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2018第十六次瀬戸内カヤック横断隊レポート 楠 大和

第十六次瀬戸内カヤック横断隊レポート 楠 大和


 今次は停滞することなく小豆島から祝島まで漕ぐことができた。美しい夕日を見ながら祝島を目指すのは、僕が参加した10年の中で初めての経験だった。
前回より海上で時計、方位磁石、海図、スマホ等の航海機器を使わないことを決めたが、今次、参加三年目以上の隊士は航海機器を使わず、それ以外の隊士は海図のみ使っていいことになった。横断隊も16年目となり、ルートや野営地の情報が蓄積されてきている。そこで更なる進化を目指すという点で、現代の便利な航海計器に頼らず、自分の五感をフル活動させて、瀬戸内を航海できる力を磨く。自分はそう意識しながら漕いでいた。
 
 今次は6名の新しい隊士が参加したが、最年少は隊長の息子、海惺隊士10歳。横断隊の七日間の生活を楽しそうに過ごしていた。海では隊長のダブル艇の前に乗り、厳しい海況もしっかり漕いでいる姿を見て、僕は驚きを隠せなかった。小学四年生で横断隊を経験できることは今後の人生にどう影響するのか、海惺隊士の成長がますます楽しみだ。
  初日は15艇で離陸して本島を目指した。前半は向い潮と北西の風を受けながら漕ぎ、後半は追い潮に乗りながら進めた。瀬戸大橋の下の潮流は、いつ漕いでも緊張感が高まる場所だが、今次は良いタイミングで無理なく通過できたと思う。
 櫃石島(ひついしじま)から本島を目指す時、潮流の影響で目標ルートが少しずれたが、本島の北にある向島の配置から、潮流の動き方が面白い海域だなと思った。
 二日目は本島から小飛島まで約28kmを漕いだ。小手島の南の浜から西側を見て、島と島が重なり合う中、どれが今日の本来の目的地(走島)なのか、僕は分らなかった。出艇前に海図をじっくり見て、覚えたつもりだったのが、島の配置や名前が、まだ頭にインプットされてないことがよく分かる場面だった。海上からの視線で、島が重なりあう景色に惑わされたのだ。
 この日は初日の疲労やレンタルカヤックに慣れてない隊士もいて、漕ぐ距離は短かったのだが、声の掛け合いや助け合いが多く見られ、今次の横断隊のチームワークを作る第一歩だったと思う。夜の反省会でも、それぞれが思う気持ちを熱く話していたような。
 三日目、走島から鞆の浦までの横断を終えて昼食休憩をした。そこでFMふくやまの渡壁さんよりラジオの取材が入り、隊士達は瀬戸内カヤック横断隊について発信した。
 後半は田島から百貫島を経由し、弓削島まで漕いだ。大潮の追い潮と風が味方してくれて、とても気持ちの良いパドリングで海峡横断ができたと思う。漕いでも漕いでもなかなか進まない時間もあれば、楽にどんどん進む時間もあることがよく分かる一日だった。そしてパドルカレントをじっくり体験できた。
 弓削島の着陸時、弓削のシーカヤックガイドである石田さんが出迎えてくれて、松原海水浴場のすぐ隣の浜へ誘導してくれた。松原海水浴場は過去に野営をさせてもらったが、今は焚火が禁止となったようだ。
 四日目は朝から向い潮の影響を気にしながら伯方島の沖浦ビーチを目指した。自分が思った以上に早く沖浦ビーチへ着陸でき、気持ちに余裕を持って潮待ちができた。絶好のタイミングで船折瀬戸を通過できて一安心である。
 大三島南岸から岡村島を目指していると、突風混じりの北西の風を受けた。肥島の南を経由し、なんとか大下島西側にある港へ回り込めたが、満潮になれば無くなる浜しかなかった。大下島で野営ができるのか?沿岸沿いを歩いて確認したが、13艇のカヤックを階段であげて、テントを張るにはまあまあ大変な場所であった。だからと言って、岡村島まで漕ぐには海の状況からリスクが高い。
 日没を気にしながら野営を決めようとした瞬間、予想外に風が弱まり、白波が落ち着いた。この瞬間を見逃すことなく早々に離陸すると切り替え、日が落ちる前に岡村島の観音崎へ着陸できた。この日はとても判断が難しいこともあって、自分がリーダーならどうしているのか、学ぶことも多かったと思う。
 五日目、前日の昼に伯方島で角田隊士と出口隊士が離隊したため、13艇でとびしま海道の南岸を漕ぐ。下蒲刈島の梶ヶ浜まで、向い潮がよく流れていたし、北西の風もあって辛抱しながらの漕ぎだった。しかし、斎灘を挟んだ愛媛県の山の稜線や忽那諸島がはっきり見えていて、僕は地元が近いこともあり、頭の中の海図がクリアに見えていた。
 梶ヶ浜から倉橋島の亀ヶ首まで、呉方面へと流れる潮流と北西の風の中、最短コースを狙った。視界はよく、松山と呉、広島を結ぶフェリーや高速船も早めに視認できた。亀ヶ首の先端は潮流のパワーを感じながら通過し、無人の野営地に着陸できた。
 六日目の朝、周防大島の南岸へ行くために、どのルートを目指すか考えた。大潮の忽那諸島の流れは緊張するが、出来る限り安全なルートで通過したいと思っていた。
 亀ヶ首を離陸し、向い潮が思ったより強くてなかなか進まなかった。潮の影響を考え、鹿老渡と倉橋を結ぶ橋(村上水道)を抜け、鹿島の西側から南端まで漕いだ。
 鹿島南端より津和地島へ横断。あまり津和地島の北端へ近寄ると、怒和島の方向へ吸い込まれることを話していたが、なかなか難しいもので、怒和島への流れに捕まってしまった。流れから抜け出して津和地島の西側から情島へ渡れた。諸島を避けて情島の西側から回り込み、周防大島の東の先端に取り付き、素直な潮の流れに乗って南側へ回り込めた。引き潮が流れている時間、隊の安全を考えるとベストなルートで、また一つ瀬戸内の海を学べた場所であった。その時の諸島近辺は大きな段差ができた潮目があり、恐ろしいなと思った。
 その後は追い潮に乗って、一気に沖家室島の手前にある野営地まで漕いだ。
 七日目、航海計器を使わない状態にも慣れた所でリーダーを任された。周防大島の南岸を西へ進み、北西の風が強くなる中、下荷内島を通過し、黒崎鼻の浜へ着陸した。
 後半は追い潮で進みが良いことを期待していたが、西風が意外に強く、岸寄りを漕ぐことにした。西風を少しでもかわしながら長島の最南端を回り込むと祝島が見えてきた。この瞬間、一発目の感動が込み上げる。そして同時に、ここから祝島までが、意外と近くて遠いのだ…と思っていた。田ノ浦までも厳しい西風を受け、隊のペースも上がらない。
 綺麗な夕日と祝島が見えるタイミングで鼻繰瀬戸の横断に入ったが隊の安全面において厳しい時間帯を漕がせてしまうことにドキドキした。当然、各自ヘッドランプやフラッシュライトを点灯しながら漕ぐことになった。僕は、昨年もリーダーでナイトパドリングとなってしまったことを思い出していた。みなさん、ごめんねー。なんとか無事に祝島へ着陸できて良かった。
 祝島のヒサボウさんが僕たちを漁船から見守ってくれていて、とても心強かったです。ありがとうございました。
 今次は、七日間のうち一日50km以上を漕いだ日はなかったし、着陸時間もそこまで遅くなかったので、身体への負担が少なかったと感じた。時計がないので時間の経過が早く感じたが、太陽の位置で時間を計測するのは、まだまだ修行が必要だ。雨や曇りの時に太陽が確認できないこともどうするか。
 毎回思うが、毎日焚火ができて暖がとれるのは本当に有難く、幸せな時間だなと思う。
なので、四日目の野営地が岡村島だったことは、今次の横断達成のキーポイントだったかなと思っている。もちろん海況が荒れていれば、大下島でやれんことはなかったと思うけど、荷物の運搬に時間と体力を使い、焚火の時間も削られてしまったかなと思う。 
 今次も三澤隊士がGPSでルートの記録を残してくれているのがありがたいです。航海計器のない中、リーダーの指示と自分の思っていたことがどうなのか?色々と振り返ることができて助かります。おかげでとても貴重な記録を残せていると思っています。
 女性隊士2名、芳地隊士と花井隊士はパワフルな漕ぎで安心感があると同時に、ムードメーカー…いやマスコット?的な役割を果たしてくれて、隊を明るい雰囲気にしてくれました。
 みなさんからの還暦のお祝い、ユージさんのFRP艇が今次横断隊デビューしました。前半はみなさんの暖かい想いに包まれながらスイスイ漕いでいましたが、後半は「重い」が足らん!という感じで漕いでいました。その辺りはユージさんのレポートに出てくるのを楽しみにしています。
今次もたくさんの方々に応援サポートいただき感謝しています。
そして参加隊士のみなさん、お疲れさまでした。ありがとうございました。 2018年12月27日 

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2003年第一次瀬戸内カヤック横断隊からの記録を掲載しています。

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