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2017第十五次瀬戸内カヤック横断隊レポート 井上 好司


 4年連続して参加した横断隊だが今年は諸事情で参加を見送った。参加はしなくても隊の動きが日々気になるのは覚悟していたが、なるべくSNSへの書込みは控えようと思っていた。ところが実際には気象予報と隊の動きにコメントせずにはおれずついつい外野から口をはさんでしまう。これはまずいと昨次まだ書いていなかったレポートを書き始めたらこんなのができてしまった。参加はしていないがレポートとして提出させて頂く。

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 どうして僕たちは神話を知らないのか?「歴史・神話を12~13歳で学ばなかった人たちの国は亡びる。自分のルーツを忘れた民族に未来はない。」イギリス人の歴史学者であるトインビーが言っている。いつから日本人は神話を知らない民族になったのか?連綿と続いてきた先祖たちの伝統・ルーツを尊ぶことを、我々の先祖が何を大切にどのような思いで生きてきたかを忘れた記憶喪失状態をいつまで続けるのか?たぶん神話教育は太平洋戦争の敗戦までは国史として行われていた。GHQの命令で神話教育は禁止されその後の日本人は神話を学ばなくなった。アメリカは日本との開戦前に徹底的に日本を研究し、日本の強さが古代から通じる精神性にあると結論を得ていたそうだ。その為戦後GHQは日本各地の神社に残る文献をことごとく焼き、意図的に日本人の精神を根なし草にして弱らせる手段を取った。小中高の教育で日本の子供たちに天皇・神道・神話が軍国主義に結びついたとインプットして遠ざけた。

 僕はここで神話教育の重要性を長々書くつもりはない。神話教育が重要であることを説いている欧米人から神話教育を禁止されてる現代の日本の状態を、僕たちが気付きもせずに生きていることは不味いのではないかと言いたいのだ。敗戦後の日本は間違いなくアメリカの属国となった。アメリカの了解なく国の生末を自ら決めることを禁じられた。独立後の日本は形の上では独立国だが今なお属国のまま。敗戦後の日本人は国の再建の為にアメリカの属国を続けることを選んだ。だから戦後の日本人は自分の国がアメリカの属国であることを知っていたが、はたして現在はどうだろうか?政権交代した民主党政権下においてもアメリカ属国の立場は変わらなかった。そのことに現代の日本人は違和感を感じていない。既にみんなで記憶喪失。

 郵貯・簡保が民営化されたのはアメリカ金融界からの要望。郵貯や簡保が蓄えている国民の財産をグローバル市場に流し込むため。公的年金の運用に外国債券や外国株式も含めさせたのも同じ目的。アメリカの化学薬品業界が作る枯葉剤をベトナム戦争後は日本のホームセンターで除草剤として売る。原子力発電、米軍基地、食糧(種子)、エネルギー…日本の国のかじ取りがアメリカの言いなりになっているこのような例はおそらく数え上げたらキリがないくらいにあるのだろう。

 瀬戸内が海になったのはいつの頃か?神武の東征の際、宮崎の日向から大阪の生駒山の麓まで瀬戸内を舟で行ったというのが一般的な見解だ。とすればおよそ3,000年前には海として東西が開通していたことになる。約10,000年前、氷河期が終わり海面が上昇を始め、6,000年前に現在の瀬戸内が形成されたとされている。神武が瀬戸内を横断したころには瀬戸内の両岸の入り江には人が住み着いていたことだろう。その人たちはどこから来たのか?九州南部から、山陰から、または朝鮮半島から。
 スサノオの息子である五十猛神(イタケル)は九州・四国・山陽山陰・紀伊半島・尾張辺りまで植樹をして回っている。しかも用途に応じた様々な種類の木々を植えた。もちろん神武より以前のこと。たぶん4~5,000年前。縄文時代。五十猛神は木の神として知られるが元々は造船や航海にたけた海の神だった。当然自ら作った舟で瀬戸内を何度も横断しただろう。五十猛神が植えた木々のお蔭で日本の森は落葉広葉樹の森になり、その沿岸は栄養分の豊富な幸多い海になった。瀬戸内は海の幸山の幸の豊富な、人の住み着きやすい土地だったのだろう。

 百済と大和朝廷を行き来した阿智族もまた瀬戸内を頻繁に横断している。1,700年くらい前か。後に阿智王家から藤原家が生まれ、その護衛兵として平氏が生まれる。やがて平氏が瀬戸内を支配するようになり、藤原王朝をも滅ぼし武士の世を作る。阿智族も平氏も海の民。出雲で国を譲った出雲族は近畿に下って国を開いた。近畿一円の土地を開墾し稲作を始め、東北地方にまで稲作を広めたが、神武の東征でまた国を譲ることになる。神武は天津神(海の民の祖)、出雲族は国津神(山の民の祖)。出雲族の指導者たちは東北に逃れる。2,700年ほど前、縄文後期から弥生時代初めの話。神武派が表の為政者となり実権は海の民が握り、藤原氏平氏と続く。出雲族は陰にまわって山の民となった。

 その後海の民山の民は交雑融合し現在に至っては皇室を除いて区別できる者はほとんどいないだろうが、東北は幕末まであまり融合せずほぼ山の民だった。平安時代の蝦夷(えみし)追討から藤原三代の滅亡、戊辰戦争の敗北で東北の最も有力な家系であった安倍氏もいよいよ終末を迎える。戊辰戦争後名門家系の優秀な安倍氏のプリンスを萩の岸家が迎え、現在ではその子孫が日本の首相にまでになった。お父さんの晋太郎氏は安倍氏としての自覚があったようで東北に先祖供養に足を運んでいるが、戦後生まれの現首相には安倍氏のことは記憶にないらしく、自分は岸の人間と思っているようだ。東北が震災で多くの被害を被ったこの時期に彼は誰から何を求められて首相になったのか?震災で亡くなった人々の鎮魂と慰霊そして今なお苦しむ東北の人々の復興は… 彼の為政は東北の人々に優しいとは言い難い。彼には神武の東征で国を譲り東北に逃れてきた先祖の記憶など微塵もないのだろう。とうとう日本の政(まつりごと)を記憶喪失者が行う時代になった。記憶喪失なのは現首相だけではない。戦後生まれの現代の日本国民のほとんどが記憶喪失。

 日本の数千年(或いは数万年)の歴史の中で僕たちは非常に特異な時代に生きているのかも知れない。困難とリスクをでき得る限り排除した生活が僕たち現代人の日常だ。困難やリスクがなくなったことで危機を感じる感覚も工夫する知恵もあえて必要なくなった。自然に対する感覚の退化が始まって久しい。日常の生活と自然は完全に切り離された。現代の日本人は自然は征することのできる存在だと無意識に思っているようだ。〇〇山の頂を征する。〇〇尾根ルートを征する。例えば今の日本の山岳会ではこのような言葉を違和感なく平気で発する人がたくさん存在する。かつて日本人にとって山は信仰の対象であり敬うべき存在であって征服するものではなかった。欧米特にイギリス人にとっての自然は産業革命以降征服する存在となり日本山岳会はその思想を丸ごと鵜呑みにしている。日本独自の山岳思想をすっかり忘れて…
 現代が非常に特異な時代だと感じる要因は次の2点。一つは自然と切り離れた便利で安全な生活になって人が本来持っていた感覚(感じる力)が失せ自然を尊ばなくなった。もうひとつは戦後教育によって日本人の古来から連綿と引き継いできた知恵や感性がどんどん弱まっていること。しかもそのことに全く気付いていない。日本人の記憶から自分が海の民だったことも山の民だったこともすっかり消えてしまった。僕たちはそろそろ気付き始めねばならない。食事をする前に手を合わせて「いただきます」とどうして言うのか?正月には神社に初詣に行きその前の大みそかにはどうして晦日そば(年越しそば)を食べるのか?

 太平洋戦争後アメリカによって強要された教育と報道。日本の伝統や歴史から現在を切り離し、ぐっと一所に押し込めるような教育。真実を伝えない、目覚めさせないようコントロールされた報道。この文章を書いている今日(11/23)は新嘗祭。天皇と国民が神(自然)に対して五穀豊穣の感謝と祈願をする日。それを「勤労感謝の日」とごまかす時代。新嘗祭に何をしているかほとんど報道されない。だれが何のために…

 「3万年前の航海徹底再現プロジェクト」というのがある。3万年前の舟(丸木舟)を再現して台湾から与那国まで数人で手漕ぎで黒潮を横断するそうだ。3万年前と言えばアマテラスより以前。アマテラスが宮崎の日向に来るルートを事前に開拓した人たち。石斧で大木を切り倒してやはり石斧で丸木舟になるまで削って。来年(2019年)の夏。
 「瀬戸内カヤック横断隊」というのもある。7日間かけて瀬戸内をやはり手漕ぎの舟で横断する。毎年初冬の11月に行われて2018年の今年で16年続いている。数千年前五十猛神が、約2,000年前阿智族が、約1,000年前平氏が何度も横断した瀬戸内を現代人がやはり手漕ぎで横断する。また古来瀬戸内の人たちが建造し航海していた打瀬船(うたせぶね)。現在では消滅してしまったこの打瀬船を復活させ古来の方法で航海するという。
 丸木舟もカヤックも打瀬船も一見ダサそうで汚そうに感じるかも知れない。そう感じるのはまだ深い記憶喪失の中にいるということだ。現代人が深い記憶喪失から目覚める為には、他にも方法はあるだろうが、例えばこんな行いの中に目覚めの糸口があるのだろう。僕は真面目にそう思っている。

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2003年第一次瀬戸内カヤック横断隊からの記録を掲載しています。

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