切りながら近づいてきた。白石島でお世話になった原田さんが笠岡へ向かう途中あいさつに来てくれた。
「お世話になりました!」
 その後は追い風に乗って白石島から北木島、大嶋、小手島、手島、広島、本島と島を渡っていく。追い風にのってカヤックはぐんぐんと面白いように進んでいった。本島の対岸、瀬戸大橋が正面に見える小さな島に上陸したのは正午前だった。すでに潮は転流し、東へ流れ始めていた。はやる気持ちを抑えて昼ごはんにパスタをゆでる。40分ほどの昼休憩の後、再び漕ぎだす。目の前を横切る大型タンカーを1隻見送った後、瀬戸大橋をくぐる。追い風と追い潮に乗ってカヤックはさらにスピードを上げた。大鎚島がどんどん大きくなり、そのまま通過。直島に上陸したのは15:00だった。遠くには小豆島もくっきりと見えていた。
ここまできたら行ける所まで行こう。ヘッドランプを準備し、フラッグのライトを点灯し、再び漕ぎだす。潮は緩みはじめていたが、風はいまだ追い風。豊島の沖を通り、一直線で小豆島を目指した。高松と小豆島を結ぶフェリーの航路をタイミングよく通過し、一気に小豆島の西端にたどりついた。16:30上陸、まだ日は沈んでおらず辺りは明るかった。予定では暗くなってからのゴールだったが、思いのほか早いペースで進んでいたようだ。
 朝7時に白石島を出発し、午後4時半に小豆島に到着。約70kmの漕行距離。追い風、追い潮に押されての結果であったが、これが隊として進んでいたらどうだっただろうか?自分のペースで漕ぎ、休憩できるソロだからこそ可能だったことなのかもしれない。今回の横断隊では隊として漕ぐ楽しさ、ソロとして漕ぐ楽しさ、両方を体験することができた。

(休憩について)
 瀬戸内海のように潮流の強い海域では、出発時間や休憩時間の取り方が、その日の行程に大きな影響を与える。流れの速い海峡を通過する時などは特にそうだ。そのため横断隊では1時間に1度の休憩とか、1時間の昼休みとか、定期的・規則的な休憩よりも天候やその日の潮流、環境などによって、臨機応変な休憩が求められる。また長期的な行程を漕ぐ上で、休憩を上手く取ることはとても重要なことだと思う。
1週間という長期にわたり瀬戸内海を漕いでいると、逆潮や向かい風で思うように進まない日もあれば、追い風、追い潮に乗って一気に距離を延ばせる日もあると思う。そういった時、たとえば向かい潮に押されて思うように進まないような時には転流するまで潮待ち休憩、反対に追い風、追い潮でぐんぐん進んでいる時には休憩も短めにしてその流れに乗って距離をのばす、といった具合に休憩にメリハリがあってもいいのではないかと思ったりもする。が、実際は向かい風や向かい潮でスピードが上がらなくても少しでも距離をのばしてゴールに近づきたいし、1週間ずっと向かい風の可能性だってある。そんな悠長な休憩の取り方はソロ漕ぎの時にしか通用しないのかもしれない。(ただの独り言となってしまいました)

最後にお礼
今回の横断隊でもたくさんの人のサポートや歓待を受けました。出発前夜に歓迎会を開いてくれた祝島のみなさん。周防大島でおいしいシシ肉やイカ、ビールで激励してくれたゆうじさん。岡村島で甘いふかし芋を準備して待っていてくれたけんちゃんの奥さん。大三島で僕らを応援してくれ、岩子島へ差し入れをしてくれたくすちゃんとしのちゃん。ミカンをくれた大三島のおばちゃん。キャンプする浜に合流できないにもかかわらず差し入れを届けてくれた西原さんのカヤック仲間たち。そして白石島で大歓待してくれた原田さん。他にもたくさんの人たちの応援があっての横断隊だと思います。みなさん本当にありがとうございました。
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Author:瀬戸内カヤック横断隊
2003年第一次瀬戸内カヤック横断隊からの記録を掲載しています。

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