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2016第十四次瀬戸内カヤック横断隊レポート 島津 裕子

第十四次瀬戸内カヤック横断隊レポート 島津裕子

第十三次に続き2回目の参加となった第十四次横断隊。
そして週末からは第十五次がスタートするという事で、あっという間に1年が過ぎようしていて、急いでレポートを仕上げようと思います。

海での7日間。
横断隊とは一体何だったのかな~という視点からのレポートです。


1. 横断隊は究極のリーダー研修?
2. よいリーダーの条件とは
3. 感想など(けがの事・女性隊士として・食べる事・横断隊士として)



<備忘記録 一部ログより抜粋>
第十四次の行動は以下の通り、6日で258kmを完漕した。


2016年11月18日~24日 小豆島(香川県)→祝島(山口県)
総漕距離:約258km

参加隊士11名
原隊長・ 大田・ 村上・ 楠・ 西原・ 三澤・ 工藤・ 井上・ 糸井・ 角田・ 島津

1日目 11月18日 (金) 晴れ リーダー 西原
06:30 ミーティング
06:50 小豆島ヘルシービーチ離陸
11:40 本島南側昼休憩
12:30 離陸
16:00 小島着陸
漕行距離51.5キロ
※初日1時間で腱鞘炎。
与島の北 瀬戸大橋手前で岸壁の返しとウネリで三角波が肩位置で合掌。ほとんど沈しかけ。工藤隊士に“漕いで漕いで”と並走してもらいなんとか・・・7日間で一番怖い瞬間が初日の午前中にありました。すぐ前を漕ぐ井上隊士の沈寸前からのリカバリーはナイス!午後、広島と小島の間、逆潮・向かい風で全然進まず心が折れる。ひたすらリタイヤの文字と脳内格闘。あまりのしんどさに、隣にいた村上隊士に“何か歌ってください!”と無茶ぶり。村上さん困らせてごめんなさい。

2日目 11月19日 (土) 晴れ リーダー工藤 
07:00 ミーティング
07:40 出発
13:35 小室浜 昼休憩
14:00 ミーティング後離陸
16:40 横島横山海岸 着陸
漕行距離40.9キロ
※午後休憩後、小室浜からの離陸時のタンパーがかなり怖い。原隊長にスプレーをしてから出なさいとアドバイスをしてもらい押してもらう。沈脱者多数。焦らず慎重に安全に出る事が大切。

3日目 11月20日 (日)曇り時々雨 リーダー 楠
06:40 ブリーフィング
07:00 離陸
10:20 佐島昼食休憩
11:05 離陸
16:35 大三島着陸
漕行距離38.8キロ

※伯方島沖浦手前で大粒の雨。雨粒が海面に弾かれ幻想的。しまなみに突入し知っている風景を見て少し安心。船折れの潮流実習が楽しい。フェリーグライドあり、潮流遡上あり。

4日目 11月21日 (月) 曇り リーダー井上 サブ島津
06:30 ブリーフィング
06:50 大三島離陸
11:35 蒲刈上島県民の浜 上陸休憩
12:25 離陸
16:00 亀ヶ首 着陸
漕行距離41.2キロ
※黒島から海峡横断前の海上休憩で、亀ケ首がどこか見えなくて、見えない島に向かって海峡横断するのが怖かった。しまなみを抜けて、よく分からない海域に入るので、すべてにおいて自信がなくなる。

5日目 11月22日 (火) 晴れ リーダー 三澤
6:30 ミーティング
6:50 亀ケ首離陸
11:00 屋代島北東端着陸 昼休憩
12:00 ミーティング後離陸
15:20 沖家室大橋手前の浜着陸
漕行距離37.7キロ
※怒和島と津和地島に向かって、中島を見ながらの海峡横断。松山から呉・広島線の航路。途中スーパージェットやフェリーが隊の前を横切る。私たちはパドルを高く掲げて、ここにカヤックがいますよの信号を送る。中島は愛媛県松山市の離島。知っている島が近くにあり、安心する。周防大島に取りつくまで、時間との勝負で緊張する。背中は愛媛。山口の海も知らない海。十三次に荒れた沖家室。怖い印象しかない。夜の野営は風が強く、火が大きくならないように細心の注意。焚火を囲んでゆっくりしていた頃、井上隊士が足を滑らせて、浜の石に頭をぶつけた。しばらく起きないので心配になった。大きなたんこぶが出来ていた。夜は足元も見えづらいので、要注意!頭が割れなくて本当に良かった。


6日目 11月23日 (水)曇り時々晴れ リーダー糸井
06:30 ブリーフィング
06:45 離陸
11:20 上関海峡手前の浜で昼食休憩
12:15 離陸
16:10 祝島着陸
漕行距離42.5キロ
※本州と長島の間の橋の下は航路になっているので素早く渡り切りたいが、かなり荒れている。もう、全速力で漕ぐ。横からの波にヒヤヒヤ。子供たちが大きな声で呼んでくれる。すごく嬉しい。でも、ここで手を振る余裕はなし。そして、もうすぐ祝島が見えるという長島南端付近。ここもかなり荒れていて、かなり長い時間揺さぶられる。何度もサーフしそうになる。隠れ岩がゴロゴロしているが、海面がキラキラ光って見えない。糸井リーダーの声かけで間一髪・・・。そして、いよいよ祝島へのアタック!逆V字編隊の先頭を漕ぐことになったが、ここも荒れていて、思うように進まない。前方にタンカーまでいて、タンカーに向かってフェリーグライド。ようやく灯台を越えて湾の中に入って、わー!ついた~と初めて思えた。


7日目 11月24日 (木) 曇りのち晴れ リーダー大田
07:00 ミーティング
それぞれの形で祝島と関わることを決定
18:30 反省会
行動終了



1. 横断隊は究極のリーダー研修?


横断隊は、誰でも参加可能で、特に参加資格は明記されていない。当然それぞれの目的や目標やスキルに違いがある。途中離脱、途中合流可。事情により、7日間続きで参加できないとしても、横断隊の扉は常に開かれている。来るもの拒まず、去る者追わずの横断隊だが、初代隊長の内田さんは、横断隊は、カヤックガイド養成のための勉強の場所でもあると話してくれた事があった。つまり、横断隊にはガイディングが出来る人材を育成する目的がある。そのために毎日リーダーが変わる。経験させる事に学びがある。ガイディングに失敗しても成功してもそれはあまり重要ではなく、その過程でどういう思考をしたか、判断をしたが、指示をしたか、統率したかなどが問われる。10人いたら10人の考え方がある。毎晩、上陸後、焚火の前で話しあう。夜の反省会だ。時として、個々の考え方がぶつかる。
海上は海底の地形と潮と風で刻々と状況が変わる。判断5秒。これ以上迷うと、大体死ぬ。そのくらい危険な場所に横断隊はいる。リーダーも万能ではない。経験値やフィールドの違いから、知らない海、知らない島、知らない潮、知らない航路に悩まされ、判断がゆらぎ、指示があいまいになる。その瞬間、隊はいっきにばらける。隊士は各自の判断で安全策をとる。基本的に、カヤッカーは一人船長。自分なりの判断基準を持っていて、常にリスク回避をしている。
また、横断隊は軍隊ではない。リーダーは先頭で隊の道を示す人だが、絶対ではない。必要ならば、海上であろうと、陸上であろうと、ミーティングが発生する。
では、よいリーダーの条件とはなんであろう?


2.良いリーダーの条件とは

私が過去2回最前列で7日間、毎日リーダーの横で漕いで、常に考えていたことがある。今日のリーダーはどういう思考の持ち主だろうか?どうやって隊に接するのか、どうやって統率するのか?どういうリーダーなら、ストレスなく安全に航海を先導する事ができるのだろうか?リーダーに必要な条件とは何だろうか?
私が行き着いた考えは4つになった。

① 目的を共有しているか
② プランBを持っているか
③ 全体がみえているか
④ 旅を共にする仲間であるか


①目的を共有しているか
朝のブリーフィングで行動の予定を共有する。どういうルートでどこに行くか。潮や風や考えられる気象情報やリスクを考慮し、1日の行動を全員で共有する。
組織的な集団と、ただの集合体との違いは、目的を共有しているかどうかで決まる。目的を共有する事はリーダーにとって最も重要なスキルと言える。

②プランBを持っているか
柔軟な考えを持ち、常に危険回避の手段を複数考えているか。限られた7日間という時間の中で完漕するには、ゆっくりしている時間はない。1日中漕げる日もあれば、アクシデントに時間を取られ、思うように進めない事もある。無理をしても、強行突破する勇気は必要だし、停滞の英断も必要だ。完璧なプランは存在しない。その時々で柔軟に変更する事もありうる。変化を受け入れ、複数のプランから最善策を判断する冷静さがリーダーには必要になる。

③全体が見えているか
先頭を行くリーダーは、はるか30km先の着陸地点を見据えて漕いでいる。しかし、隊は後方にいる。前を見ながら、常に後ろを気にする。5秒に1度振り返る。代々言われ続けていることだ。リーダーだけではなく、多くの隊士が振り返る。海上では声が通りづらい。風や波の音で声がかき消される。リーダーは隊の状況を隊士の漕ぐスピードやばらけ具合、声の出し方、顔色、漕ぐ姿で確認する。後方でトラブルが起きた時、前線では、状況がよく分からない。進めるのか、進めないのか、上陸が必要か、海上休憩が必要か。トラブルはトラブルを呼ぶ。荒れた海上などでは、待機中に2次トラブルになる事もよくある。リーダーは全体を常に見て、明確な指示をする必要に迫られる。

④旅を共にする仲間であるか
“5秒に1度振り返る”と言ったが、けっこう大変で、後ろを振り向くと重心が傾く。その瞬間“グラリ”とする。汗が出る。今次、原隊長から後方確認のスキルアップ講習があった。と言うと大げさだが、“こうすると安定して振り向けるよ”というアドバイスと実技指導だ。その場に居合わせた数名の隊士は早速試してみる。ああなるほど、と喜んで実践する。経験豊富な先輩隊士からの贈り物だ。こうしたコミュニケーションは海上だけではなく、陸上でも助言、指摘、問題提議などを通して常に発生する。旅の仲間として、経験の浅い深いは関係なく、お互いを尊重し、思いやり、より良い旅にしようとする。時には、人生相談にまで話題は広がる。いつも焚火の前では本音が出る。リーダーであれ隊士であれ、旅をする仲間として、敬意を持って接することができるか。縁があって集う隊士が、隊の為に尽くし、隊もそれに応える。旅の一員としての責任がある。リーダーの前に、いち隊士であり、仲間である。

良いリーダーの条件はまだまだあるかもしれないが、私が実際に見ていて、この4つがあれば、たぶんうまくいく気がする。横断隊でのリーダーは、技術うんぬんよりは、人としてどうか?が常に試されるのではないだろうか?そう考えると、普通のサラリーマンであっても、社会生活を送るなかで、少なからず思い当たる節はないだろうか?ある日、会社のプロジェクトのリーダーになったり、あるいは部下を持ち目標達成のノルマを課されたりするなかで、自らがリーダーシップを発揮する場面は、いくらでもあるだろう。進捗管理が悪くてプロジェクトが遅れたり、新人君の仕事が遅くてイライラしたり、連絡不足でトラブルを招いたりと、割とよくある事だ。横断隊という判断の連続な非日常な7日間だが、実は日常の凝縮版だったりする。ただ、命の危険が伴う行動だという点では日常と決定的な一線を画していることを忘れてはいけない。
以上が、私というフィルターを通して見て感じて考えた横断隊だ。この考察は瞬間風速で現時点の備忘録程度に思ってほしい。リーダーシップ論を説くにはあまりに未熟で稚拙だけど、横断隊から生まれるリーダーは素晴らしい人間性を持っている人が多いと思う。横断隊は、愛あるスパルタ式リーダー研修に違いない。


3.感想など(けがの事・女性隊士として・食べる事・横断隊士として)

けがの事
第十四次の参加者は11名(男性10名・女性1名)でスタートとなり、メンバーの入れ替えをすることなく、全員でゴールした。それも6日で着いた。驚異的なスピードと、恵まれた天候。停滞をすることなく、漕ぎ続けられたのはラッキーだったと思う。とはいえ、決して楽勝だった訳ではなく、私にとっては厳しかった。毎日どこかの局面では歯を食いしばりひたすら漕いだし、沈しそうにも何度もなった。
実は、初日のスタート1時間で腱鞘炎を発症した。右手首は赤く腫れあがり、熱を持ち、パドルが握れず、激痛が走る。ペットボトルのふたも開けることができなくなり、リタイヤが頭いっぱいに広がっていた。
原因は4つ。1つ目は、フットペダルの位置が悪く下半身の力が全く漕ぎに伝わらなかったこと。2つ目は、パドルをニンバスのチヌークに変更したこと。去年使ったもの(ナノック ウェースピリットノディー240cm)よりブレードの幅が少し広く、少し重く、少し径の太いチヌーク。ナローパドルには違いないが、いつもより水の抵抗が増し、手首に負担がかかる。が、その分、スピードが出る事を期待しての変更だったが、裏目に出た。3つ目は、隊の足が速いこと。全員が漕げるメンバーであった。唯一、私を除いては。1日目のリーダーは高速パドラーの西原隊士。鍛え上げられた肉体で、あっという間に離れて行く。全然ついていけない。もう、腕力に頼る力漕ぎになるしかない。4つ目は初日ということもあり、積載量が最大であり、漕ぎだすのに力がいる。体も慣れていない。緊張でガチガチだ。また、私の船はたぶん人より重い。これらが重なり、スタート1時間後には右手首は腫れあがった。
1回目の海上休憩時に、パドルを去年使ったものに取り換え、フットペダルを調整して、手首にサポーターをして、常に海水で冷やした。あとは痛くない漕ぎ方を探して、ジタバタしていた。今までのフォームが全部崩れたのが分かった。私は前列にいたので、その面白いまでにぐじゃぐじゃな後姿は、きっと哀れだったと思う。だが止まる訳にはいかない。痛くない漕ぎ方を見つけなければならない。取り換えたパドルは実は、借り物で、私がカヤックを始めた頃から使っているものだ。去年、初横断隊でも使った信頼のおけるものだが、かなり年季が入り、ジョイントが劣化し、押し出す度に、ギシギシと音を立てた。私の手首が折れるのが早いか、パドルが折れるのが早いか・・・そんな風に思った。手首が痛くない漕ぎ方を模索するうちに、押す分には痛みが無いことに気が付いた。引くときに、握力が加わり痛みがでる。右手は添えるだけ。シャフトを握る事も出来ない。手で漕ぐことを封じられた結果、体全体で漕ぐしかなく、足や肩や背中や腹斜筋といった大きな筋肉を使うことで、結果的に楽な漕ぎになった。


女性隊士として
私のけがは隊には知らせなかった。唯一、同じ松山から参加の先輩カヤッカーである、楠隊士だけには報告した。もし、本当に右手首が骨折した時に離隊する事を伝えた。というのも、今次私のテーマは、“隊にストレスを与えない事”と決めていた。行く前から、うすうす分かっていた。女子が1人である事、参加隊士は全員ベテランである事、漕力・体力・経験など、すべてにおいて自分が一番弱く、また、生理的にも構造が違うため、文字とおり“違い”ある。しかし、その違いが7日も続けば、ストレスを与えてしまう事が申し訳なかった。集団行動をするなかで、隊の足をひっぱりたくないし、隊士にストレスを与えたくない。私は小さな男子になる事を目指していた。数名を除けば十三次に行動を共にした隊士ばかりで、私は非常に安心していた。きっと紳士な隊士の皆さんの事だから、私の気が付かない所でたくさんのお気遣いを頂いたと思う。ストレスを与えない事を目標にしたが、結果的には、ストレスを感じないように、配慮を頂いたのは私の方だったように思う。実のところ、女性が横断隊を漕ぐ事について、男性陣がどう思っているのか、機会があれば伺ってみたい。
さて、女性カヤッカーにとっては、気になる生理事情。避けては通れない。前回同様、今回もばっちり始まった。だけど、なんとかなった。なんとかなるような、準備をしたと言った方が正しい。まあ、なんとかなるものだ。うん。大丈夫。こればっかりは仕方ない。でも、体調はいつもより良かった。1日中漕いでいるから、体が温まり、特有の痛みもなかった。夜もよく眠れた。

食べる事
漕ぐ事も大変だったが、食べる事も結構大変だった。食べ慣れないレトルトは結局最後まで食べなかった。炭水化物は取れても、タンパク質とビタミンが欠乏するので、しっかり栄養面を考えて7日分の食料を準備したい。1日中動く7日間。食べたものが翌日のコンディションにかなり影響する。かといって、準備した食料が口に合うとは限らない。疲れた体が欲するものは、普段の食事とは少し違う。日に日に変わる嗜好に悩まされた。私は行動食をたっぷり食べる派。海上休憩時、いつも何かを食べていたと思う。エネルギー切れを起こさない事はかなり重要。

隊士として
今次は、たくさんの差し入れを頂いた。ビーテンさんのあなごや小豆島蓮河隊士、山本隊士からのオリーブや猪肉、鹿肉、途中鞆の浦の岡崎さんからタコとサーモン、森隊士から2日間の大介汁、高橋隊士からは薪を頂き、弓削の石川さんからみかんの差し入れ、祝島ではコンパスの社長さんからのビールの差し入れ、島の方からはもう、わがままし放題のおもてなしを頂き、横断隊が重ねてきた歴史の恩恵にあずかった。
最終日の反省会、ゆうじさんからのゲキが忘れられない。
“今日、屋根があるところで寝れるのも、風呂に入れるのも、島の方が差し入れをしてくださるのも、今までの横断隊があるからだ。お前たちは、横断隊に何を返すんだ!!”
横断隊に何が返せるか・・・まだまだ答えは出ない。1つだけ、はっきりと分かっていること。遅くなっても、レポートだけは出そう。ここに記したことが、将来誰かの背中を押すかしれない。誰かの背中を押さなくても、きっと自分の背中は押すことができる。


第十五次の航海の無事を祈って。

第十四次横断隊 隊士 島津 裕子


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Author:瀬戸内カヤック横断隊
2003年第一次瀬戸内カヤック横断隊からの記録を掲載しています。

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