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2016第十四次瀬戸内カヤック横断隊レポート 工藤 拓郎

2016年  第十四次瀬戸内カヤック横断隊報告   工藤拓郎


横断隊前日、今回も横断隊スタート地点まで公共交通機関で移動した。今回はカヤックと装備をヤマト便で当日着便でヘルシービーチへ送りました。

当日は自宅で仕込んだ食材と軽い衣類などを持って移動、ヘルシービーチへ到着すると井上隊士が先に到着していた。自分の荷物が届くまで井上隊士と話をしました。それにしても今回も「誰が来るのかわかんないよね?」5分割艇の話をしながら自分の荷物の到着を待った。ほかの隊士の集まる時間がゆっくりなことにちょつとおどろきました。意外に参加者が少ない印象を受けた。最終的に11名の隊士が集まった、初参加者はゼロ。夜は酒盛りというミーティングでリ ーダーが西原隊士に決定
夜のミーティングに西原さん(ビーテンさん)、連河隊士、山本隊士、おいしい差し入れありがとうございました。

1日目、この日気になったことは小与島を過ぎて瀬戸大橋を越える時に橋の手前がかなりの波が立っていたがそのまま進んだが、右の橋脚の方を見るとそんなに波立ってなかったのでそちらを通った方がよかったんではないかと思いました。追潮と追風で弾丸槽行、小島まで50.5キロ。初日から弾丸のように飛ばしましたね!西原隊士らしいリーダーだなあとおもいました。

西原隊士を後ろで見てて思ったが、それにしてもひと漕ぎで半端なく進むパワフルなパドリング・・・今回の参加者で最高齢には見えない。

2日目、朝起きて前日のログを見ようと 思って Facebookを見ると 「ムムム、無い・・・」角田隊士と話し合って一日目のログは角田隊士が上げることになっていたが...。書いている途中で寝たんだろなと思ったので すぐ自分が書いて Facebookにアップした。
【海図に軌跡を書いて見やすい工夫を取り入れてみた】
この日は前日の反省会で 自分がリーダーに選ばれた。前々回の12次の時と同じパターンですが今回はサブリーダーの居ない1人でのリーダーでした。
朝のミーティングで大体の流れを説明して離陸した。 離陸して隊長と村上隊士の二人が隊の方へ近づいて来ない、「え!トラブル?」と思い二人の方に近づくと


隊長 「なんだ南から行くの?」


自分 「そうです」


隊長「わるいわるい」と・・・(こんな感じの会話があった)


あとから考えたら北のコース取りの方が良かったのかなと思った。 (ベテラン隊士の動きは学びが宝庫)

小島を離陸して佐柳島の南端へ横断したが北を通っていれば佐柳島の北を通るルート、南を通るルートとの選択がしやすかっただろうと思いました。

今回のコースは前半戦は島横断が多いし潮流が変わる分水嶺を越えて潮が向かい潮になるまでが勝負どころかなと思いながらリーダーをした。午後からの風も心配だった。【途中遊魚船の船頭さんが風が吹くから気をつけてと言われた】南端、南端、と最短距離を狙い過ぎていた、
「いつ風が吹いていいように島の真ん中を狙うコース取りをするべきだよ」と隊長にアドバイスをもらった。村上さんや隊長がアドバイスをくれていたが全然理解していなかった。今回4日目に気づいた

今回は最終的な着陸場所を隊に言わなかった、言わなかったせいで最終的にどこに着陸するか隊のみんなには焼きもきさせてしまったと反省。西原隊士にも指摘された。自分としてはまだ2日目で少しでも進めるのであれば進んでおくべきだと思っていたので着陸場所をあえて明確に言わなかった。(おそらく行けて横島か弓削島と濁した)もし着陸点を横島と言って順調に進んで横島に3時に着陸できた時に、時間があるので弓削島迄行きましょうと言えなくなると思った・・・3時には横島に到着していなかったのでその心配はいらなかったが。


小室浜に着陸する前に大型船の通過待ちに30分以上足止めを食った、大型船を交わせてももう1隻クレーン付きの船がいたので行かなくて正解だったが 止まって待つのであれば船の逆方向に向かって漕ぐべき だった。個人的に満載の船の姿に感動していた。横断隊の舟と一緒で喫水の下がった船は船の本来の姿でカッコいいと言うか美しくと思う。


小室浜に着陸、お昼休憩を通常の半分の25分にした【昼休憩の時間は決まっていないが通常だと5,60分】ここで村上隊士に阿伏兎から
風裏の田島の北側を行った方がいいんじゃ無いかとアドバイスをもらったがそのまま南側のコースを取った、かなり向かい風にやられながら前進した、「あ〜~あ、アドバイス通り北側だったなあ」と思いながら岸沿いを進んでいた、田島を過ぎて横島に渡るときにこのまま進むより横島の北側に進むことにしたが、村上隊士に止められそのまま横島へ横断、横山海岸へ着陸、終了。自分としては田島沿いに北上して横田港の先の 浜に着陸しようと思っていた。結果として何回も野営している場所の方が安全に野営できるので横山海岸で正解でした!
この日は森隊士から鍋の差し入れと鞆の岡崎さんからサーモンとたこの差し入れでリッチな晩御飯になりました、本当にありがとうございます。

3日目、この日のリーダーはベテラン隊士の楠隊士。
朝離陸してから順調に伯方島の沖浦ビーチに着陸、潮待ち休憩をして 船折瀬戸へ、リーダーの計らいで潮流を体験しようということになって潮流を感じながら漕げて勉強になったし面白かったです 。無事大三島に着陸、終了。


この日は、石田さんみかんの差し入れありがとうございます。



4日目、上黒島へ向かっいるときに隊長がリーダーに南に流されているので島の南端ではなく真ん中辺りを目指すようにと指示をだした。
その時「この場面は自分がリーダーした日と一緒だなあ」と思い隊長に質問をした。どうやってそんな判断をしているのかと。

隊長、「出た所と行きた所をパドルで結んで決めているだよ」と教えてもらった。そのお陰で、2日目の自分の失敗の原因に気づいた。
パドルで海に一本の線を引いた、海上に一本の歩く道が見えた気がした。
そのあとしばらく海図と自分の位置に気をつけて漕いだ。

今まで回りを見ているようで見ていないと言うか見え ていなかった自分に気づいた。海図は平面だがもっと立体的にとらえるべきと言うか感じるべき(山の高さ、人工物、橋や工場etc.)、他の船舶、風や潮流の状況、早め早めに個々の状況を総合的に判断して安全に漕がないといけないとこの時思った。
亀が首の浜に着陸するときに人生初の降り沈を体験、パドルをコックピットの後ろにおいて降りようした時にパドルを波にさらわれてそのままくるっと沈・・・すぐにコックピットから脱出、事なきを得ました。パドルはなにがなんでも離しちゃダメですね。


浜には流木も多かったがゴミも多かった。いい野営地なのにゴミにはうんざり、人間が出した物なので人間がどうにかしないといけない問題だと感じた。



5日目、リーダー三澤隊士
この日は絶不調・・・朝の3:30には起きてごはんも食べていたのに係わらずパッキングは離陸直前までぐだぐだ、 鹿島から津和地島までの横断の時もひぃひぃいいながら遅れないように漕いだ、着いて行くのが精一杯。遅れて隊を待たせたら夜の反省会でゆうじ隊士に「工藤みんなを待たせるなんぞ、10年早いはバカかーー!だからブサイクなんじゃ」と言われまいと一生懸命漕ぎました。行動食もガンガン食べたこれじゃいかんと思い、パドルカレントにつかまってるのかと思い横に逃げてみたが変わらず、たんなる疲れか、前日の降り沈のショックか、不調の理由は不明。


6日目 リーダー糸井隊士 朝はバシッと時間前に集合、離陸。

周防大島から平郡水道横断中、これはちょっと祝島までは無理かも?と思いながら漕いでいたら自分の舟にラダートラブルが発生した。
単純なトラブルで自分の舟は隔壁が無いので荷物がずれてきてラダーペダルの裏に当たって踏み込めなくなっていた。渡りきったら時間的にもお昼だろうなと思っていたのでそのまま漕いだ。
ラダーの役割は重要だと思い知らされた反面無くて漕げるように普段から練習をしないといけないと痛感。昼食後、糸井隊士の舟にラダートラブルが起きた。隊長と楠隊士が処理に当たって直した。反省会で隊長がこの事について話しがあった、隊としてはやはり全員で修理に当たらべきだったと反省してます。

しかし全員が着陸と離陸時間を考えると最小人数で修理に当たった方がいいんじゃ無いかと個人的に思いました。

井上隊士が岩に乗り上がると言うアクシデントがあって「ア!沈になる」と思ったがならずに良かったです。【今回の横断隊の中で1番やばいと思いました】
田の浦から祝島まで無事に祝島着陸、6日目終了。反省会は島民の会の家で行われた。


7日ぶりに屋根の下で寝れて最高でした。



7日目、リーダー大田隊士、朝のミーティングで強風のため風待ちが決定、お昼にもう一度ミーティングをすることでいったん自由時間に、平さんの棚田へ行く人や島を散策する人など各隊士が思い思いに過ごしました。自分はカヤックを置いている浜に打ち上げて ある小舟を見たり公衆トイレ前の碑を見て過ごしました。昼のミーティングで強風のため離陸を断念。7日目の反省会をして終了。

解散後の朝、内田元隊長と高橋隊士を港迄送り、その後朝食、家の掃除をして終了。清水丸で帰る人を見送り、高速船の時間まで暇だったので三澤隊士と糸井隊士とでコーヒー屋さんでまったり過ごしました。
その後二人を見送って自分も高速船、電車を乗り継いで帰宅 横断隊終了。


今回の横断隊をふりかえって


今回祝島へ着陸したときに今までのような感動は無く以外に冷静な自分がいた。無事にゴールできてうれしい気持ちはあったが、ゴールは結果であって、大事なことは漕いで、何を学んでこれからどうするべきかが大事だと学んだ海旅でした。祝島に着くまでの6日間はカヤッカー工藤としての学びがあったし、7日目は人間工藤としての学びがあった充実した7日間でした。7日目は色々ありすぎておこがましいことは書けませんがそこには現在の日本の縮図がありありと存在していた・・・現実があった・・・それぞれの現実が・・・【まだ自分の中で消化できてませんので時間をかけて振り返ってみたいと思います】

今回振り返る事の大切さを 学んだ、いつも先に先に行こうという気持ちが強すぎて目的地ばかりを見ていた、振り返る事によってよりいっそう目的地が見える事を学んだ。

横断隊の焚火について 横断隊が終わってふと本棚を見ると宮本常一先生の本が目に入ったので久しぶりに読んだ、そこにこんな一文があったので紹介します。 引用 私の日本地図3 下北半島 宮本常一 P112

「われわれがある農家をたずねて、村の昔のことを4,5人の人にきいてみたいと、その場で誰と誰というふうにその家のものがよびにいってくれ、あつまって来るのが火のほとりである。そして話がはずむ。火をかこんだ車座というものは人間関係に上下をつくらず、また不思議に人の心をなごやかにする。人が火を知り、火を利用することになったとき以来、火が生活の中心になったことは長い人間の歴史がこれおしめしている。火がいろいろに分裂してしまってから、人は火をかこむということが少なくなったが、農家にはまだその火がある。めらめらともえる火はじっと見つめていると、何時間でも見ていられるものである。そして心をあたたかくする。そういう火をほろぼすまいとする配慮は、まだ 年老い た農民の中には強くのこっている。」と書いてあった、横断隊の焚き火も車座になり人間関係に上下を作らず反省会をしているなと思ったし、横断隊のこの火を滅ぼしてはいけないと思いました。


終わりに 、今回の横断隊は自分の役割を意識して参加しました。前回の隊長のレポートに「横断隊にはヒエラルキーは存在しないが個々の隊士の役割は存在する」と言っていたので意識しながら参加した。

今回のゆうじ隊士の迷言ならぬ名言は、「パドルかめかめは」と「とろける地~図~」ですね。
それに観察眼の鋭さには驚かされました。大仏工藤漕ぎの命名ありがとうございます。天才植木職人の片鱗を垣間見ました。

祝島のことをネットで調べていて動画で発見してシンパシーを感じたので書いておきます。


にっぽんよ にっぽん  


あいするにっぽん


みどりのにっぽん


あおいうみ


にっぽんよにっぽん


わしらがおくにまだまだまもめるぞ


じ かんはあるぞ どどんがどん


NHK 鳩子の海より


 ユーチュウブに動画があります。      https://www.youtube.com/watch?v=KsysP9sSnUI

なぜ自分が海を漕ぐのかと聞かれたら、「そこに海があるからでも、嫁が居ないからでもなく、現実があるから」と感じた今回の横断隊でした。

今回も色々とサポートや祝島での宿泊場所や食事、お風呂などありがとうございました。

P.S.今回漕ぎながら村上隊士と何回か餅をついたが1升ぐらいついたでしょうか?もと~~い~~~~!

                                     

 報告おわり。
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2003年第一次瀬戸内カヤック横断隊からの記録を掲載しています。

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