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2016第十四次瀬戸内カヤック横断隊レポート 楠 大和

第十四次瀬戸内カヤック横断隊レポート 楠 大和

 昨年第十三次は、第一腰椎圧迫骨折とその他事情が重なって参加できなかった。第六次から継続しての参加が、初めて陸(大三島)から瀬戸内カヤック横断隊を見た。色々な理由があって参加できない人の気持ちが分かる貴重な体験ではあったが、やはり一緒に海へ出たいと強く思った。今次、集合場所は小豆島のヘルシービーチ。小豆島のシーカヤックガイド山本隊士に段取りをしていただいた。同じく小豆島のシーカヤックガイド連河隊士からシシ肉料理を頂いた。二人とも今次は参加できなかったが、顔を見ることができて嬉しかった。また、坂出の漁師であるビーテンさんからも高級なアナゴ等の海の幸を頂いた。ありがとうございました。
 11名の隊士が集まり、初参加者は無し。女性隊士は松山から島津隊士一人だった。久しぶりに少なめの人数での行動で、航海中や陸の生活の伝達や動作が進めやすいと感じた。天候や潮汐にも味方され、六日目の夕方までに祝島へ着陸できた。本来、瀬戸内カヤック横断隊の行程は七日間を使って最終目標地まで漕ぐことになっているが、今次の七日目の天候は田ノ浦から祝島の海峡越えに影響があると判断し、六日目に横断したのだ。この決まり事を変えたことに賛否両論あるが、僕は今次の『六日目に目標達成』はいい判断だったと思う。予想通り七日目の海は時化ていたし。おかげで祝島の島民と、充実した時間を過ごすこともできた。握手とか。次はハグまでもっていきたいと思う。

 初日、北東の風と追い潮で最短距離を一気に進めた。瀬戸大橋の下など難所もあったが、全体的に漕ぐリズムが良かったと思う。着陸地点は初めての野営場所である小島。夜、雨予報が的中し焚き火の時間は少なかったが、できただけマシだと思いながら早めに身体を休めた。二日目の朝、前線が通過したのか激しい風雨の中でテントを撤収し、海へ離陸した。定番ルートと言ってもいい走島、鞆の浦方面、田島、横島の南を目指した。ここを漕ぐ時によく思い出すことは第六次、自分が初参加で、デッキコンパスを頼りにガスの中を漕ぎ、百貫島へ休憩着陸した時のことだ。追い波の中、視界も悪く怖かったのだ。
 小室浜で村上隊士や工藤隊士と仲の良い岡崎さんより刺身の差し入れを頂き、更に、尾道のシーカヤックガイド森隊士が温かい鍋料理を差し入れてくれた。今回一緒に過ごせなかったのは残念だったが、顔を見ることができ嬉しかったし、鍋も抜群に美味かった。ありがとうございました。横島の夜は豪華な食事と焚き火で満たされた。

 ここ数年でサブリーダーを置くことがあったが、今次より無くしたいと反省会中に言った。リーダーを務める中、先輩隊士に分からないことを相談できることが、瀬戸内カヤック横断隊の魅力の一つだと思う。ソロでは味わえないことだ。瀬戸内を良く知る先輩達から学べばいいと思ったし、サブリーダーを付けることにより、リーダーとしての学びの時間が減ってしまうような気がしたので提案した。瀬戸内カヤック横断隊でリーダーができることは貴重で大きな経験だと思う。

 三日目、久しぶりのリーダーを任された。弓削島で休憩時、弓削のシーカヤックガイド石田さんからミカンの差し入れをいただいた。ありがとうございました。石田さんともいつか横断隊で一緒に漕ぎたいと思っている。その前にベースへ訪ねて薪ストーブを前にしながら飲みたいなあ。
 しまなみは伯方島の船折瀬戸を目指した。気温と風のことも考えた結果、向い潮の流れが弱まる時間に合わせて漕いだ。目的地の大三島南岸へ明るいうちに着陸することと、パドリングを続けることでみんなの体温と漕ぐ気持ちを低下させたくなかった。雨も降ったし。転流時間はいつも通り事前にWEB潮汐表で調べていて、また島津隊士より陸路にある船折瀬戸最強時刻 掲示板表記 有津港(あろうづこう) 満潮15:46の写真も見せてくれていた。思ったより潮流が強く、漕ぎ進みにくかったし、海上で潮待ち時間を長く使った。
 後で原隊長より瀬戸内海の潮汐表の本から色々と教わった。来島と船折瀬戸の転流はあまり変わらないと認識しているし、実際、来島の転流と潮汐と1時間以上の誤差がある。この日はスーパームーンの後であり、何か影響することがあったのかもしれない。
 大三島の夜、愛媛のシーカヤッカー高橋さんが薪を差し入れしてくれて、焚き火の煙風呂に入れて嬉しかった。KOMPASスタッフシノちゃんと、二日連続で森隊士も来てくれた。賑やかで笑いのある焚き火ができ、酒もどんどん進み、身体の調子も上がってくるのが分かる。ありがとうございました。

 四日目、追い潮の力は借りられない中、倉橋島の亀ヶ首まで漕げた。十一次で村上隊士が隊長を務め野営した場所であり、その時の集合写真のみんなの笑顔が強烈で思い出す。特に中央でデッカク写った西表島のシーカヤックガイド赤塚隊士。来年は待っとるよ!同い年の隊士が4人いることはなんとなく幸せである。

 五日目は潮流の難関地である忽那諸島を漕いだ。諸島をいい時間帯で抜けられて、周防大島の南岸へたどり着けたことに安堵した。ここまで順調に漕いできたが、先の天候を予想すると祝島まで漕げるかどうか風が気になった。沖家室へ着陸すると、第十次の内田隊士(元隊長)から教わったことを思い出す。野営地の確認は海から見るのでなく、着陸して確認する。意外と野営地の奥行はあるものだと。

 六日目、やはり風が上がり簡単には漕がせてくれなかった。向かい潮と追い風がぶつかった三角波と大型船の引き波が合わさった時など、久しぶりに波の横殴りをくらった。あと沿岸の返し波とタイミングが合ってしまって、自分の舟がバーン バーーーンと大きく二度同時に弾かれた時などまあまあしんどいなと思って漕いでいた。祝島のヒサボーさんが漁船で出迎えてくれて嬉しかった。気持ちが上がった状態で最後の難所、田ノ浦と祝島の海峡を漕ぎ切って無事に着陸できた。
 夜は内田隊士と高橋隊士と合流することができ、宴会準備も整った。KOMPAS社長からの差し入れで反省会用のビールも調達できた。祝島の島民からたくさんの海の幸、米をいただき、本物のお風呂へ八日ぶりに入らせていただいた。過去の先輩隊士が作ってきた証が分かるし、今後の自分がやれることを考える瞬間でもあった。

 七日目、普段通り夜明け前に海を確認し、自分達が六日目に祝島へ着陸したことを考えた。海は時化ていて全員で横断することにリスクがあるなと、僕は再び判断は正しかったと思った。
 最終日リーダーの大田隊士も漕ぐ以外の大切なことを伝えたかったのだと思う。まあ人それぞれ思うことはあるが、祝島が瀬戸内の出入り口であることは変えられない。何が大切かを考えられる時間だ。
 この日、初めてヒサボーさん宅へ上がらせてもらって、ビールやツマミをご馳走になった。奥さんのノリピーからもみんなへ米や汁を作ってくれて優しさ半端無かったです。たみちゃんから炊き込み飯をいただいき、タカシくんからも海の幸をいただいた。ノブさんからビールも。島民のみなさん、本当にありがとうございました。

 解散日、僕は迷うことなく漁船の清水丸にシーカヤックを積んで帰ることにした。理由は清水さんと握手したかったことと、漁船から海を見たかった。ただそれだけだ。清水さん、ありがとうございました。
 ダイドックのベースに初めてお邪魔したが、いい所に住んでいるなと思いながら見ていた。マキちゃんから昼食にオニギリと味噌汁を頂き、ブチ美味かった。ありがとうございました。また遊びに来ようとすぐ思ったのだ。
 原隊長と村上隊士が漕いで帰ってくるのを待っていたが、愛媛に帰るフェリーの時間があって、先に動いた。高橋隊士のサポートに甘えさせていただき、無事に家まで帰ることができた。

 今次より海上保安庁への連絡とレポートブログ管理の役を山口県のシーカヤッカー角田隊士へ引き継いだ。今後の瀬戸内カヤック横断隊に良い影響を与えてくれることを期待中!ブログのデザインもいじってね。
 今次も楽しかったしよく笑った。今まで以上に雲の動き、島の形、潮の流れに敏感になれたし、隊士達や島民、応援いただいた方々とよく話せて充実した時間に満足だった。今次、理由あって参加できなかった隊士達も、また来年お会いできることを楽しみにしています。さあ第十五次へ向けてスタートです。みなさん、ありがとう!

 2016年12月27日 楠 大和
 
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2003年第一次瀬戸内カヤック横断隊からの記録を掲載しています。

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