FC2ブログ



→瀬戸内カヤック横断隊について←




←瀬戸内カヤック横断隊隊員の公開グループページはこちらのバナーから。

Entries

2015第十三次瀬戸内カヤック横断隊レポート 平田 毅

第十三次・瀬戸内カヤック横断隊レポート 平田 毅

【エビとカニとコンクリート】
 今回の隊は4日目から、島伝いのコースではなく、本土側の海岸線をゆく進路を選択した。分かってはいたが本土側沿岸はコンクリートの多い海岸線だった。
 それがぼくには新感覚だった。
 何日間もコンクリートだらけの海岸線をゆくコースというのは、実は日本の外周にない。たとえば全国をシーカヤック旅するとしても、コンクリート護岸の皆無なウィルダネス海岸が何日も続くシチュエーションというのは確かにないけれど、逆に漕げども漕げども延々コンクリート勝ちな海岸線が続き、上陸場所にも事欠く手詰まり状態に陥るということもまた、ない。伊勢湾や東京湾や大阪湾奥に入っていかない限り、コンビナートに捕まってしまうということもない。

 実はぼくが以前日本一周したときも瀬戸内を通らなかったのは、このコンクリートのイメージがあったからだ。それが数年前から横断隊に参加してみて、本土側四国側の両サイドを省いて内側の島伝いのコースをたどってゆくと、自然豊かな海を旅することができると知り、新たなる発見だった。島々と潮流の世界は、美しく、深遠で、面白いなと思った。

 コンクリートって、シーカヤック旅をする者にとって、他人が考える以上に違和感を覚えるものだ。
マジモードで海と対峙する旅が続き、ちょうど4日目くらいというのは、海という「非自己」が、「自己」の延長線上のような感覚に変わってくる頃。
 それが俗に言う、「海との一体化」「自然との一体化」ってやつ。
 そんな時にコンクリートに覆われた海岸線を漕ぐと、柔らかい体に固い人工物を埋め込まれたような、毛穴に詰め物をされたかのような、なんとも息苦しい感覚にさいなまれる。まあそれを常に海上で意識しているわけではなく、無意識の領域で感じていることだけど、それが何日も続くとなんか調子が狂う。

 人間ですらそうなのだから、魚や貝やエビやカニなどはもっとそう思っていることだろう。彼らの調子も狂いっぱなしだろう。

 だけどよく考えると、1千年前とか2千年前とか縄文時代とかはむしろ、内側の島々も面白かっただろうけど、本州、四国の沿岸側の方がさらに面白かったのではないか。全くコンクリも埋め立て地もない時代。干潟や河口のデルタ地帯、半島、砂洲、砂嘴など複雑系のオンパレードで、7日間で祝島~小豆島間なんて到底漕ぎ切れなかっただろう。
 だけどそっちの方が遙かに面白い。
 ぼくは4日目くらいから、縄文時代の沿岸地形などを妄想しながら、そして魚や貝やエビやカニの気持ちを考えながら、漕ぎ続けていた。
 やはりたまには魚や貝やエビやカニの気持ちも考えてあげないとダメだと思う。
 擬人化ではない。
 生物を擬人化するのではなく、人間を擬生物化して自然や生態系全体を考えるということだ。シーカヤック旅をやると、自分自身も新種の海洋生物みたいな存在になるわけで、自然破壊の現実がよりリアルに胸にくる。

 東日本大震災後、「国土強靱化」と称してやたらと巨大堤防や護岸を作りまくっているけれど、エコロジー、生態系の観点からはどう考えているのだろうかと思うと、目の前が暗くなる。そして原発はナシ崩し的に再稼働の流れに入り、田ノ浦では埋め立て免許許可延長が決まった。実際に作るか否かは別として、新たなる原発時代の可能性の表明である。
 土建屋国家と原発利権国家。
まったく、時代のあるべき流れから逆行している。
 「自然環境との共生」それが人類共通の21世紀のテーマだとするならば、まだ21世紀は訪れていない。
 ぼくらは20世紀の亡霊の、醒めない夢の中で生きている。
 そんな夢から醒めて生きるべきなのが、シーカヤッカーなのかもしれない。
 
 とまあ、つらつらと色々なことを考えさせられたけれども、物理的にも、シーカヤッカーにとってコンクリの沿岸は危ない。波のエネルギーを吸収せずにバーンと跳ね返し、干渉するものなので、やばい三角波とか立つし、変な流れは出来るし、第一上陸する逃げ場が皆無となる。海では、ショックをアブソーブしない人工物が一番危険なのだ。
 (余談だが津波時も同様、コンクリが一番危ない。マングローブのようなショックを吸収するソフトな自然物が最も安全な、天然の防波堤)。
 本当に防災、強靱化を謳うならば、柔らかなるものの方が遙かに強いと知るべきだ。一見頑強な人工物が一番弱く、そして危ない。そういうことはシーカヤックで海を旅し、小さき生き物たちの視点から見てみればよく分かる。ぶっ壊れたコンクリの塊、あんなものが津波と共に町を襲ってくるかと思うと、考えただけも恐ろしい。ソフトなものの方が強いのだ。そしてそれはカニやエビや微生物など小さき者が支え合って共生的に作られているものだ。
 6日目、水島工業地帯の方に進まず、白石島に渡って正解だったと思う。 
 
【停滞から学べること】
 6日目に白石島に渡った時点で、7日目は9割方漕げないだろうと分かっていた。
 原田さんのところで大変お世話になり、みんなすっかりリラックスモード。本来ならばここで終わり、ハイお疲れ様でした~、となるところだけれど、それでも漕ぐ意志は切らさないのが横断隊だ。
 ここに今回の一番の学びがあったように思う。
 
 もしこれがデイツーリングならば、スパっと諦めてしまった方が正解である。
 その方が無理なく安全だし、別のことをやって有意義に過ごすことが出できる。
 だけど海旅の場合、その後も旅が続いてゆくわけで、スパッと完全に意識を海から切ってしまうわけにはいかない。
 確かに横断隊は7日間と区切っているから最終日だったわけだけれど、これが2日目、3日目だったらどうだろうか? 先々のことまで考えて、5キロでも10キロでも進めるならば進んでみようと色々画策する。天気予報を見て、海を見て、風を感じて、ああでもないこうでもないとウンウンうなりながら試行錯誤するだろう。
さらにこれが一ヶ月の海旅だったとしたならば・・・。
たとえば、「3日後にでかい低気圧がくるから2日後にはあの岬を越えとかなきゃ1週間ほど岬の手前の汚い浜で停滞することになる、だから明日の日の出前の朝凪時に少しでも進んでおこう」・・・、とか、そういうシチュエーションがたくさん出てくる。
 
 つまりデイツーリングでは、自分にとって都合のよい海況の時だけ海と向き合えばよく、
逆に都合の悪い海況の時には向き合わず、早めにスパッと意識を切ってしまうことになる。
 一方海旅では、自分にとって非常に都合の悪い海況であっても、実際に海に出る出ないは別として、マジで向き合わざるを得なくなる。

 めんどくさいといえばめんどくさいことだけど、実はこの作業がシーカヤッカーとして鍛えられる要因なのだと思う。海や自然とは、人間にとって都合よく作られているわけではなく、時としてその真逆になる。だけど当然ながらその真逆もまた、海であり、自然である。
 その真逆を、切るのか、向き合うのか?
 よくシーカヤックの本質は、デイツーリングだけでは分からん、旅せにゃ分からん、と言われるが、こういうことなのだろう。自然のあらゆる側面と向き合わなきゃ分からん、ということ。そういう意味で今回、皆が海への意識を切らなかった。確かに7日目は早々に切り上げ、みんなで山にハイキングに出かけたけれど、結局山に登ると海を見ることになり、「このコースだったら漕げたかな」とか色々と、海旅への意識へと引き戻された。そもそも、瀬戸内の離島にいる時点で、海へのスイッチを切りようがないのかもしれない。どこにいても海が目に入ってくるわけだから・・・。いわんや白石島では・・・。

 あえて言うと6日目の夜、原田さんのご厚意に甘えさせてもらってみんな民宿内で寝たけれど、浜でテントで寝た方がより意義深かったとは思う。
だけど、まあこれはこれでいいだろう。テキトーも大事だ。

 ところで今回の横断隊後、なぜかレポートの筆が進まず、気がつけばはや10ヶ月も経ってしまった。その間、世の中では色々なことがあった。
その中でも特に熊本の大地震が鮮烈な出来事のひとつだった。
よくよく考えると、地震や津波などの天災は、人間にとって都合のよくない自然現象の最たるものである。だけど、時として向き合わざるを得なくなる。とにかく、起こってしまったら、向き合うしかやりようがない。
ぼくは熊本地震のあと、なぜか今回の横断隊の6日目と7日目を思い出していた。
果たしてシーカヤック海旅は、災害時の備えや心構えとして役立つものなのだろうか、と。

環太平洋エリアの地震活動が活発化し、大災害時代に入ったといわれるこのご時世。いつどこで何が起こるか分からない状況になった。「思考は現実化する」という言葉があるけれど、それは災害には当てはまらない。逆だ。誰が熊本に大地震がくると思考しただろうか? 最も都合のよくない自然現象は、予期せぬ、忘れられた時と場所を狙うかのようにやってくる。なので、どこに住んでいようと普段から、自分にとって都合のよくない自然とも向き合う機会を作り、色々とイメージし、備えておくことが大事なのではないかと思う。

 ここで単純に、震災と海旅とを同列で語ることは出来ないし、被災者は遙かにつらく絶望的な現実に直面するけれど、ぼくはこの、「海旅の停滞」というのは、自然のプラス・マイナスの様々な側面をイメージし、色々考えるにおいて、とても有意義な機会なんじゃないかという気がする。判断に失敗すれば命を取られる危険性もある。真剣勝負での遊びの中で、自然の厳しさと優しさと不思議さに向き合い、畏敬の念をはぐくむこと。
 どんなことが起ころうと、日本に住んでいる以上、この日本の自然と向き合ってしか生きていけないわけだから。
そう考えると、小豆島までゴールできなかったというのもまた、悪くないものだ。

 いやいや災害とはそんなに甘いもんじゃないのかもしれないが、しかし単純に、海旅の技術とは発災時のサバイバル技術と非常に近しい、という部分もある。
いつ自分の持っているものがすべてゼロになってもおかしくないこの災害時代だけれど、思えば今の世の中は人間にとって都合よく作られたモノばかりであふれかえっている。エアコンも携帯も車も調理器具も、おせっかいなまでに便利になりすぎている。便利さ快適さの追求、それが企業のイノベーションの原動力だけど、便利になればなるほど反対に生身の人間力や生きる力が奪われていく。最新機器に頼り切りになればなるほど、発災時にはきわめて無力になる。なぜなら今の超便利文明は、災害は想定されていないからだ。災害など絶対に起こらないことを前提に、人間の都合、というか金持ちの都合に合わせて作られている。
と考えると、不便な中でやる、むしろ不便を楽しながら五感を研ぎ澄ませて行うシーカヤック海旅こそ、今の時代に一見反しているようでいながら、実は最もこの時代にふさわしい活動なのかもしれない。

【海旅のスピリット】
あと、この10ヶ月の間に目立ったのは、世の中、さらに保守的になってきているなということだ。特に異文化への寛容性がない時代に、ますますなってきている。イスラム過激派のテロ事件にリンクしてイスラム教徒や移民への憎悪が特に欧州を中心に世界中で巻き起こっているし、イギリスのEU離脱も象徴的な出来事だ。アメリカではドナルド・トランプなる無茶苦茶な偏狭オヤジが大統領候補になるまでの支持を得ているし、日本でも反韓、反中のネトウヨ的な言説を臆面もなく口にする連中がわんさといる。老若男女、海外に行かなくなり、外の世界、未知なる世界への好奇心が全世代に渡って低下してきている。内向き思考と相まって興味の対象は、ダイエット、美容、グルメ、ファッション、お笑いなどだ。何に興味を持つかなどは人の勝手だし、健康やおしゃれも大事だけれど、テレビや雑誌などマスメディアの発するそれらのものは中身がカスカスで全く面白みがない。

そう考えると、そのくびきから逸脱しているものであればあるほど面白いし、やっぱり旅やアウトドアが面白い。
その中でも、やはり海旅が最高に面白いと思う。
そもそも、古来より海旅とは、異文化に触れるために行われてきたものだ。一体なぜ、彼らは、安住の地を離れてわざわざ危険を伴う海への旅に出たのか。それは異世界や新天地への好奇心、明日への希望以外の何物でもない。海旅とは、まだ見ぬ他者に右手を差し出すため、よりよき未来のため、行われてきたものなのだ。環太平洋からインド洋、東アフリカ、マダガスカルまでにかけて広がるすべてのカヌー文化は、そこを大前提に行われてきたのである。
そして、何万年もの時を経て、今ぼくらがやっているシーカヤック海旅。
内向きの保守的な意識で、マスメディアの発信する消費イメージを追い求めて海旅する奴などいない。新たなる世界、まだ見ぬ他者、まだ見ぬ自分との出会い、本物の自然観と世界観、そんなものを求めて人は海を旅するのだ。 
そんなスピリットが現代のシーカヤッキングにも、きっと脈打っている。
 
まあ、シーカヤック海旅とは、ロックンロールみたいなもんだと思う。昔ロックやパンクやヒップホップが持っていた反骨精神など、もうとっくの昔に失われてしまった今の時代。異文化、人種、性別、国籍、固定観念・・・、あらゆる壁をぶち破っていくのがロックの精神だったけれど、今はもうロックもヒップホップもどうでもいいことだけを歌っている。
シーカヤック海旅は、昔のロックやパンクやヒップホップやジャズがもっていた、とてもトンガったものを内包していると思う。
五感を研ぎ澄ませながら全身を使い、海や自然や地球や世界や人間の本質に肉薄してゆく、体感アート。
一見まったく時代錯誤に見えながら、その実、最も時代に先んじている遊び。
それがシーカヤッキングだと思う。

【自由に海旅できることの安心感と喜び】
今回ぼくにとっての横断隊は、安心感に包まれたものでもあった。
目的を共有する仲間とともに、海を自由に旅できる心地よさ。何者にも止められたり、捕まったり、邪魔されることなどないという安心感。
実は世界中探しても、こんな海旅ができる国は少ない。

ぼくは冬期、昨年スリランカを、今年ミャンマーを旅した。
スリランカでは外周を一周するシーカヤック海旅を試みた。全体の7割、約千キロを漕いだところでスリランカの海軍に止められた。そして地元の警察署に連れて行かれて色々取り調べを受けた。形の上ではぼくは領海侵犯の咎で逮捕され、不起訴にて釈放という処分になっている。これ以上海旅を続けると牢屋に入れられる身分というわけだ。どうしても旅を続けたければ国防省の許可証を取ってこい、という話になり、その後の顛末は話が長くなるのでここでは触れないけれど、一旦諦めて帰国した(あとの3割をここ数年の間になんとか漕ぎきりたいと思って再度画策している)。
スリランカは1983年から2009年まで内戦が続き、約10万人の民間人が犠牲になったと言われるが、その激戦地になった東北部沿岸エリアは未だに反政府軍の残党がいないか監視中で、いわゆるハイ・セキュリティー・ゾーンになっている。数百メートルごとに監視塔が建てられ、軍服を着た軍人が、不審者がいないか四六時中見張っている。
そこにノコノコと海からやってきた人物がぼくだったわけだ。
ミャンマーではメルギー諸島という多島海を目指した。海の色や雰囲気がどことなく瀬戸内海に似ていて、ぼくが勝手に「熱帯の瀬戸内」と呼ぶ広大な海域だ。そこは長年の軍事政権により、一切の外国人の訪問が禁止されていた。だがそれゆえに、全く開発されず、島嶼エリアには一軒のホテルもないくらいである。シーブプシーと呼ばれる海洋民・モーケン人だけが昔から住んでいて、東南アジア最後の秘境と目されている。ここ数年軍事政権が緩み、民政化が少しずつ進む中で、2,3年前から外国人の訪問も可能となった。
で、ここを漕いでみようと訪れたわけだが、ファルトを組んで海に出て30秒ほどで止められて終わり。数年前までスーチーさんの名前を出すだけで密告され、逮捕されて拷問を受けたといわれたこの国。まだまだこの国の役人や軍人は、底知れぬ不気味さをたたえていた。

別にそういう場所に挑んでみようという思いはなく、ただあちこち旅してるとそういうことにも出くわすというわけだけれど、やっぱり自由にシーカヤック旅ができないというのは気持ちの悪いものだ。そして「平和と自由」、この2つが大前提としてあってこそ初めてシーカヤック海旅ができるということを改めて考えさせられる。戦場でシーカヤッキングなどできないのはもちろん、治安が悪い場所でもできない。
だいいち、シーカヤックに乗ってる者ほど無防備な人間はいない。スピードは遅いし、生活用品一式持って動いている。身ぐるみはがして海に沈められたところで見つかる確率も低い。世界で最も丸腰のカモなのだ。
平和であって初めてシーカヤッキングが可能となる。
そこに自由が備わってこそ初めて海旅も可能になる。
スリランカでは、長い内戦が終わってようやく平和になったけれど、一部まだ自由がないがゆえにシーカヤック海旅は途中で頓挫した。逆に言うとぼくが残りの3割を漕げる日が来るということは、平和と自由の段階がより進んだということになるだろう。そういう意味でシーカヤッキングとは「自由と平和」のリトマス試験紙みたいなものなのかもしれない。
ミャンマーでは今回、30秒の自由だけ与えられたということだろう。
数年前までは0秒だった。

自由にシーカヤック旅ができないというのは気持ち悪いものだ。
何か悪いことしているような気分になるし、官憲の怖さが身近なものとなる。
だから、今回の横断隊で再びみんなで一緒に漕いで、なんだかんだいいつつ、やっぱりこうやって安心して海を旅できるっていいなあ、という喜びをかみしめていたのだった。確かにコンクリの多い海岸線を通ったけれど、それでも合間合間にたくさんの自然も残っている。ひび割れたアスファルトの隙間から顔をのぞかせる雑草のけなげさに胸がキューンとなるように、コンクリの合間に見える自然も殊更いとおしげに思えるものだと実感した。
それもこの安心感があってのことなのだろう。

【今後の横断隊とのかかわり】
この10ヶ月ほど世の中の流れを色々見ていて、また自分の店を改築したりして、新たにやるべきことやテーマなどが見えてきた。ここ4年間横断隊に参加させてもらって、本当にたくさんのことを学ばせてもらい、今後もできるだけ毎回参加し続けようと思っていたけれど、今は自分のやりたいことやテーマを追求することにできるだけ時間を取りたいという気持ちが強まっている。
 ここ数年来ぼくがもどかしく感じているのは、シーカヤッキングの本質的な面白さが今イチ世の中に浸透していかないということだ。どちらかというとレジャー的な側面だけが一般化して、「夏の海遊びのひとつ」くらいの捉えられ方で終わっている嫌いがある。もちろんレジャーでも夏の遊びでもいいのだけれど、それはシーカヤッキングというジャンルの玄関口のごく一部にしか過ぎない。ここに書くまでもなく、五感と身体感覚とイマジネーションを総動員して裸一貫で海を渡ってゆくシーカヤッキングにはもっと広く、深く、豊かで面白い魅力に溢れている。もっと一般人にそこのところを知ってもらわないと、シーカヤックガイドもいくらレベルを上げようとも、レジャーランドや遊園地の案内人くらいにすぎなくなってしまう。悪夢だ。
ということでぼくは仕事の上でも別展開の舵を切っていきたいし、そうしないとやっている意味がなくなる。なのでしばらく自分のやるべきことに専念したいので、ちょっと横断隊からは離れることになると思う。
また数年後、進化してから再度横断隊に参加したい。
スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://oudantai.blog98.fc2.com/tb.php/283-c591d857

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

Appendix

プロフィール

瀬戸内カヤック横断隊

Author:瀬戸内カヤック横断隊
2003年第一次瀬戸内カヤック横断隊からの記録を掲載しています。

検索フォーム

QRコード

QR