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2015第十三次瀬戸内カヤック横断隊レポート 森本 まきよ

2015第十三次瀬戸内カヤック横断隊レポート 森本 まきよ

遅くなりすみません。
私にはとても貴重な時間、毎日がハイライト。総括するのがもったいなくて今回も備忘録
兼ねた日記形式です。

なので、また長いです。

***********


とうとう山口に着いてしまった・・・
なつかしい風景、一段と大きくなった子供たちや久しぶりの顔に会えたうれしさはあるけど、
去年のことがはっきりと浮かんでくる。

サスティナブルな暮らし、上関原発建設阻止のために祝島へ引っ越した友人一家に海から
会いに行くという、半分冗談の約束を実現させたい。という思いだけで参加してしまった
第12次横断隊。たった7日間でもあり、7日間もある海旅だけど、終わってから持たされる
賜り物は7日間なんかでどうにもならないくらいの量である。
 
海に出るときの在り方、漕ぎ方、感じ方、そして陸にいる時の在り方・・・
良くも悪くも、陸にいても海にいても、ずーっと頭に、肩に、心に乗っかったまま。

帰ってからしばらく海にでるのを避けてた気がする。

暖かくなり、そろそろ漕ぎ始めようかな。と思った矢先足を骨折、人生初のギプス。
ギプスもとれ、いよいよ。と思ったら追突され、ひどいむち打ちに加え、まだ
完治していなかった足の痛みが復活。

 
ようやくちょっと漕いでみようかな。と思えたのは10月に入ってから。
翌月には横断隊がある。
 

第12次が終わってから自分の未熟だったこと、もっと何かできたんじゃないかなどという
反省は湯水のごとく湧いてくる。同時に「ただ漕げればいいのか、品行方正ならいいのか、
スキルがあればいいのか・・・それなら学ぶ場としての意味、団体で行動する意味ないやん。
参加条件をもっと細かくすればいいやん・・・」という思いもあった。
オカド違いな逆ギレであるのはわかっているが、私にとっては色んな事を感じて考え、
迷い悩みもした7日間、1年間だった。
 
 
と、同時にこれは2年続けて参加しないと全く意味がない。とも。
もう気が向くとか向かないとかの問題じゃない。ある意味、強制参加(個人の考えです)、
初回は連続2回で1セットのような。

なぜならあの1回で辞めてしまうと
「祝島にも行けたし、なかなか他ではできない、いい思い出づくりができました」
「女なのに横断隊に参加して祝島まで行ってすごいねー」
で終わってしまうと思ったから。

私のレベルじゃあんなの1回だけでは何もわからない。横断隊参加したとか恥ずかしくて
言えないし、すごいなんて畏れ多くて受け取れない。

カヤックはまじめに遊びたいし、参加する隊士やサポートする人を知ると横断隊とは
そういう関わり方はしたくないし、できない気がした。

でも、参加するのなら少しは成長した自分を見たいし、祝島までひっぱってもらった
隊士たちにも何か感じてもらいたい。という気持ちも。
 
参加するなら当然、最低でも次は遅れることなく漕げるようになっていないと。けど、あと
2カ月弱しかない。自分の予定では1年かけてじっくり力をつけて。。と思っていたのに。
 

迷いながら、久しぶりに海にでた。
 
すると、
不思議な事に長い間漕げてなかったのが逆によかったのか、頭で考える漕ぎ方じゃなくて、
すごく自然に素直に体が動く気がする。頭だけで分かっていた漕ぐ時の、超簡単な当り前の
ことが体にやっと繋がったのだ。
ずーーーーっと試行錯誤し、探していたことがやっと見つかった。
結果、以前よりエアパドルも減り効果的に楽に速く漕げるように!
 
そして、借りた5分割のシメスタが今まで使わせてもらったカヤックの中で一番自分に
フィットしてる気がした。上体がちょっと上ずる感じがするが、でも動かしやすい。

 
「(いろんな海況に対応できるスキルが十分でないなら)自艇を持たないと何も始まらない」
ということが横断隊に参加して一番痛感したこと。(個人的な感想です)
2回目の今回、参加するなら最低自艇で行かないと。
問い合わせてもらったら何とか間に合いそう。思い切って注文。
 
舟にも慣れないといけないので、体調を見つつ自艇が来るまで五分割を借りて漕ぐ。
7日間+移動など、腰、大丈夫なのか?との不安がなくなりはしないけど、とにかく
その日まで漕げてなかった分、少しでも漕がないと。海に慣れておかないと。

 
せっかく前向きになっていたのに(笑)スペアパドル用にと考えていたアリュートパドルで
練習していた時、急に強くなった向かい風になれないパドルで身体をこじてしまい
腰をいためる。
その痛み、漕ぐ体勢になるとでる・・・
わーーーーっ!
 
やっぱり参加するのやめようか。舟もなかなか連絡がこないし。。。
やめる。って決めたら楽やろなぁ。ん?ほんまに楽かな??
 
そんな悶々とした日を過ごしていたら、参加する。といっていた同期の隊士が
ぎっくり腰をおこした。と聞いた。でも参加すると。
 
そして三河の女性ガイドが紀伊半島を1人で周る途中にアイランドストリームに寄港、
1人で日の岬や潮岬を越えるんだ。紀伊半島を1人でキャンプしながら・・・
 
出発に間に合い(間に合ってしまった・・・)配送すると聞いていた私の舟、水野さんが
熊本から車で持ってきてくれた。

やっぱり参加は無理、やめようかな?に寄っていた気持ちがぐらぐら。
その時湧いたのが、「ただ漕げたらいいんか」という私の逆ギレ、これで辞めれば私が
それに反することになる。
 
たまに腰にはびりっと電気が走るけど、でも漕ぎは変わってない。ちゃんと進む。
 
祝島の友人たちに海から会いに行きたい。という目標がなんとか達成できた後は特に
これといった目標はない。
ガイドでもないし、ガイド修行中でもない、できれば「カヤックやってます。」ではなく、
いつか「カヤッカーです」と言えるようになりたい。という位。
 
でも、参加しない。という理由もない。

 
わざわざ車で届けてくれた水野さんに「無事帰ってきました」という報告ができれば。
という理由で参加することに。
あかん理由かな?と思いつつ。


 
海旅の前に長い長い心の旅。前置きが長い。
でもそれくらい、私にとって横断隊は「ちょっと行ってくる」で参加できない、大きなもの
なのだ。覚悟が必要になる。
1回経験した。という慣れというか、安心感はあるけれど、1回経験した。という不安と怖さも
ある。
あの12次で初めて「何が起こるかわからない。」ということを経験したから。
今思うと「これが続くと死ぬってことなんかもなー」と思うくらい「しんどい」を通り越して
いた。
 


山口へ向けて出発。今回はにぎやかな車内。やっぱりみんなかなり個性的である。
8時間ほどの長い道中、休憩には必ずストレッチをして固まった体をのばし、意識的にケアを
した。同じようにケアしてる人もいるし、熱を出して鼻をずっとかんでる人もいる。
 
大変なのは私だけじゃない。もちろん私以外はみんなキャリアや経験が段違いに豊富な人たち
だから、しっかりそれをカバーする術をもっているけど、個で見れば皆それぞれ何かある。
全てのコンディションが完璧に整って参加する人はないはず。
 
もやっとしたものが後部座席でにぎやか~に座っている隊士たちを見て(にぎやかなのは
1人でしたか・笑)どんどん削ぎ落され、不安はあるけど軽くなってきた。
 
 
 
平生町。懐かしい顔、初めましての顔に出会い緊張も増してくる。
去年、ヘロヘロだった時にうどんとチョコをくれた人(この後に漕ぐ2つの瀬戸に緊張しすぎ、
小柄な女の子としか覚えていなかった)が裕ちゃん、島津隊士だったと初めて知った。


出発地の祝島へ。

できるだけ体力は置いておきたいから漕ぎたくないな~という気持ちと、新しい舟に7日間の
荷物を積めた感触を前もって確かめられるという気持ちと。
祝島まで漕いで痛かったらやめよう。
わくわくとドキドキ、おなかが痛む。ただのパッキングに緊張しすぎて息が上がる。
いざ出艇という時、三輪車に乗り見送りにきたみとちゃん達を見てやっぱりこのままここに。
と思いながら出艇。
 
 
時々腰は気になるものの、単純に漕ぐのがすごく楽しかった。
今回は祝島が近かったからかもしれない。すぐ着いたよ。
これなら大丈夫かな?

 
今回、自分に出した参加条件がある。

・どんなことも楽しむ。(意味づけしない。そういうものとして処理する)
・自分を必要以上に追い込まない。
・過去のことを持ち出さない。
・とにかくなんでもいいから食べる
・いい事もわるい事もその日起こったことはその日のうちに完了させる
(次の日に持ち越さない)
 
 
漕ぐことはもちろん、どれだけ自分をコントロールできるか、7日間、自分を機嫌良く、
過ごさせられるか。が私にとっては一番大切なことのような気がした。
 


【1日目】
 
リーダーは同級生。すごいよ、いきなりリーダー。
 
まだ周りもあまり見えない暗い中、ぽつぽつとヘッドライトの小さな明かりと人が動く音
だけが聞こえる。これが余計に緊張感を湧かせ、焦らせる。と同時にどんどん意識を自分に
向かわせる。
 
横断隊の毎朝の出艇時はなぜか以前やっていた剣道の試合、礼をして相手と向かい合い、
竹刀をあわせ、試合開始の声を待っている時を思い出す。
前回も。海と戦うのではないのに。不思議。

 
高橋一家、今回は見送り。あの見慣れた旗をふってくれる姿を見ると、胸がきゅーっ、
鼻がつん。とした。やっぱりここでいようかな。
 
 
過去は持ち出さないと決めたのに、初日はやっぱりかなり緊張、怖い。
ほの暗さがその気持ちを一層強くする。
前年、必死の想いで漕いだところだからだろうか。
 
思っていた以上に波が立ち、まだ慣れていないこともありぎくしゃく、変な力が入る。
リーダーがいう方向よりなぜかちょっとずれる、できるだけ無駄な距離は漕ぎたくない、
けどそれに気をとられると遅れる。
 
こんな時、自分だけができていない気になってしまう。
落ち着いて、エア漕ぎにならないように。ずれても今は前へ進もう。
 
海峡を越えて田ノ浦へ。やっぱりあの時のことを思い出してしまう。
落ち着くと安心したのか(沈もしなかったし)少し慣れてきた。
すると一体何が起こったのか?思っている以上に漕げる。進む。なんで??
 
自分が一番びっくりの怪奇現象。一掻きですごく進む。
この舟、すごいなー。水野さんありがとう。
同級生のリーダー、きっとすごいプレッシャーや緊張感でやってるんだろうなぁ、彼も
漕ぎやすいようにサポートしないとと思いつつ、ちょっと進み過ぎな気もしたけど私のこと、
絶対そのうち遅れてしまう、今のリズムを崩したらまたフォームが崩れそう(結果遅れる)
な気がして進みすぎてしまう。
前回、私を気にしながら漕いでくれた人たち、しんどかっただろうなぁ。
 

 
【2日目】

この日は早くから緊張の連続。最初の難所をやっと越えたと思ったら次は嫌な波。
舟が波にあおられて安定しない。できるだけ沖の方を漕ぐ。進みたいコースは見えるのだけど、
他の舟もその付近に向かっている。ぶつからないように周りを見ながら、でも波の力に
負けないように必死に漕ぐ。すると右側面に突き上げるような波を受け、舟がかなり傾く。
ブレースが間に合わない。左をみると浜はあるけど大きなごろた石、波がぶつかり白い波が
立っている。

もし沈したら、波にまかれて浮いてこないんじゃないか。仮に浜に流されたとしてもこの石、
当たったら絶対痛い、それに絶対舟割れる。一瞬で色んなことがぐるぐると。
「この舟絶対沈しないっ!水野さーーーん」と思いながら思いっきり上体を右に傾けた。
ぎりぎりセーフ。
 
この後の休憩、出発の前に買った菓子パンを食べた。
ドキドキと興奮冷めやらずでバクバク食べた。こういう嗜好品、持ってきていてよかった。
 
結局のところ、何があっても漕ぐしかないのだけど、この日は胃がキリキリするような
状況ばかり。でも、リーダーの背中に力づけられた。ともすればだれそうな、もうしんどいー
ってなりそうな日だったけど、適宜目標を言ってくれるのもそんな気持ちを切り替えることが
できた。やっぱりアメとムチがうまい。
 
向かい風にも翻弄され、ずっと耐え忍ぶ漕ぎをしていたから最後の海峡横断はもちろん
しんどかったけど、大発散!頭を使わずただただ体を動かした。うりゃー、って感じ。
こういう海を漕ぐのは慣れている。ちょっと南紀の海に似ているように感じたからかもしれ
ない。だから決して海況はいいとは思えなかったけど安心感もあった。
この日やっとほっとできた時間だった。
 

 
【3日目】

徐々に慣れてきたかな。まだついていけてる。
この日は海峡横断はあったものの、それほどハードに感じるところがなかったのもあるけど、
とにかく漕ぎやすかった。
 
きっとその一番の理由はこの日のリーダーのガイディングだったような気がする。
私にとってはかゆいところに手が届くような、そろそろ欲しいな。というベストタイミング
で指示が出、そしてちょうどいい感じの空白というか遊びもあり、(性格もあるのか?)
後ろ姿を見ているとなんとなく意図がみえる気がした。

プロガイドってこうなんだ。痛感。背中にも目がある。ガイドだから当たり前かもしれない
けど、隊を自分のスペースにしつつも他人を含み、ケアする余裕があるようにも感じた。
 
苦手な潮流もあったけどそれほど激しくなかったし、自分もリラックして漕げていたので、
これはコース取りの練習。と、まず自分なりに考えてみて、リーダーが進むコースと
照らし合わす。ということをしてみた。
 
ただ、今回もジレンマというか、残念というか、消化不良なのはどうしてそのコースなのか
知りたい、聞いてみたいと思うのだけどスクールではないから聞くことを控えたこと。
夜のミーティング時に質問すればいいのかもしれないけど、まだ漕ぐことの方に意識が取ら
れるので時間が経つと細かいところまで覚えていられない。
貴重な学びの場でもあるけど、全て自分で消化しないといけないのでそこに意識を向け、
消化する時間を作る余裕がなく残念。
 
この日のハイライト?海峡横断。前回、ヘロヘロな、体はもちろん心の葛藤があった海峡。
自分の状態も状況も海況も違うからだけど、本当に同じ所か?と思う位、全く違った。
こんなに舟が出ていたらあの時の私だったらきっと大変なことになっていたかもしれない。
 
 
 
【4日目】

まだ2度しか参加していないけど、私にとって横断隊は第12次が基準になっているので、
第13次はイレギュラーな感じがする横断隊だった。それを感じ始めたのが4日目から。
いつもの(と言っていいのか?)横断隊とは違うルートを取るという判断に。
 
少しずつ疲れが出始める頃なのに不思議と気持ちも体も元気で漕ぐことが楽しくなってきた
ところだったのであの、横断隊のハイライトのひとつだよ。と聞き、必死の思いで漕いだ
あの2つの瀬戸を漕げないのは残念だった(今の私がそこをどう漕ぐのか、何を感じるのかに
興味があった)けど、逆に言えばレアコース、気持ちを切り替える。
 
面白いものでその人の漕ぎ方でなんとなく何を考えているのかがわかるような気がしてくる。
背中が語る。当たり前なのだけど、本当に人それぞれ全然違う。
 
恙なく目的地まで隊をリードするというのがリーダーの役割でもあるけど、この日、リーダー
の近くで漕いでいるとほんとに漕ぐのが、進むのが好きなんだなぁ。と感じた。
足下にも及ばないけど、プロガイドではない。というカテゴリーでは私も同じ。今日の
リーダーは(いい意味で)プロのアマチュアカヤッカー。横断隊もベテランだけど、やっぱり
ガイドよりはプレッシャーがすごいやろなー。と思いながら後ろを漕ぐ。
 
カヤック、大きいし重いし、装備も結構ある。準備や後片付けがめんどくさいなー。とたまに
思うけど、あの行動力は本当に尊敬する。飽きないのか、嫌になる時がないのかいつか聞いて
みたいな。
 
話はそれたがこの日はもう一つイレギュラーなことがあった。3人のサブリーダー。
今回は女性参加は3人。私以外は初めての参加だったけど、キャリアで言えばどちらも大先輩。
カヤック歴は3年と言ってた(と思う)けど、もうベテランの風格がある島津隊士がサブ
リーダーの1人に。漕いでいるコースだということでのことだったと思うけど、後ろから
彼女を見ていると自分の見立て、意見をきちんと伝えている。いくら知っているところとは
いえ、自分がその立場になれば彼女みたいにできるだろうか。
 
この日も向かい風が辛かった。ルームランナー状態にも。
しんどい、進まない。に気持ちがもっていかれないよう、意識して淡々と、辛い中にも
楽しめることを見つけながら漕いだ。でもやっぱり疲れもある。
腰もビリビリが頻発。今まではめんどうなこともあり、できるだけ上陸しないようにしていた
のだけど、休憩の度にできるだけ上陸してストレッチをした。
私だけじゃなくみんな疲れも重なってきていたのか、隊もどんどん締りがなくなってきているような
気がした。
特にはっきりした指示がなく、あっても誰の指示を聞いていいのか、いまいちはっきりせず
とりあえず進むという感じでずるずるただ風に耐えながら漕ぐ。
 
海図を見ながら常に自分の位置をはっきり把握して漕ぐということがまだしっかりできない
ので(これも課題)個人的にはだいたいでもいいからこまめに目標とするものがほしい。
特にこんな風が強く、疲れがたまってきている時は、先にも書いたように「しんどい」に
気持ちが持って行かれない為にも最終地に到着するまでできるだけ細かくつぶしていきたい。
なのでついつい何度も自分にとって安心できる、明確に指示してくれる人に聞いてしまった。
リーダーじゃないんだから指示しにくいよね。
 
ラダートラブルもあったが私も前日から保温ジャーに準備していたランチが腐ってた。という
大トラブル!楽しみにしてたのに。すぐに食べられるものがなく焦った。
この日は神社の敷地?ってところでキャンプ。寒さが厳しかった。
 
 

5日目
 
いきなり潮流。見る分には美しいのだけど。
先にも書いたが潮流は漕ぎ慣れてないし、第12次に潮流を漕ぎ、一瞬ラダーがきかなくなる
という経験をしたので潮流、潮目と聞くだけで苦手意識がある。
でも、疲れもないし気持ちもまだ萎えていない。学ぶ時!
なんとなく村上隊士がこういうので遊ぶのが上手そうな気がしたのでちら見しつつ真似して
みる。
 
この日のリーダーはほんとにピースフル。後ろをいつも気にしてくれ、度々180度以上振り
返って確認してくれるので(自分が苦手な)潮流もあるしドキドキした。
 
漕ぎ始めてから課題だな。と思っていたことがこの日も。
今回はとにかくリーダーについていく。(一列目を漕ぎ続ける)というのが第一の目標でも
あり、ひたすら漕いだ。コース取りもまだまだなので、余裕がある時はそれも考えながら。
ただ、後ろを見ると別のところを漕いでる時がよくあった。
確かにそっちの方が楽に漕げそう(コースとしてはよさそう)、ずるいーー。と思うような
時もあったが、これはどっちがいいのだろう。って時も。
そして、気になったことをいちいち聞いていいものかどうなのか。先にも書いた団体行動、
でもツアーじゃないところの線引き。
 
この日はあれ?何か違う気もするけどもしかしてもう島まで渡るのかな?
(私が指示を聞き逃していたのか)と思いつつ、後ろを漕いでいたら結局流されていた。
後ろで隊長が行く末を見守ってくれていた。気がする。
 
目的地に行くことよりついていくことだけに意識がいってたな。と反省。
ちょっと気を遣うところではあったけど、あれ?と思った時に聞けばよかったとも。
もっと指示をきちんと自分の中に落とし込んで自分なりに消化して漕げるようになりたい。

 
隊の雰囲気ってその日のリーダーの空気がでるのか、漕いだルートもどこかなつかしさを
感じるような、ほっこりした風景が多かった。
小さな造船所、打瀬舟、阿付兎観音、鞆の浦、仙酔島・・・気になってたところ。
期間中、唯一ほんの少しだけ観光できた感じ。
立派な浜大根もゲット!
 
ただ寒かった。ランチ時は風を避けるものがないところだったので、早々に食べ小さく
固まった。やっぱり火を使って手際よく準備~調理~片付けまでできるようになりたい。
 
カヤックをする時はいつも靴下と手袋をつけているのだけど、汗や海水が靴下にたまり
それがどんどん冷えてくる。ずっと水に浸かっている状態。
体が冷えると動きも鈍り腰の痛みも出てくるので休憩の度に靴下を脱ぎ、それを出すけれど、
お昼休憩の後から靴下を脱ぎ、裸足で漕ぐことに。
 
あと2日で小豆島へ着くことを考えればもっと行くべきだったんじゃないか、別のルートを
取ればよかったんじゃないか。というような空気の中でのキャンプ地。 
 
寒いだけでなぜか疲れは全くなく、夜のミーティングも色んな意見はでたものの、それぞれの
建設的な意見で自分としては充実していた。
 
3日目位から潮でコンタクトレンズがとれなくなってきている。何をしてもとれない。思わず
スマホでコンタクトレンズの取り方を検索する。早く寝たいのに取るのに1時間ほどかかって
しまう。

鏡を使うついでに久しぶりにしみじみ顔もみた。黒い。初日、既にサングラスの形がつき、
潮が吹いて白い。髪もぼさぼさ。今回はまつげもバサバサ。
格好に気を遣うのは初日で終了。日焼け止めも塗ってない。シンプルになりすぎて、大概の
事がどうでもよくなってきている。日常生活もこれくらいになりたい。

手を見た。
傷だらけ。日に日に傷が増えていく。そこに砂が入って黒い点々だらけになり血が滲んでる。
海水がしみて痛む。
 
あたしなにやってるんやろ。としみじみ。
あほなことしてるなー。けど、めっちゃ豊かな時間やなー。
 
そしてなぜか孤独やなぁ。と思った。もちろん他の隊士とはきちんとコミュニケーションを
取れているし、隊としても浮いては無かったと思う。けど、前回の、どんどん遅れて迷惑を
かけてた時よりも孤独を感じた。
みんないるけど、自分で自分の舟を漕いでいくというのは結局のところ孤独なことなのかも
なぁ。と思った。
それは生きていくことも同じなのかなぁ。と
 
テントの中でしばし哲学。

 
 
 【6日目】
 
ゴールまでの距離とこれからの天気を考えると楽観的にはいられない状況。
参加した理由のひとつに祝島まで行ったから今度は帰ってきたいなぁという思いがあったけど、
日が経つにつれどうでもよくなっていた。
 
日々色々と困ったことは起きたけど、それらはちゃんと消化できていて今までの5日間が
とても充実していたんだと思う。
体も気持ちも自覚できる疲れや気がかりなことは全くなかった。
腰痛も排除したいものではなく、あるものに。
 
6日目のリーダーはとても紳士的だと感じた。本当に人それぞれ。
前回の出発前日、この時は参加されなかったリーダーが面白おかしく話してくれた話が、
横断隊の奥深さも含め、自分が参加して感じた横断隊を全部表してたなぁ。とずっと印象に
残っていたので、どんなリーダーなのか楽しみにしていた。

ブリーフィングでどのルートをとるかで議論。
コンクリートの多い本土側を通ることに。
 
海旅=アイランドホッピングのようなイメージがあったし、人工物が多い所はツアーでは
もちろん、ツーリングでも避けるところだからこれも初めての経験。 
 
カヤックを始めて約2年、海にいる回数を重ねて行くと、不思議と陸にいるときには感じ
なかった感覚になることに気付いた。
 
ひとつには人工物の感じ方。メインのフィールドになる湯浅湾にもゴミはよく浮いているけど、
釣り人が捨てたであろう餌のビニール袋とか、みかん栽培に使われる肥料が入った袋のような
自然に還らないものはすごく目立ち、とげとげというか、ガサガサというか、なじまない、
肌に刺さるようなものすごく違和感、なんとも言えない気持ち悪さがある。

ただ漕いで、食べて、寝て。いつもとは違う海の上で1日の半分を過ごす日々。
どんどんシンプルに、人間とは違う生き物になってきているような、頭で考えて動くという
よりは本能で?ただ動くという感じ。皮膚が、感覚が敏感になってきてる気がした。

そんないつも以上に敏感になってきている時にあのコンクリート伝いに漕ぐのはすごく
気持ちが悪かった。どんよりとした天気だったこともあり、なにか落ち着かないような
ざわざわした感じがずっとあった。
たまに隙間から生えている雑草やカニを見るとほっとした。

もうひとつざわざわとしたのは荷物がどんどん少なくなり、パッキングは楽になってきた
ものの、あの波風でどんどん舟が安定せず左右に振られ、思うように進まなくなっていた。
大きく漕ぐより小さいストロークの方が安定するかな。などと試行錯誤しながら漕ぐが、
怖かった。ここ、沈したらあかんとこ!

そんな状況で原田さんがずっと並走してくれるのはとても心強かった。
休憩と作戦会議で上陸した時、差し入れてくれた缶ビールをハッチ、シートの後ろにも、
入りそうなところにめいっぱい詰める。

行き先は白石島へ。
ビールのおかげで少し漕ぎやすくなったので、これならまだいける。という感じでは
あったが、民宿はらだでお風呂に入らせてもらえるかも。という淡い期待のために私も白石島
支持。それ位連日の寒さで体は冷えていた。でも、白石島へ行けば終わってしまうかな。
という気持ちも。

漕ぎながら、やっぱり安易な方を選んだのか。と思いながら漕いだ。けど、ちょうど到着した
後、海況はすごいことに。ぎりぎりのタイミング。ベストじゃないかもしれないけど、
自分がこの海を漕ぐと思ったらここでよかった。と、ちょっとホッとした。

やっぱり民宿はらだはパラダイス。
お風呂、ほんとにありがたかった。3日目くらいからずっと濡れたままのウエア、ようやく
しっかり乾かせる。
こういう人たちがいるってなんてありがたいことなんだろう。
自分がここまでできるかな。と横断隊で出会う人たちを見る度いつも思う。
風の音を聞きながら温かい部屋でほっこり。

おいしい食事をいただいた後、明日のリーダーも決まりミーティング。
一体何を見てどういう判断をするのか、どういうルートをとるのか、邪魔にならないよう
耳だけ向けてちょこちょこ聞いた。あんまりわからなかったケド。

リーダーもサブリーダーも経験豊富だからもしかしたら明日は無理だと、その可能性が高いと
思っていたかもしれない。でも、他の隊士も入れ替わりずっと作戦会議をしてた。
これがもし、ちょこっと打ち合わせをして後はお酒で和気あいあい。だったなら私もそんな
モードになっていたと思う。でも、あの姿を見られたことで、気持ちは切らさないように
しないと。とダレることなく過ごせたように思う。

漕がなくても背中は、姿は見せてくれる。



【7日目】

いつもより窓の外は暗いような気がした。室内にいても風の音で海がどうなっているのか、
ある程度はわかった。準備をして1階へ降りていくとコーヒーのいい香り。温かい。
「飲んでから行きー」と言ってもらったけど、ここでそれをしたら気持ちが切れて絶対
漕げなくなる。と思い、重りに空になりつぶしたペットボトルにもう一度水を頂いてハッチ
に詰めた。そして時間まで外で待機。たき火が意味ない位風が強く寒かった。

時間が来て各自意見を。
6日間漕いでみて、もっといろんなところや海況を漕ぎたいと思ったし、もっと(経験を積む
ために)漕がないと。と思っていたからただ「漕ぐ」か「漕がない」かだけでは漕いでみた
かった。
けど、人数、時間の制限、小豆島までいけないとしてもこの日の目的地までの距離、この
気温・・・目の前の弁天島まで行って帰ってくるのとは違う。出発したとしても絶対足を
ひっぱる方になる。

第13次横断隊は白石島で終了。

それぞれのタイミングで帰る。
漕ぐために来ているし、自分の体調を整えることも横断隊では必要なことだから、食べ終わ
れば翌日の準備をしてすぐ寝るようにしていたので他の隊士とゆっくり話す余裕はなかった。
でも、テレパシーなんかで交流していたんだろうかと思うくらいみんなに愛着がわき、
離れるのがとてもさみしい。
たった7日間一緒にいただけなのに。どうか元気で、漕いで帰る人はどうか無事に。
波止場からと舟からと、それぞれずっと手を振っていた。

笠岡に着いたらお迎えが。なんと!わざわざ山口まで送ってくれるという。そのために笠岡
まで来てくれたという。
ほんとうにたくさんの人たちに支えられている。

和歌山に戻り、余韻にひたりながら大量の後片付け。ありがとうと言いながら舟を洗う。
ピカピカの、真っ白だった舟にたくさんの傷。初めての海旅が横断隊だなんて、この子は本当に
恵まれているなぁ。



今回もたくさんのものを賜った。前回とは全く質が違う。大きな課題がたくさん。
横断隊は私にとってとても貴重な現地実習、学びの機会でもあるけど、自分の心の動きや
成長をみたい場でもある。

振り返ってみて、今回の(自分なりの)勝因は・・・なんでも楽しめたことのような気がする。
というか、起こることに意味をつけなかったというか。

知らないうちに大きな切り傷ができていたり、低温やけどをして膿んできたり(海水が
痛かった-)今回は絶対大丈夫と思っていたのになぜかなるし、ごはんは腐るし。
こんな時に限ってなんでー!?なことばかり。
そんなときはいつも他の隊士達に助けてもらったり、姿で助けてもらったり。

内田隊士、海はベテランだけど、彼女なりのプレッシャーもあったと思う。でもあの在り方。
ところどころで!をもらった。
今回、2人の女性と一緒にすごせて本当によかったと思う。2人ともカッコよかった。

今回は持ち物もなくならなかった。地に足がつき、見えていたんだと思う。
視点と立つ位置が決まればいつでも学び、いろんなことを吸収することができる。
でも、やっぱりもらってばっかりだったなぁ・・・

第12次とはまた違う、横断隊の世界を見、色んなことを感じた時間だった。
ようやく横断隊がどういうものなのか、やっとその入り口を知ったのかもしれない。

今回も、とてもステキな時間でした。
ご一緒できたみなさま、色んな形でサポートしてくださったみなさまありがとうございました。

ゆうじさん、私が漕ぐの見てもらいたかったなぁ。パドル動かすの、速くなりましたよ。
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瀬戸内カヤック横断隊

Author:瀬戸内カヤック横断隊
2003年第一次瀬戸内カヤック横断隊からの記録を掲載しています。

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