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2018第十六次瀬戸内カヤック横断隊レポート 三澤 昌樹

2018年 第十六次瀬戸内カヤック横断隊レポート 三澤 昌樹

 私にとって6回目の横断隊。
横断隊への準備は夏から始まります。
会社務めの私にとって1週間以上の休みは年間通してそう沢山取れるものではありません。
ましてや関東から参加するには陸の移動だけでも前後を合わせて3日を要します。
最低でも10連休を取らなければ全行程の参加は出来ないのです。
つまり、夏からというのは夏休みを返上して、返上というのは勝手な言分なのですが、
「夏休み取らなかったから11月に休ませてね」という言い訳を準備するところから始まるのです。
ですので、ここ数年、夏のバカンスは短期的なものばかり。
それでも今は横断隊の7日間に魅力を感じているのです。

 最近はどこの職場も似たようなものかも知れませんが、人員削減で交代要員はいないのが現実。
10月中は横断隊の期間中に大きな仕事が入らないでくれ~とハラハラドキドキしながら過ごし、11月に入ってやっと少しづつ食料や持ち物などの準備。
そして横断隊への出発の日を迎えるのです。
まあそんな訳で今年も強引に休みを押し込んで全行程の参加が叶ったのでした。

 今回の悩みどころの一つがウェアリング。
11月に入っても暖かい日が続き、夏日を記録するような日もありました。
ドライウェアだけで済めば着替えも少なくて済むのですが、今年はそうも行かないと予想できます。
秋用のウェアリングも一通り準備。
ただし、パドリングジャケットはレインウェアを兼用として少しでも荷物を減らします。

 食事はここ数年私の定番メニュー。
夕食は2合の米を炊いてレトルトカレー。
朝は時間に余裕が無いので夕食の残りの米をおじやにしてすすり込みます。
昼はマルタイの棒ラーメンか早ゆでペンネ。
もしくは十分な休憩時間がない場合用のカロリーメイト系の栄養補助食品。
他のメンバーの食事を見ていると、結構手の込んだ美味しそうな料理をしていますが、私は極力手間を掛けず、その分休養を取る事に重点を置く事にしています。
それでもレトルトカレーの種類にはこだわり、具材が多く且つ毎日違うものにしました。
 過去、経費をおさえようと安いものだけで済ませた年もありましたが、さすがに貧しさが沁み過ぎて反省した経験があります。
実はカレー好きなので、毎日カレーでも平気ですし楽しみでもあるのです。

 あと無くてはならないものがお酒。
積み込める量にも制限があるのでビール350缶を1日2本計算の14本、
ウイスキーを500のペットボトルに2本(1リッター)。
水は途中補給できるところもあり10リッターと5リッターのタンクに分け15リッターでスタートします。
 トータル荷物の総重量は50kg弱になります。
最初の漕ぎ出しはずしっと重いです。
でも旅が進むにつれてフネが軽くなって行く事に寂しいという感情も湧いてきます。

 今次横断隊は小豆島ヘルシービーチがスタート地点。
集合場所の小豆島へは、いつも通り宇野から漕いで向かいます。
一旦、山口まで車を置きに行った私は角田隊士の車に便乗させて頂き、
宇野で飯山隊士、出口隊士と合流。
4名で小豆島へ漕いで向かいます。
 お昼からの漕ぎ出しでしたが、予想した通り暖かい。
暖かいというよりむしろ暑いくらいでした。
ラッシュガード一枚で十分な気温。
荷物として積んだドライウェアを着る機会があるのか心配になります。
横断隊後半には着る事になりましたが、ここ数年暖かい日が増えている事を実感します。

 ヘルシービーチで各隊士に再会。
いよいよ瀬戸内カヤック横断隊の始まりに心躍ります。

<初日、リーダー西原隊士>
 スタートから向い潮。
直島を越えてから北側に進路を取り、本土沿いで向潮を避けるコースを選択。
このルートは初めてで新鮮。
いつも昼休憩は大槌島に上陸して本土の方を見ながらですが、今回は本土から大槌島を見るシチュエーションとないました。
 昼休憩の後は追潮。
流れに乗りつつ瀬戸大橋を通過。
そして初日の野営地、本島に上陸。
 今回は原隊長の長男10歳の海惺君が隊士として参加。
お父さんとタンデム艇で最終日まで力強く、そして楽しそうに漕いでたのが印象的。
この先が楽しみです。

<2日目、リーダー工藤隊士>
 大潮に近い瀬戸内は流れが早く島のあちこちでボイルした波が立ちます。
島の北を通る方がよいのか、南を通る方が有利なのか、はたまた岸沿いが良いのか沖合がよいのか悩みながら漕ぐことになります。
リーダーは瞬時にその判断をしなければなりません。
潮目を越える場面で判断を誤るとすぐに隊がバラバラになります。
 関東や伊豆沿岸ではそれほど気にしない潮の流れ。
私は波立ってる所を見ると遊びたくて直ぐにそっちの方へパドルが向いてしまいます。でもそこは我慢。
横断隊は纏まっての行動が基本です。
とは言え、ちょっとだけ遊んじゃいました。反省。
何度漕いでも瀬戸内は勉強が絶えない海域である事を実感します。
 小飛島に上陸。
ここで藪の灌木で足の甲にえぐり傷を負う。
傷には強い方で、子供の頃から傷が化膿する事はあまり無いくらいの身体ではありますが、横断隊もまだ前半戦。
この先毎日海水に足を漬けている状態では傷口が乾く暇がありません。
さすがにえぐれ傷は癒える事無く、横断隊が終わるまで傷が塞がりませんでした。
横断隊を終えて家に帰る頃は腫れてしまい足を着くのが辛いくらいになってました。
過信する事無く、初期段階のケアの重要性を感じたのでした。
そして「もしもセット」にバンドエイドのキズパワーパッドを追加。
カヤック旅に防水性の高い絆創膏は必須ですね。

<3日目、リーダー角田隊士>
 海峡横断の途中で仕事の電話が入る。
最初は出るつもりは無かったのですが、電話してきた相手の事を思うと無視も出来ない。
思わず出てしまいました。
勝手に隊から遅れる格好になり、これは反省。
電話のあと隊に追い着くため猛ダッシュ!
 この日のゴールは弓削島。
弓削島の上陸ポイントには温泉あり。
温泉好きとしては入らずにはいられません。
まだ3日目ですが身体がほぐれました。
そして野営地に戻ると差し入れがいっぱい。
応援して下さる方々に感謝なのです。

<4日目、リーダー森隊士>
 いよいよしまなみ海道越えの日。
その前に佐島、津波島、伯方島の海域は右に左に流れが複雑なポイントを越えます。
流れのせいで隊がバラバラになりかけている時、リーダーはどうやって隊を纏められるのかが問われる場面です。
前の人が左に流されているのに自分は右に流されていたりします。
そして流されるスピードも違います。
実際バラバラになりかけました。
周りの船舶にも気を遣う必要があります。
こんな時、どうしていいのか未だに最善の方法が分かりません。
 バラバラといっても、なんとなく2~3人程の組になっているものです。
予め次の集合ポイント(見える範囲内)を決めておき小集団で行動するというのもよいのかもしれません。
 そして船折瀬戸。
時計を持たないリーダーでしたがジャスト潮止まりでした。
リーダーの潮読みの技術力の高さを見せつけられました。

<5日目、リーダー飯山隊士>
 倉橋島の海峡横断は進行方向に対して左右に流れる潮流の影響をもろに受けます。
大きな海峡ですので激潮ではないですが、そこがまた流れを読みにくいポイントでもあります。
リーダーは小まめに進行方向の修正が必要な場面です。
山立てでどのくらい流されているかを見ながら進行方向の角度を調整する訳ですが、
場所によって流れの速さや方向も微妙に違うのでしょう。
大勢の時はジャストを狙わずある程度大きくフェリー角を切り、最後近付いてから微調整をするのがよいのかもしれません。

<6日目、リーダー私>
 リーダーに任命されました。
スタート時は上げ潮。つまり本流は向い潮。
倉橋島を南下しつつ正面に見える鹿老渡島の陰に入っているから反流を貰っていると思っていました。
しかも海面はウエーブが出来ていて気持ちよく乗れる。
でも途中から横の景色が変わらない事に気がつきます。
(後でGPSのデータを確認すると4km/h程)
そんな時、後方にいた村上さんが前まで出て来てくれて、鹿老渡の橋を越えて島の西側に出てみてはと提案をしてくれました。
きっと皆も進まない事にヤキモキしていたのだろうと思います。
もっと島に張り付くようなコース取りをするべきでした。
 そしてこの日の最大のポイントは鹿島から津和地島を経由して周防大島に取り付くこと。
潮は大潮、諸島水道は潮が激しくボイルしている事が予想されます。
朝のブリーフィングでも隊長から諸島付近の危険具合の説明がありました。
ここには行くなよって事の念押しと認識。
ここは少し遠回りになりますが、安全第一で津和地島の北を通り情島と周防大島の間を抜ける事にします。
 まずは鹿島から津和地島への海況横断。
滑り出しは順調。
おそらく横断途中で転流となり黙っていても情島の方に流されると踏んでいました。
進行方向に対しては右に流されるはず。
正面に見える鉄塔の位置等から流され具合を確認して進んでいました。
初めのうちは目論み通り情島の方に進んでいたのは確かです。
ところが津和地島に近付くに従って、どうも戻されている。
つまり左に流されているのです。
途中から津和地島と怒和島の間の流れの方に引き込まれていたのでした。
 島に近付き大型船の航路から外れ安全と思われる場所で休憩。
フネを止めたら、さらにどんどん引き込まれていることを実感。
そのうち潮目の段差も迫ってきて、慌てて隊を進めました。
話には聞いていましたが、あんなに離れた場所から引き込まれるとは正直驚きました。
あのまま引き込まれていたら諸島水道コースとなり、どうなっていた事かとぞっとします。
まだまだ経験不足を実感したのでした。
 打って変わって情島と周防大島の海峡は実に穏やか。
なんでこんなに違うの?とこれもまた驚きです。
 周防大島に取り付いてからは、追い潮を受けるため岸沿いは避け沖を進みます。
目指すは沖家室島。
幸いにも他の船舶も遭わず、順調にスピードアップできました。
(後でGPSのデータを確認すると最大11km/h、平均8~9km/hは出ていた)
そしてキャンプ地は沖家室島の対岸の浜。
なんとか日没までには到着。
最終日を前に祝島の射程圏まで隊を進めることが出来ました。

<7日目、リーダー楠隊士>
 ラストはベテランリーダー。
なんの不安も無くいつものルートを漕ぎます。
田ノ浦から祝島への海峡横断は日没となりヘットライト、フラッシュライトを使っての漕ぎとなりました。
そんな中、祝島の船がづっと両脇を固めるように並走してくれて感謝。
比較的交通量の多い本船航路の海峡での夜間横断となりましたが、とても心強かったです。
 そして、夕日を背にする祝島の姿は更に神々しく胸に焼き付いきました。
祝島では岸壁に集また島の方々が拍手で迎えてくれ感激。
長島を漕いでる時に我々の傍を凄いスピードで追い越し、追い越しざまに罵声を浴びせていった船の人との違いを考えさせられました。

 第十六次瀬戸内カヤック横断隊、無事目標の祝島ゴールにて終了。(トータル267.2km)

 今回は岡山まで芳地隊士が同乗。
帰りは飯山隊士も加わり車の運転は交代交代で助かりました。
また、今回も祝島の方々、行程中様々な方達の応援、差し入れ等を頂き大変感謝しております。


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2003年第一次瀬戸内カヤック横断隊からの記録を掲載しています。

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