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2018第十六次瀬戸内カヤック横断隊レポート 南畑 義明

第十六次瀬戸内カヤック横断隊レポート 南畑義明隊士


瀬戸内カヤック横断隊への参加から5ヶ月。しっかり思い返したいような、あまり思い返したくないような、そんな気持ちでいます。写真を見返すと美しい瀬戸内の景色や思い入れある一人ひとりの隊士の顔。間違いなく私は瀬戸内の海と、共に漕いだ隊士のことを好きだと思います。

ただ「横断隊」として語ろうとすると、それは私にとって苦悶の日々でした。

・腰の痛み

持病の腰痛が限界に達したのは4日目でした。できる限りの対策はしてきましたが、船を運んだり、薪を拾ったりなど、すでに皆さんと同じ行動をとるのは難しい状況でした。リタイアも真剣に考えましたが、森隊士や原隊長の温かい心遣い、他の隊士の皆さんの物理的・心理的両面のサポートをいただき、全行程を漕ぎ切ることができました。皆さん本当にありがとうございました。

腰痛との付き合いは長いのですが、漕ぐほど、特に上半身の回転をしっかり使うほど痛みが和らぐのを知ったのは今回が初めてで、人生の中で新しい発見でした。

痛みが出始めて以降、体裁を取り繕うことを諦め、皆さんが薪を拾ったりしている間、まずは寝転んで少しでも回復に努めました。また、船を上まで複数人で持って運ぶのを免除していただきました。

出艇時はできるだけ皆さんの手を煩わせないように、荷物を積んでいない状態で水際まで船を引きずり、それから荷物を詰めるようにしました。確か、森隊士は序盤からそれをされていました。効率的だなーと横目で見ていたので、それを真似させていただきました。

腰痛は本当に傍目から見ても痛みがわからないので、痛みを訴えるのが難しいと改めて思いました。自分でも思っているより楽なタイミングがあるので、「楽なら可能な範囲で動かないと」と動くと「あれ?あいつ痛いとか言ってるくせに、動けてるじゃん」となりがちです。

そういう経験をたくさんしてきたのですが、「7日間漕ぎ切る」を目標に据え、できる限りの温存もさせていただきつつ、でもギリギリのところで食らいつく場面もたびたび迎えながらのゴールは、感慨もひとしおでした。

皆さんの助けなしでは辿り着けないゴールだったと思います。


・隊列やリーダーの役割

腰の痛みとも戦いながら、「隊列やリーダーの役割」について、ひたすら悶々と悩む時間も多かったです。この悶々がなければ、皆さんに助けられながら、瀬戸内の景色に惚れ、一緒に漕ぐ隊士たちの優しい人柄に触れ、すごく爽やかな一週間だったと思います。

このことについてあまり感情を混ぜずに書くために、私には5ヶ月が必要でした。

第十六次は「話し合いを前提とした場」を原隊長がマネジメントしており、そのマネジメントをベテラン隊士が支持、フォローしている、という構図でした。その構図が、前提とする「話し合い」に制限をかけてしまっていたんだろうな、と今になって思います。

私自身が未熟なため、感じているモヤモヤをあまりうまく言葉にできず、不必要に乱暴な言葉が他の隊士を傷つけていたとしたら、申し訳ないと思います。

隊列について、一番最初に疑問に思ったことは、そのときどきで漕ぎについてこれていない隊士が最後尾になることが度々起こったことです。私自身が普段、隊列について考えるとき、まず起こらないように気をつけていることがこのことです。

そうならないため、幾層にもチームのルールを積み重ねてその事態を防ぐ手立てを考えるところに、隊列マネジメントの妙がある、と思っている部分もあります。

そのことについて原隊長の考えを聞いて、基本的には納得はいきました。「自己完結」と隊長は言いますが、それはただ「マネジメント側は責任をとらない」のではなく、「管理することで成長の余地を潰さない」という意味の「自己完結」。

私自身の経験ではなかなかできないマネジメントで、漕ぎながら「なぜそれができるんだろう・・・」と悩み続けました。それをするためには「マネジメント側の余裕」と「リスクの大きさ」がバランスしなければいけません。隊長は何を見て、どう判断して、そのバランスをとっているのか。

小さな粗を見てはモヤモヤしながら、その粗が、個々の成長の余地であり、管理だけでマネジメントすることの限界でもあるのかもしれない。そんなまとまらない考えを巡らせながら7日間を過ごし、その経験が、今の会社運営にも確実に役に立っています。


・指示の伝達について

漕いでいる最中にリーダーから指示や進路の変更があった場合、隊士が復唱して後ろの隊員まで伝達するのですが、これが風が弱いときでも時折機能していなかった。2列目から見たとき、後方のベテラン隊士が復唱や返事の手を抜いているのか、あるいは聞こえていないのか判断がつかないことが多かった。

聞こえているなら返事をする、を徹底すれば、聞こえるまで何度も2〜3列目の隊士が伝達する努力をするのだけど、その曖昧さもリスクに感じた。ユージさんが言っていた通り、遅れている人は漕ぐ手を止められないので聞き取りにくい。そういう意味で突風などを平時にどこまで想定できているのか、判断しかねる場面が見られた。

日程の後半は1、2 列目の隊士が疲れてきて前を向いたまま声を張らずに復唱しているのを「きちんと後ろまで聞こえているか」を確認しつつ、時折聞こえてないと判断して横を向きながら大声で後列から伝達していました。

普段はこれでいいのですが、万が一の突風時には伝達システムは機能しなかったと思います。隊としての連動は高度ではなかったです。


・漕ぎのフォーム

参加してみて、自分が漕ぎのフォームが固まっていないからか、完漕には「漕ぎのフォーム」が大切だと感じました。2日連続で40km以上漕いだことがなく、初めての参加を検討している方は、そういう指導を事前に受けることをオススメします。

初参加で女性の花井隊士は、横断隊に参加するまで、1日に何10kmも漕いだり、キャンプツーリングをした経験がなかったそうです。しかし、7日間きっちり漕ぎのフォームを崩さず、性別のハンデも感じさせず最後まで力強く漕ぎ切る姿には、驚きと尊敬を感じました。

同じく初参加でキャンプツーリングの経験がこれまでない出口隊士も、漕ぎの指導を事前に受けていたからかスピードでも持続力でも横断隊のペースに全く問題なくついて来れていました。

自分は体格に多少恵まれている部分もあり、無茶苦茶なフォームでもスピードはギリギリついていけましたが、フォームが固まっていないため余計な負荷が体にかかり、手にマメが二ヶ所、皮膚の擦り切れが二ヶ所できました。手袋や絆創膏を欠かさずしていたため漕ぎに支障がない範囲でしたが、横断隊のベテラン隊士さんの漕ぎを見ながらフォームを修正していなければ、よりひどい状況になっていたと思います。

・風邪を治しながら

開始の2日前から、長引きそうな喉風邪を引いてしまい、前半は風邪を治しながら漕ぐことになりました。体調管理は期間中だけでなく、事前にも十分気をつけなければいけません。

前半戦では、夜は早めに寝て、体を極力冷やさないようにするのを徹底しました。しかし、目や鼻の粘膜が弱っていて焚き火の煙のちょっとした直撃で結構なダメージを負うため、暖まりたくても焚き火に近づけません。しかし体を冷やせば、一気に体調が悪化する。しかし1日漕いで濡れたシャツは冷える。そんなギリギリの綱渡り状態でしたが、何とか3日で治すことができました。


・止まらない咳

6日目の夜中に突如、咳が止まらなくなりました。喘息などを経験したことのない自分には初めてのこと。出発前夜から毎日焚き火にあたり、喉風邪もあり肺にダメージが蓄積したのかもしれない。もしかすると焚き火に使った木に、クレオソートなどが混ざっていたのかもしれない。たまに他の隊士も似たような咳を少しだけしていた。

・生活力&あって便利だったもの

2017年に陸上サポートで隊士の皆さんとお話ししたときに「大事なのは(カヤックの能力より)生活力だよ」と教えていただきました。普段から自炊もそれほど頑張らないため、それはそれで自分を鍛えるにはいいチャンスだと思いました。不安はあったのですが、事前の準備もあり(腰以外の部分に関しては)何とか大体一人で完結できたのではないかと思っています。

今回持って行って便利だったのは「枕に使える腰当てクッション」で、腰当てクッションなしでは長時間漕げず、枕なしでは眠りが深くならない自分にとっては最も必要だったものです。おかげで夜もぐっすり眠れ。朝5時半までにはスッキリ起きられました。

次にあって便利だったのは「フルドライ」のウェア。今次はフルドライは自分だけでしたが、漕ぎ終わったらフルドライを脱いで上着を羽織れば即オフモードに切り替えられるので、それがとても便利でした。

果物のみかん、バナナ、りんごは行動食としても優秀で、ビタミン補充に大いに役に立ちました。

水は12リットル持って行きました。今回途中で水を補給できる場所が2回以上ありましたが、自分は不足していなかったのでそのまま補充せず、最終的に約3リットル残りました。米を炊いたりしなかったので、使うタイミングが少なかったのですが、大体そんなものかな、と思いました。

事前にこれまでの横断隊のレポートを読んでいると皆さんがビールを持ち込むことが分かりました。自分は下戸のため500mlのジンジャエールを6本持ち込みました。オフモードに切り替えるのに炭酸の刺激がちょうど良かったです。

絶妙に役に立ったのは、砂浜や砂利に強いペグ。テントはmont-bellのクロノスドームですが、付属品ではなくTriwonderのひねりが入っているペグを買って持って行ったら、すごくきちんと地面に刺さって、これは良かった。今回は風が強い日はなかったけど、地面に合った強いペグを打つだけでテントで寝る安心感が断然違うと思います。

衣類圧縮袋。これはパッキングの難易度を一気に下げてくれる必需品。荷室の余裕は、追加のお菓子やビールの隙間になって、心の余裕に直結する。とても役立ちました。圧縮袋に入るサイズの寝袋を直前に紛失してしまい、少し大きめの寝袋を持っていたのだけど、それが一番パッキングで容量をとってしまった。そのせいか自分の船は隊士の中でかなり軽い方だったように思う。

・持ってこれば良かったと思うもの

海図。今次はベテラン隊士は海上で見るのを禁止されていましたが、ベテラン隊士でも陸上では禁止されていませんでした。参加回数の少ない隊員は海上でも海図OKでした。参加するまでその塩梅が分からず「禁止されているなら持っていかない方がいいな」と判断して、大いに後悔しました。初参加者は絶対に持っていた方がいいです。海図がないと細かい島や岬の名前が全然覚えられない。

デッキバック。みなさんスマートなデッキバックで、自分だけハッチに色々挟みまくりで不恰好でした。7日間、地味に恥ずかしかった。

夜間航行用の背面側シグナルライト。夜間にパドリングしたことがなく、知識として必要なことは知っていたが用意を忘れてしまった。ヘッドライトは勿論、シグナルライトも必要。

ロキソニン。事前に薬局に寄ったときに買っておくか迷ったのですが、自分で痛み止めを持っていれば少しでも自分で完結できない部分を減らせたと思います。かさばるものでもないので。腰の持病がなくても、何なり痛みと戦う場面が訪れる可能性は誰にでもあるかもしれない。

隊士の皆さんへの差し入れ。大人として当たり前?の日本文化が、7日間の限られた荷物の中でも繰り広げられるのを見て少し焦りました。いかに荷物を減らすかばかり考えていたので、そこまで考えていなかった。それもあって、会社の仲間に頼んで差し入れを持ってきてもらった。「ビールと何か持ってきて!」と頼んだら、まさかの寿司を買ってきたのはファインプレイ?だった、のかな?ちょっと現実に引き戻された感があったけど、隊士の皆さんに喜んでいただけて良かった。塚本隊士のおでん、出口隊士の干し柿、花井隊士のみかん、連河隊士のおにぎりなどなど、差し入れどれも美味しかったです。

・持って行ったけどいらなかったもの

パソコン。期間中にレポートを書くために持って行ったけれど、一番小さいmacbookでもパッキング時に邪魔だし、1日1日の記憶が濃いので旅が終わった後でもレポート作成は十分。

服を干す用のロープ。これは自分が下手くそだからなんだけど、服を乾かすことが全くできなかった。焚き火の近くで着ている服は乾かせるけど、脱いだ服を乾かそうと夜の間にロープで干しても夜露で逆にさらに濡れるし、焚き火は1ヶ所だけなので他の隊士が焚き火に当たれるように気を使って、焚き火の周りに自分の衣類を干すことができなかった。その辺りは、しっかりベテラン隊士さんとコミュニケーションをとれれば良かったな、と後悔している部分。まぁ乾かなくてもそのまま同じシャツを着ていればどうにかできる感じだったので切羽詰まらなかったことも解決しようとしなかった理由の一つでもあります。


・「強い個を作る」

やっぱり5ヶ月経っても安全管理の部分に関するモヤモヤが完全に消えたわけではないですが、原隊長のマネジメントや16回も積み重ねてきた瀬戸内カヤック横断隊のノウハウを初参加の自分が理解できるわけもないし、それを宿題にもらったと考えれば、それは単なる答えよりもよっぽど価値のあるものだと思えるようになってきました。

所々モヤモヤしていた自分を見て、原隊長が仰ったのは「横断隊の目的は、強い隊を作るんじゃなくて、強い個を作るんだ」ということ。その一言でモヤッとした部分がなくなったわけではないですが、その言葉の漕ぎながらのんびり咀嚼していました。原隊長は全ての答えを言わず、考える余白を残してくださりました。それが私にとってはすごく贅沢な時間でした。
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2003年第一次瀬戸内カヤック横断隊からの記録を掲載しています。

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