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2015第十三次瀬戸内カヤック横断隊レポート 工藤 拓郎

瀬戸内カヤック横断隊レポート    工藤拓郎


レポート遅くなってすみません。


 昨年の横断隊の時に原隊長に「工藤は何で横断隊に参加するの?」と聞かれ明確な事を答えられなかったので、
最初にレポートに書きたいとおもいます。

10次参加したときは、カヤックを始めたばかりで、横断隊への参加で カヤックスキルを学びたいと思い参加しました。終わってみたら、
来年も参加したい!と思う自分がいたので、11次も参加することにしました。結果13次まで参加してます。
なので、参加する理由として、 カヤックスキルを学ぶためと、 参加することで横断隊が継続をしてくれればと思い参加しています。

半分は自分の学びのために、半分は横断隊のためにって感じですかね。 原隊長、こんな理由で参加してます。


 本題のレポートを書きます。

10次 初めての横断隊。あっという間の7日間でした。印象に残った事は、1日目漕ぎ終わって本島へ上陸して直ぐに内田隊長から、横断隊はツアーじゃないだ。シーカヤックアカデミーなんだよ。と言われ、学びの為の漕ぎなんだと理解した。

もうひとつ、最終日祝島へ渡る前に、田ノ浦ではるさんが、美の中を歩く。カヤックは海を歩く、美の中を漕ぐ、と言う話をしてくれたのを、いまだに印象的に残ってます。歌も感動的でした。

11次 原さんが隊長の予定だったが、怪我により不参加となった。私はこの年原さんに帽子を借りた。何故借りたかと言うと祝島に到着してカヤックに装備を積んでいて、帽子が無いことに気づいた。カヤックを置いた浜からその日、泊まる家に向かう途中、原さんがお店へビールを買いに行くとの事で一緒にお店へ向かった。ダメ元でお店の人に帽子売ってませんか?と聞くと無いと言う予想通りの返事が。
原さんが、じゃあここ帽子貸してやるよ、 と言ってくれたので帽子を借り、この帽子を原さんの代わりにゴールの小豆島迄で運ぶぞ!と思いスタートした。 この時は岡山県の渋川海岸迄で終了となったが翌日数名の隊士と小豆島まで漕ぎきった。

夜ホテルの温泉に行った時、7 日間も町の明かりを見ていなかったせいか 、ホテルの明るさに驚いたのを覚えている。
帰りの激込みのフェリーでは他の隊士の方と帰った。回りのお客さんから見たら、でかい荷物を持って日焼けした怪しい集団に見えてたんじゃないかと(笑)。後、フェリーでの内田さんの話が面白かったのをよく覚えています。そんな11次の横断隊でし た。


12次 1日目瀬戸大橋手前の向かい潮に捕まった時の隊長の判断の早さは感動的でした。


2日目初めてリーダーを指名され、サブは村上さんにお願いしました。本島から横島までとなったが、本当は弓削島まで目指していた。
反省会のときに、ゆうじさんに「あまり突っ込む所がなかったのぅ、、、、」と言われてちょっとほっとしました。が、自分なりの反省点として、お昼の時点で自分では弓削まで行けると思っていたが、走島で、横島で野営することを決断し、そのことを走島でトイレ休憩したときに発表した。なんとなくだが、漕ぎ出してみると 、休憩前より隊全体が進まなくなったように感じた。
海気があるように隊気が存在するならば、目的地を変更したことで、 進もうとする気が萎んだ気がしたのでこれはまずいと思い、しり取りでもして隊気 の持ち直をはかって進みたいという気持ちはあったが、効果があったのかなあ?隊のスピードを決めるのはリーダーではなく隊が決めてるような気がした瞬間でした。
反省会が終わってからテントでほっと一息ついたが、これからの日程を考えるとあまりほっとできず。今後のことを考えると、リーダーはその日だけじゃなく後々も考えて行動しなくてはならない 重大な責任があると学んだ。

3日目のワンワン瀬戸の潮流の強い部分はなかなかのエキサイティングな場面でした。
この年は無事にゴール地点まで行け良かった。


第13次は本橋さんが不参加だったので自分がログを書くことになった。(レポートだして無い為)12次の横断隊の後半の時に本橋さんにちょとログを書いてくれないかと言われたこともあったが、丁重に断っていたがせっかくなのでちょとぐらいなら書いてみようと思い書くことにした。もしかして本橋さんはこんな事に成ることを予見してたのかな?

この年は1日目から向かい風でとても疲れた年でした。残念ながら小豆島迄行けなかったが、自分ではやりきった感、漕ぎ切った感があった年でした。

初めて本土側のコースを通った感想は
・ コンクリートの護岸が多い上陸に困る。(トイレ休憩)
・ 野営地の確保が難しい。(やはり無人の浜が理想)
今回の横断隊はは白石島で終わったが、漕いで帰るのが一番楽だったので 松永湾まで 漕いで帰ることにした。

目的地の松永湾に帰り着いた時は考え深いものがあった。引っ越して初めてカヤックを浮かべた松永湾に無事到着。

 あとがき 今回4年分のレポートををまとめて書いたが、書くことで分かったレポートの大切さ、書かないとわからないレポートの大切さ。 レポートを通して振り返ることができた。毎回書くことが、翌年の学びにつながることも分かった。
13次のレポートで原隊長が「横断隊にヒエラルキーは存在しないが個々の隊士の役割は存在する。その役割とは毎次毎日変わるだろうし自分でその仕事を起こりうる出来事に対して柔軟に見つけていくしかない。」と書いてあった。
今自分の役割を 考えると、「レポート提出していない人は提出しましょう 」 と言う事が役割では無いかと…最後に書いておきます。

おわり。
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2003年第一次瀬戸内カヤック横断隊からの記録を掲載しています。

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