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2016第十四次瀬戸内カヤック横断隊レポート 楠 大和

第十四次瀬戸内カヤック横断隊レポート 楠 大和

 昨年第十三次は、第一腰椎圧迫骨折とその他事情が重なって参加できなかった。第六次から継続しての参加が、初めて陸(大三島)から瀬戸内カヤック横断隊を見た。色々な理由があって参加できない人の気持ちが分かる貴重な体験ではあったが、やはり一緒に海へ出たいと強く思った。今次、集合場所は小豆島のヘルシービーチ。小豆島のシーカヤックガイド山本隊士に段取りをしていただいた。同じく小豆島のシーカヤックガイド連河隊士からシシ肉料理を頂いた。二人とも今次は参加できなかったが、顔を見ることができて嬉しかった。また、坂出の漁師であるビーテンさんからも高級なアナゴ等の海の幸を頂いた。ありがとうございました。
 11名の隊士が集まり、初参加者は無し。女性隊士は松山から島津隊士一人だった。久しぶりに少なめの人数での行動で、航海中や陸の生活の伝達や動作が進めやすいと感じた。天候や潮汐にも味方され、六日目の夕方までに祝島へ着陸できた。本来、瀬戸内カヤック横断隊の行程は七日間を使って最終目標地まで漕ぐことになっているが、今次の七日目の天候は田ノ浦から祝島の海峡越えに影響があると判断し、六日目に横断したのだ。この決まり事を変えたことに賛否両論あるが、僕は今次の『六日目に目標達成』はいい判断だったと思う。予想通り七日目の海は時化ていたし。おかげで祝島の島民と、充実した時間を過ごすこともできた。握手とか。次はハグまでもっていきたいと思う。

 初日、北東の風と追い潮で最短距離を一気に進めた。瀬戸大橋の下など難所もあったが、全体的に漕ぐリズムが良かったと思う。着陸地点は初めての野営場所である小島。夜、雨予報が的中し焚き火の時間は少なかったが、できただけマシだと思いながら早めに身体を休めた。二日目の朝、前線が通過したのか激しい風雨の中でテントを撤収し、海へ離陸した。定番ルートと言ってもいい走島、鞆の浦方面、田島、横島の南を目指した。ここを漕ぐ時によく思い出すことは第六次、自分が初参加で、デッキコンパスを頼りにガスの中を漕ぎ、百貫島へ休憩着陸した時のことだ。追い波の中、視界も悪く怖かったのだ。
 小室浜で村上隊士や工藤隊士と仲の良い岡崎さんより刺身の差し入れを頂き、更に、尾道のシーカヤックガイド森隊士が温かい鍋料理を差し入れてくれた。今回一緒に過ごせなかったのは残念だったが、顔を見ることができ嬉しかったし、鍋も抜群に美味かった。ありがとうございました。横島の夜は豪華な食事と焚き火で満たされた。

 ここ数年でサブリーダーを置くことがあったが、今次より無くしたいと反省会中に言った。リーダーを務める中、先輩隊士に分からないことを相談できることが、瀬戸内カヤック横断隊の魅力の一つだと思う。ソロでは味わえないことだ。瀬戸内を良く知る先輩達から学べばいいと思ったし、サブリーダーを付けることにより、リーダーとしての学びの時間が減ってしまうような気がしたので提案した。瀬戸内カヤック横断隊でリーダーができることは貴重で大きな経験だと思う。

 三日目、久しぶりのリーダーを任された。弓削島で休憩時、弓削のシーカヤックガイド石田さんからミカンの差し入れをいただいた。ありがとうございました。石田さんともいつか横断隊で一緒に漕ぎたいと思っている。その前にベースへ訪ねて薪ストーブを前にしながら飲みたいなあ。
 しまなみは伯方島の船折瀬戸を目指した。気温と風のことも考えた結果、向い潮の流れが弱まる時間に合わせて漕いだ。目的地の大三島南岸へ明るいうちに着陸することと、パドリングを続けることでみんなの体温と漕ぐ気持ちを低下させたくなかった。雨も降ったし。転流時間はいつも通り事前にWEB潮汐表で調べていて、また島津隊士より陸路にある船折瀬戸最強時刻 掲示板表記 有津港(あろうづこう) 満潮15:46の写真も見せてくれていた。思ったより潮流が強く、漕ぎ進みにくかったし、海上で潮待ち時間を長く使った。
 後で原隊長より瀬戸内海の潮汐表の本から色々と教わった。来島と船折瀬戸の転流はあまり変わらないと認識しているし、実際、来島の転流と潮汐と1時間以上の誤差がある。この日はスーパームーンの後であり、何か影響することがあったのかもしれない。
 大三島の夜、愛媛のシーカヤッカー高橋さんが薪を差し入れしてくれて、焚き火の煙風呂に入れて嬉しかった。KOMPASスタッフシノちゃんと、二日連続で森隊士も来てくれた。賑やかで笑いのある焚き火ができ、酒もどんどん進み、身体の調子も上がってくるのが分かる。ありがとうございました。

 四日目、追い潮の力は借りられない中、倉橋島の亀ヶ首まで漕げた。十一次で村上隊士が隊長を務め野営した場所であり、その時の集合写真のみんなの笑顔が強烈で思い出す。特に中央でデッカク写った西表島のシーカヤックガイド赤塚隊士。来年は待っとるよ!同い年の隊士が4人いることはなんとなく幸せである。

 五日目は潮流の難関地である忽那諸島を漕いだ。諸島をいい時間帯で抜けられて、周防大島の南岸へたどり着けたことに安堵した。ここまで順調に漕いできたが、先の天候を予想すると祝島まで漕げるかどうか風が気になった。沖家室へ着陸すると、第十次の内田隊士(元隊長)から教わったことを思い出す。野営地の確認は海から見るのでなく、着陸して確認する。意外と野営地の奥行はあるものだと。

 六日目、やはり風が上がり簡単には漕がせてくれなかった。向かい潮と追い風がぶつかった三角波と大型船の引き波が合わさった時など、久しぶりに波の横殴りをくらった。あと沿岸の返し波とタイミングが合ってしまって、自分の舟がバーン バーーーンと大きく二度同時に弾かれた時などまあまあしんどいなと思って漕いでいた。祝島のヒサボーさんが漁船で出迎えてくれて嬉しかった。気持ちが上がった状態で最後の難所、田ノ浦と祝島の海峡を漕ぎ切って無事に着陸できた。
 夜は内田隊士と高橋隊士と合流することができ、宴会準備も整った。KOMPAS社長からの差し入れで反省会用のビールも調達できた。祝島の島民からたくさんの海の幸、米をいただき、本物のお風呂へ八日ぶりに入らせていただいた。過去の先輩隊士が作ってきた証が分かるし、今後の自分がやれることを考える瞬間でもあった。

 七日目、普段通り夜明け前に海を確認し、自分達が六日目に祝島へ着陸したことを考えた。海は時化ていて全員で横断することにリスクがあるなと、僕は再び判断は正しかったと思った。
 最終日リーダーの大田隊士も漕ぐ以外の大切なことを伝えたかったのだと思う。まあ人それぞれ思うことはあるが、祝島が瀬戸内の出入り口であることは変えられない。何が大切かを考えられる時間だ。
 この日、初めてヒサボーさん宅へ上がらせてもらって、ビールやツマミをご馳走になった。奥さんのノリピーからもみんなへ米や汁を作ってくれて優しさ半端無かったです。たみちゃんから炊き込み飯をいただいき、タカシくんからも海の幸をいただいた。ノブさんからビールも。島民のみなさん、本当にありがとうございました。

 解散日、僕は迷うことなく漁船の清水丸にシーカヤックを積んで帰ることにした。理由は清水さんと握手したかったことと、漁船から海を見たかった。ただそれだけだ。清水さん、ありがとうございました。
 ダイドックのベースに初めてお邪魔したが、いい所に住んでいるなと思いながら見ていた。マキちゃんから昼食にオニギリと味噌汁を頂き、ブチ美味かった。ありがとうございました。また遊びに来ようとすぐ思ったのだ。
 原隊長と村上隊士が漕いで帰ってくるのを待っていたが、愛媛に帰るフェリーの時間があって、先に動いた。高橋隊士のサポートに甘えさせていただき、無事に家まで帰ることができた。

 今次より海上保安庁への連絡とレポートブログ管理の役を山口県のシーカヤッカー角田隊士へ引き継いだ。今後の瀬戸内カヤック横断隊に良い影響を与えてくれることを期待中!ブログのデザインもいじってね。
 今次も楽しかったしよく笑った。今まで以上に雲の動き、島の形、潮の流れに敏感になれたし、隊士達や島民、応援いただいた方々とよく話せて充実した時間に満足だった。今次、理由あって参加できなかった隊士達も、また来年お会いできることを楽しみにしています。さあ第十五次へ向けてスタートです。みなさん、ありがとう!

 2016年12月27日 楠 大和
 

第十四次瀬戸内カヤック横断隊 完漕 航海ログ



第十四次瀬戸内カヤック横断隊航海ログ
2016年11月18日(金)~24日(木)
約258km 小豆島から離陸 祝島へ着陸

参加隊士
原隊長 大田 村上 楠 西原 三澤 工藤 井上 糸井 島津 角田

1日目 11月18日 (金) 晴れ
リーダー 西原
06:30 ミーティング
06:50 小豆島ヘルシービーチ離陸 ①
07:50 豊島南端10分休憩 ②
08:45 直島南側5分休憩 ③
09:50 大槌島トイレ休憩 ④
11:05 与島手前ミーティング休憩 ⑤
11:20 瀬戸大橋通過
11:40 本島南側昼休憩
12:30 離陸 ⑥
13:15 本島南東 5分休憩 ⑦
13:40 広島南西 5分休憩 ⑧
14:30 広島南東 5分休憩 ⑨
15:05 広島と小島間休憩⑩
16:00 小島着陸 ⑩


2日目 11月19日 (土) 晴れ
リーダー工藤 
07:00 ミーティング
07:40 出発
08:10 佐柳島 南岸 海上休憩
09:00 真鍋島 南岸 海上休憩
10:05 大飛島 海上休憩
11:15 走島 海上休憩
12:00 走島西岸 本土への横断前に海上休憩
12:30 鞆の浦沖タンカー通過待ち 約15分
13:35 小室浜 昼休憩
14:00 ミーティング後離陸
15:15 田島東 海上休憩
16:40 横島横山海岸 着陸

3日目 11月20日 (日)曇り時々雨
リーダー 楠
06:40 ブリーフィング①
07:00 離陸
08:05 上弓削島休憩②
08:55 ③~④移動しながらトイレ休憩(上陸す
る人だけ)
10:20 佐島昼食休憩⑤
10:50 ミーティング
11:05 離陸
11:45 津波島通過⑥
12:30 伯方島沖浦ビーチ上陸休憩⑦
13:05 離陸
14:10 船通過待ち⑧
14:40 見近島 伯方島間 橋脚手前海上休憩⑨
15:25 船通過待ち⑩
16:35 大三島着陸⑪

4日目 11月21日 (月) 曇り
リーダー井上 サブ島津
06:30 ブリーフィング
06:50 大三島離陸①
08:10 岡村島手前海上休憩②
08:30 岡村島観音崎トイレ休憩③
09:45 大崎下島南岸海上休憩④
10:45 豊島南岸海上休憩⑤
11:35 蒲刈上島県民の浜 上陸休憩⑥
12:10 ブリーフィング
12:25 離陸
13:25 海上休憩⑦
13:55 上黒島 通過 目標を亀ヶ首に設定⑧
14:20 海上休憩⑨
15:25 海上休憩⑩
16:00 亀ヶ首を回り込んだ浜 着陸


5日目 11月22日 (火) 晴れ
リーダー 三澤
6:30 ミーティング
6:50 亀ケ首離陸①
7:40 10分休憩②
8:30 鹿島南端10分休憩後津和地島へ横断③
9:30 津和地北東10分休憩④
11:00 屋代島北東端着陸 昼休憩⑤
12:00 ミーティング後離陸
13:10 10分休憩⑥
14:20 5分休憩⑦
15:20 沖家室大橋手前の浜着陸⑧


6日目 11月23日 (水)曇り時々晴れ
リーダー糸井
06:30 ブリーフィング
06:45 離陸①
07:20 海上休憩②
08:30 トイレ休憩③
10:00 海上休憩④
11:20 上関海峡手前の浜で昼食休憩⑤
12:10 ブリーフィング
12:15 離陸
12:30 上関海峡手前の浜でラダートラブル対応
12:40 再離陸
13:25 海上休憩⑥
14:35 海上休憩⑦
15:10 田の浦着陸、現状報告⑧
15:20 田の浦離陸、祝島へ向かう
16:10 祝島着陸⑨

7日目 11月24日 (木) 曇りのち晴れ
リーダー大田
07:00 ミーティング
それぞれの形で祝島と関わることを決定
18:30 反省会
行動終了

※丸囲み数字はリアルタイムであげていたログ画像に対応しているものです。後に整理します。

2016第十四次瀬戸内カヤック横断隊レポート 工藤 拓郎

2016年  第十四次瀬戸内カヤック横断隊報告   工藤拓郎


横断隊前日、今回も横断隊スタート地点まで公共交通機関で移動した。今回はカヤックと装備をヤマト便で当日着便でヘルシービーチへ送りました。

当日は自宅で仕込んだ食材と軽い衣類などを持って移動、ヘルシービーチへ到着すると井上隊士が先に到着していた。自分の荷物が届くまで井上隊士と話をしました。それにしても今回も「誰が来るのかわかんないよね?」5分割艇の話をしながら自分の荷物の到着を待った。ほかの隊士の集まる時間がゆっくりなことにちょつとおどろきました。意外に参加者が少ない印象を受けた。最終的に11名の隊士が集まった、初参加者はゼロ。夜は酒盛りというミーティングでリ ーダーが西原隊士に決定
夜のミーティングに西原さん(ビーテンさん)、連河隊士、山本隊士、おいしい差し入れありがとうございました。

1日目、この日気になったことは小与島を過ぎて瀬戸大橋を越える時に橋の手前がかなりの波が立っていたがそのまま進んだが、右の橋脚の方を見るとそんなに波立ってなかったのでそちらを通った方がよかったんではないかと思いました。追潮と追風で弾丸槽行、小島まで50.5キロ。初日から弾丸のように飛ばしましたね!西原隊士らしいリーダーだなあとおもいました。

西原隊士を後ろで見てて思ったが、それにしてもひと漕ぎで半端なく進むパワフルなパドリング・・・今回の参加者で最高齢には見えない。

2日目、朝起きて前日のログを見ようと 思って Facebookを見ると 「ムムム、無い・・・」角田隊士と話し合って一日目のログは角田隊士が上げることになっていたが...。書いている途中で寝たんだろなと思ったので すぐ自分が書いて Facebookにアップした。
【海図に軌跡を書いて見やすい工夫を取り入れてみた】
この日は前日の反省会で 自分がリーダーに選ばれた。前々回の12次の時と同じパターンですが今回はサブリーダーの居ない1人でのリーダーでした。
朝のミーティングで大体の流れを説明して離陸した。 離陸して隊長と村上隊士の二人が隊の方へ近づいて来ない、「え!トラブル?」と思い二人の方に近づくと


隊長 「なんだ南から行くの?」


自分 「そうです」


隊長「わるいわるい」と・・・(こんな感じの会話があった)


あとから考えたら北のコース取りの方が良かったのかなと思った。 (ベテラン隊士の動きは学びが宝庫)

小島を離陸して佐柳島の南端へ横断したが北を通っていれば佐柳島の北を通るルート、南を通るルートとの選択がしやすかっただろうと思いました。

今回のコースは前半戦は島横断が多いし潮流が変わる分水嶺を越えて潮が向かい潮になるまでが勝負どころかなと思いながらリーダーをした。午後からの風も心配だった。【途中遊魚船の船頭さんが風が吹くから気をつけてと言われた】南端、南端、と最短距離を狙い過ぎていた、
「いつ風が吹いていいように島の真ん中を狙うコース取りをするべきだよ」と隊長にアドバイスをもらった。村上さんや隊長がアドバイスをくれていたが全然理解していなかった。今回4日目に気づいた

今回は最終的な着陸場所を隊に言わなかった、言わなかったせいで最終的にどこに着陸するか隊のみんなには焼きもきさせてしまったと反省。西原隊士にも指摘された。自分としてはまだ2日目で少しでも進めるのであれば進んでおくべきだと思っていたので着陸場所をあえて明確に言わなかった。(おそらく行けて横島か弓削島と濁した)もし着陸点を横島と言って順調に進んで横島に3時に着陸できた時に、時間があるので弓削島迄行きましょうと言えなくなると思った・・・3時には横島に到着していなかったのでその心配はいらなかったが。


小室浜に着陸する前に大型船の通過待ちに30分以上足止めを食った、大型船を交わせてももう1隻クレーン付きの船がいたので行かなくて正解だったが 止まって待つのであれば船の逆方向に向かって漕ぐべき だった。個人的に満載の船の姿に感動していた。横断隊の舟と一緒で喫水の下がった船は船の本来の姿でカッコいいと言うか美しくと思う。


小室浜に着陸、お昼休憩を通常の半分の25分にした【昼休憩の時間は決まっていないが通常だと5,60分】ここで村上隊士に阿伏兎から
風裏の田島の北側を行った方がいいんじゃ無いかとアドバイスをもらったがそのまま南側のコースを取った、かなり向かい風にやられながら前進した、「あ〜~あ、アドバイス通り北側だったなあ」と思いながら岸沿いを進んでいた、田島を過ぎて横島に渡るときにこのまま進むより横島の北側に進むことにしたが、村上隊士に止められそのまま横島へ横断、横山海岸へ着陸、終了。自分としては田島沿いに北上して横田港の先の 浜に着陸しようと思っていた。結果として何回も野営している場所の方が安全に野営できるので横山海岸で正解でした!
この日は森隊士から鍋の差し入れと鞆の岡崎さんからサーモンとたこの差し入れでリッチな晩御飯になりました、本当にありがとうございます。

3日目、この日のリーダーはベテラン隊士の楠隊士。
朝離陸してから順調に伯方島の沖浦ビーチに着陸、潮待ち休憩をして 船折瀬戸へ、リーダーの計らいで潮流を体験しようということになって潮流を感じながら漕げて勉強になったし面白かったです 。無事大三島に着陸、終了。


この日は、石田さんみかんの差し入れありがとうございます。



4日目、上黒島へ向かっいるときに隊長がリーダーに南に流されているので島の南端ではなく真ん中辺りを目指すようにと指示をだした。
その時「この場面は自分がリーダーした日と一緒だなあ」と思い隊長に質問をした。どうやってそんな判断をしているのかと。

隊長、「出た所と行きた所をパドルで結んで決めているだよ」と教えてもらった。そのお陰で、2日目の自分の失敗の原因に気づいた。
パドルで海に一本の線を引いた、海上に一本の歩く道が見えた気がした。
そのあとしばらく海図と自分の位置に気をつけて漕いだ。

今まで回りを見ているようで見ていないと言うか見え ていなかった自分に気づいた。海図は平面だがもっと立体的にとらえるべきと言うか感じるべき(山の高さ、人工物、橋や工場etc.)、他の船舶、風や潮流の状況、早め早めに個々の状況を総合的に判断して安全に漕がないといけないとこの時思った。
亀が首の浜に着陸するときに人生初の降り沈を体験、パドルをコックピットの後ろにおいて降りようした時にパドルを波にさらわれてそのままくるっと沈・・・すぐにコックピットから脱出、事なきを得ました。パドルはなにがなんでも離しちゃダメですね。


浜には流木も多かったがゴミも多かった。いい野営地なのにゴミにはうんざり、人間が出した物なので人間がどうにかしないといけない問題だと感じた。



5日目、リーダー三澤隊士
この日は絶不調・・・朝の3:30には起きてごはんも食べていたのに係わらずパッキングは離陸直前までぐだぐだ、 鹿島から津和地島までの横断の時もひぃひぃいいながら遅れないように漕いだ、着いて行くのが精一杯。遅れて隊を待たせたら夜の反省会でゆうじ隊士に「工藤みんなを待たせるなんぞ、10年早いはバカかーー!だからブサイクなんじゃ」と言われまいと一生懸命漕ぎました。行動食もガンガン食べたこれじゃいかんと思い、パドルカレントにつかまってるのかと思い横に逃げてみたが変わらず、たんなる疲れか、前日の降り沈のショックか、不調の理由は不明。


6日目 リーダー糸井隊士 朝はバシッと時間前に集合、離陸。

周防大島から平郡水道横断中、これはちょっと祝島までは無理かも?と思いながら漕いでいたら自分の舟にラダートラブルが発生した。
単純なトラブルで自分の舟は隔壁が無いので荷物がずれてきてラダーペダルの裏に当たって踏み込めなくなっていた。渡りきったら時間的にもお昼だろうなと思っていたのでそのまま漕いだ。
ラダーの役割は重要だと思い知らされた反面無くて漕げるように普段から練習をしないといけないと痛感。昼食後、糸井隊士の舟にラダートラブルが起きた。隊長と楠隊士が処理に当たって直した。反省会で隊長がこの事について話しがあった、隊としてはやはり全員で修理に当たらべきだったと反省してます。

しかし全員が着陸と離陸時間を考えると最小人数で修理に当たった方がいいんじゃ無いかと個人的に思いました。

井上隊士が岩に乗り上がると言うアクシデントがあって「ア!沈になる」と思ったがならずに良かったです。【今回の横断隊の中で1番やばいと思いました】
田の浦から祝島まで無事に祝島着陸、6日目終了。反省会は島民の会の家で行われた。


7日ぶりに屋根の下で寝れて最高でした。



7日目、リーダー大田隊士、朝のミーティングで強風のため風待ちが決定、お昼にもう一度ミーティングをすることでいったん自由時間に、平さんの棚田へ行く人や島を散策する人など各隊士が思い思いに過ごしました。自分はカヤックを置いている浜に打ち上げて ある小舟を見たり公衆トイレ前の碑を見て過ごしました。昼のミーティングで強風のため離陸を断念。7日目の反省会をして終了。

解散後の朝、内田元隊長と高橋隊士を港迄送り、その後朝食、家の掃除をして終了。清水丸で帰る人を見送り、高速船の時間まで暇だったので三澤隊士と糸井隊士とでコーヒー屋さんでまったり過ごしました。
その後二人を見送って自分も高速船、電車を乗り継いで帰宅 横断隊終了。


今回の横断隊をふりかえって


今回祝島へ着陸したときに今までのような感動は無く以外に冷静な自分がいた。無事にゴールできてうれしい気持ちはあったが、ゴールは結果であって、大事なことは漕いで、何を学んでこれからどうするべきかが大事だと学んだ海旅でした。祝島に着くまでの6日間はカヤッカー工藤としての学びがあったし、7日目は人間工藤としての学びがあった充実した7日間でした。7日目は色々ありすぎておこがましいことは書けませんがそこには現在の日本の縮図がありありと存在していた・・・現実があった・・・それぞれの現実が・・・【まだ自分の中で消化できてませんので時間をかけて振り返ってみたいと思います】

今回振り返る事の大切さを 学んだ、いつも先に先に行こうという気持ちが強すぎて目的地ばかりを見ていた、振り返る事によってよりいっそう目的地が見える事を学んだ。

横断隊の焚火について 横断隊が終わってふと本棚を見ると宮本常一先生の本が目に入ったので久しぶりに読んだ、そこにこんな一文があったので紹介します。 引用 私の日本地図3 下北半島 宮本常一 P112

「われわれがある農家をたずねて、村の昔のことを4,5人の人にきいてみたいと、その場で誰と誰というふうにその家のものがよびにいってくれ、あつまって来るのが火のほとりである。そして話がはずむ。火をかこんだ車座というものは人間関係に上下をつくらず、また不思議に人の心をなごやかにする。人が火を知り、火を利用することになったとき以来、火が生活の中心になったことは長い人間の歴史がこれおしめしている。火がいろいろに分裂してしまってから、人は火をかこむということが少なくなったが、農家にはまだその火がある。めらめらともえる火はじっと見つめていると、何時間でも見ていられるものである。そして心をあたたかくする。そういう火をほろぼすまいとする配慮は、まだ 年老い た農民の中には強くのこっている。」と書いてあった、横断隊の焚き火も車座になり人間関係に上下を作らず反省会をしているなと思ったし、横断隊のこの火を滅ぼしてはいけないと思いました。


終わりに 、今回の横断隊は自分の役割を意識して参加しました。前回の隊長のレポートに「横断隊にはヒエラルキーは存在しないが個々の隊士の役割は存在する」と言っていたので意識しながら参加した。

今回のゆうじ隊士の迷言ならぬ名言は、「パドルかめかめは」と「とろける地~図~」ですね。
それに観察眼の鋭さには驚かされました。大仏工藤漕ぎの命名ありがとうございます。天才植木職人の片鱗を垣間見ました。

祝島のことをネットで調べていて動画で発見してシンパシーを感じたので書いておきます。


にっぽんよ にっぽん  


あいするにっぽん


みどりのにっぽん


あおいうみ


にっぽんよにっぽん


わしらがおくにまだまだまもめるぞ


じ かんはあるぞ どどんがどん


NHK 鳩子の海より


 ユーチュウブに動画があります。      https://www.youtube.com/watch?v=KsysP9sSnUI

なぜ自分が海を漕ぐのかと聞かれたら、「そこに海があるからでも、嫁が居ないからでもなく、現実があるから」と感じた今回の横断隊でした。

今回も色々とサポートや祝島での宿泊場所や食事、お風呂などありがとうございました。

P.S.今回漕ぎながら村上隊士と何回か餅をついたが1升ぐらいついたでしょうか?もと~~い~~~~!

                                     

 報告おわり。

2015第十三次瀬戸内カヤック横断隊レポート 森本 まきよ

2015第十三次瀬戸内カヤック横断隊レポート 森本 まきよ

遅くなりすみません。
私にはとても貴重な時間、毎日がハイライト。総括するのがもったいなくて今回も備忘録
兼ねた日記形式です。

なので、また長いです。

***********


とうとう山口に着いてしまった・・・
なつかしい風景、一段と大きくなった子供たちや久しぶりの顔に会えたうれしさはあるけど、
去年のことがはっきりと浮かんでくる。

サスティナブルな暮らし、上関原発建設阻止のために祝島へ引っ越した友人一家に海から
会いに行くという、半分冗談の約束を実現させたい。という思いだけで参加してしまった
第12次横断隊。たった7日間でもあり、7日間もある海旅だけど、終わってから持たされる
賜り物は7日間なんかでどうにもならないくらいの量である。
 
海に出るときの在り方、漕ぎ方、感じ方、そして陸にいる時の在り方・・・
良くも悪くも、陸にいても海にいても、ずーっと頭に、肩に、心に乗っかったまま。

帰ってからしばらく海にでるのを避けてた気がする。

暖かくなり、そろそろ漕ぎ始めようかな。と思った矢先足を骨折、人生初のギプス。
ギプスもとれ、いよいよ。と思ったら追突され、ひどいむち打ちに加え、まだ
完治していなかった足の痛みが復活。

 
ようやくちょっと漕いでみようかな。と思えたのは10月に入ってから。
翌月には横断隊がある。
 

第12次が終わってから自分の未熟だったこと、もっと何かできたんじゃないかなどという
反省は湯水のごとく湧いてくる。同時に「ただ漕げればいいのか、品行方正ならいいのか、
スキルがあればいいのか・・・それなら学ぶ場としての意味、団体で行動する意味ないやん。
参加条件をもっと細かくすればいいやん・・・」という思いもあった。
オカド違いな逆ギレであるのはわかっているが、私にとっては色んな事を感じて考え、
迷い悩みもした7日間、1年間だった。
 
 
と、同時にこれは2年続けて参加しないと全く意味がない。とも。
もう気が向くとか向かないとかの問題じゃない。ある意味、強制参加(個人の考えです)、
初回は連続2回で1セットのような。

なぜならあの1回で辞めてしまうと
「祝島にも行けたし、なかなか他ではできない、いい思い出づくりができました」
「女なのに横断隊に参加して祝島まで行ってすごいねー」
で終わってしまうと思ったから。

私のレベルじゃあんなの1回だけでは何もわからない。横断隊参加したとか恥ずかしくて
言えないし、すごいなんて畏れ多くて受け取れない。

カヤックはまじめに遊びたいし、参加する隊士やサポートする人を知ると横断隊とは
そういう関わり方はしたくないし、できない気がした。

でも、参加するのなら少しは成長した自分を見たいし、祝島までひっぱってもらった
隊士たちにも何か感じてもらいたい。という気持ちも。
 
参加するなら当然、最低でも次は遅れることなく漕げるようになっていないと。けど、あと
2カ月弱しかない。自分の予定では1年かけてじっくり力をつけて。。と思っていたのに。
 

迷いながら、久しぶりに海にでた。
 
すると、
不思議な事に長い間漕げてなかったのが逆によかったのか、頭で考える漕ぎ方じゃなくて、
すごく自然に素直に体が動く気がする。頭だけで分かっていた漕ぐ時の、超簡単な当り前の
ことが体にやっと繋がったのだ。
ずーーーーっと試行錯誤し、探していたことがやっと見つかった。
結果、以前よりエアパドルも減り効果的に楽に速く漕げるように!
 
そして、借りた5分割のシメスタが今まで使わせてもらったカヤックの中で一番自分に
フィットしてる気がした。上体がちょっと上ずる感じがするが、でも動かしやすい。

 
「(いろんな海況に対応できるスキルが十分でないなら)自艇を持たないと何も始まらない」
ということが横断隊に参加して一番痛感したこと。(個人的な感想です)
2回目の今回、参加するなら最低自艇で行かないと。
問い合わせてもらったら何とか間に合いそう。思い切って注文。
 
舟にも慣れないといけないので、体調を見つつ自艇が来るまで五分割を借りて漕ぐ。
7日間+移動など、腰、大丈夫なのか?との不安がなくなりはしないけど、とにかく
その日まで漕げてなかった分、少しでも漕がないと。海に慣れておかないと。

 
せっかく前向きになっていたのに(笑)スペアパドル用にと考えていたアリュートパドルで
練習していた時、急に強くなった向かい風になれないパドルで身体をこじてしまい
腰をいためる。
その痛み、漕ぐ体勢になるとでる・・・
わーーーーっ!
 
やっぱり参加するのやめようか。舟もなかなか連絡がこないし。。。
やめる。って決めたら楽やろなぁ。ん?ほんまに楽かな??
 
そんな悶々とした日を過ごしていたら、参加する。といっていた同期の隊士が
ぎっくり腰をおこした。と聞いた。でも参加すると。
 
そして三河の女性ガイドが紀伊半島を1人で周る途中にアイランドストリームに寄港、
1人で日の岬や潮岬を越えるんだ。紀伊半島を1人でキャンプしながら・・・
 
出発に間に合い(間に合ってしまった・・・)配送すると聞いていた私の舟、水野さんが
熊本から車で持ってきてくれた。

やっぱり参加は無理、やめようかな?に寄っていた気持ちがぐらぐら。
その時湧いたのが、「ただ漕げたらいいんか」という私の逆ギレ、これで辞めれば私が
それに反することになる。
 
たまに腰にはびりっと電気が走るけど、でも漕ぎは変わってない。ちゃんと進む。
 
祝島の友人たちに海から会いに行きたい。という目標がなんとか達成できた後は特に
これといった目標はない。
ガイドでもないし、ガイド修行中でもない、できれば「カヤックやってます。」ではなく、
いつか「カヤッカーです」と言えるようになりたい。という位。
 
でも、参加しない。という理由もない。

 
わざわざ車で届けてくれた水野さんに「無事帰ってきました」という報告ができれば。
という理由で参加することに。
あかん理由かな?と思いつつ。


 
海旅の前に長い長い心の旅。前置きが長い。
でもそれくらい、私にとって横断隊は「ちょっと行ってくる」で参加できない、大きなもの
なのだ。覚悟が必要になる。
1回経験した。という慣れというか、安心感はあるけれど、1回経験した。という不安と怖さも
ある。
あの12次で初めて「何が起こるかわからない。」ということを経験したから。
今思うと「これが続くと死ぬってことなんかもなー」と思うくらい「しんどい」を通り越して
いた。
 


山口へ向けて出発。今回はにぎやかな車内。やっぱりみんなかなり個性的である。
8時間ほどの長い道中、休憩には必ずストレッチをして固まった体をのばし、意識的にケアを
した。同じようにケアしてる人もいるし、熱を出して鼻をずっとかんでる人もいる。
 
大変なのは私だけじゃない。もちろん私以外はみんなキャリアや経験が段違いに豊富な人たち
だから、しっかりそれをカバーする術をもっているけど、個で見れば皆それぞれ何かある。
全てのコンディションが完璧に整って参加する人はないはず。
 
もやっとしたものが後部座席でにぎやか~に座っている隊士たちを見て(にぎやかなのは
1人でしたか・笑)どんどん削ぎ落され、不安はあるけど軽くなってきた。
 
 
 
平生町。懐かしい顔、初めましての顔に出会い緊張も増してくる。
去年、ヘロヘロだった時にうどんとチョコをくれた人(この後に漕ぐ2つの瀬戸に緊張しすぎ、
小柄な女の子としか覚えていなかった)が裕ちゃん、島津隊士だったと初めて知った。


出発地の祝島へ。

できるだけ体力は置いておきたいから漕ぎたくないな~という気持ちと、新しい舟に7日間の
荷物を積めた感触を前もって確かめられるという気持ちと。
祝島まで漕いで痛かったらやめよう。
わくわくとドキドキ、おなかが痛む。ただのパッキングに緊張しすぎて息が上がる。
いざ出艇という時、三輪車に乗り見送りにきたみとちゃん達を見てやっぱりこのままここに。
と思いながら出艇。
 
 
時々腰は気になるものの、単純に漕ぐのがすごく楽しかった。
今回は祝島が近かったからかもしれない。すぐ着いたよ。
これなら大丈夫かな?

 
今回、自分に出した参加条件がある。

・どんなことも楽しむ。(意味づけしない。そういうものとして処理する)
・自分を必要以上に追い込まない。
・過去のことを持ち出さない。
・とにかくなんでもいいから食べる
・いい事もわるい事もその日起こったことはその日のうちに完了させる
(次の日に持ち越さない)
 
 
漕ぐことはもちろん、どれだけ自分をコントロールできるか、7日間、自分を機嫌良く、
過ごさせられるか。が私にとっては一番大切なことのような気がした。
 


【1日目】
 
リーダーは同級生。すごいよ、いきなりリーダー。
 
まだ周りもあまり見えない暗い中、ぽつぽつとヘッドライトの小さな明かりと人が動く音
だけが聞こえる。これが余計に緊張感を湧かせ、焦らせる。と同時にどんどん意識を自分に
向かわせる。
 
横断隊の毎朝の出艇時はなぜか以前やっていた剣道の試合、礼をして相手と向かい合い、
竹刀をあわせ、試合開始の声を待っている時を思い出す。
前回も。海と戦うのではないのに。不思議。

 
高橋一家、今回は見送り。あの見慣れた旗をふってくれる姿を見ると、胸がきゅーっ、
鼻がつん。とした。やっぱりここでいようかな。
 
 
過去は持ち出さないと決めたのに、初日はやっぱりかなり緊張、怖い。
ほの暗さがその気持ちを一層強くする。
前年、必死の想いで漕いだところだからだろうか。
 
思っていた以上に波が立ち、まだ慣れていないこともありぎくしゃく、変な力が入る。
リーダーがいう方向よりなぜかちょっとずれる、できるだけ無駄な距離は漕ぎたくない、
けどそれに気をとられると遅れる。
 
こんな時、自分だけができていない気になってしまう。
落ち着いて、エア漕ぎにならないように。ずれても今は前へ進もう。
 
海峡を越えて田ノ浦へ。やっぱりあの時のことを思い出してしまう。
落ち着くと安心したのか(沈もしなかったし)少し慣れてきた。
すると一体何が起こったのか?思っている以上に漕げる。進む。なんで??
 
自分が一番びっくりの怪奇現象。一掻きですごく進む。
この舟、すごいなー。水野さんありがとう。
同級生のリーダー、きっとすごいプレッシャーや緊張感でやってるんだろうなぁ、彼も
漕ぎやすいようにサポートしないとと思いつつ、ちょっと進み過ぎな気もしたけど私のこと、
絶対そのうち遅れてしまう、今のリズムを崩したらまたフォームが崩れそう(結果遅れる)
な気がして進みすぎてしまう。
前回、私を気にしながら漕いでくれた人たち、しんどかっただろうなぁ。
 

 
【2日目】

この日は早くから緊張の連続。最初の難所をやっと越えたと思ったら次は嫌な波。
舟が波にあおられて安定しない。できるだけ沖の方を漕ぐ。進みたいコースは見えるのだけど、
他の舟もその付近に向かっている。ぶつからないように周りを見ながら、でも波の力に
負けないように必死に漕ぐ。すると右側面に突き上げるような波を受け、舟がかなり傾く。
ブレースが間に合わない。左をみると浜はあるけど大きなごろた石、波がぶつかり白い波が
立っている。

もし沈したら、波にまかれて浮いてこないんじゃないか。仮に浜に流されたとしてもこの石、
当たったら絶対痛い、それに絶対舟割れる。一瞬で色んなことがぐるぐると。
「この舟絶対沈しないっ!水野さーーーん」と思いながら思いっきり上体を右に傾けた。
ぎりぎりセーフ。
 
この後の休憩、出発の前に買った菓子パンを食べた。
ドキドキと興奮冷めやらずでバクバク食べた。こういう嗜好品、持ってきていてよかった。
 
結局のところ、何があっても漕ぐしかないのだけど、この日は胃がキリキリするような
状況ばかり。でも、リーダーの背中に力づけられた。ともすればだれそうな、もうしんどいー
ってなりそうな日だったけど、適宜目標を言ってくれるのもそんな気持ちを切り替えることが
できた。やっぱりアメとムチがうまい。
 
向かい風にも翻弄され、ずっと耐え忍ぶ漕ぎをしていたから最後の海峡横断はもちろん
しんどかったけど、大発散!頭を使わずただただ体を動かした。うりゃー、って感じ。
こういう海を漕ぐのは慣れている。ちょっと南紀の海に似ているように感じたからかもしれ
ない。だから決して海況はいいとは思えなかったけど安心感もあった。
この日やっとほっとできた時間だった。
 

 
【3日目】

徐々に慣れてきたかな。まだついていけてる。
この日は海峡横断はあったものの、それほどハードに感じるところがなかったのもあるけど、
とにかく漕ぎやすかった。
 
きっとその一番の理由はこの日のリーダーのガイディングだったような気がする。
私にとってはかゆいところに手が届くような、そろそろ欲しいな。というベストタイミング
で指示が出、そしてちょうどいい感じの空白というか遊びもあり、(性格もあるのか?)
後ろ姿を見ているとなんとなく意図がみえる気がした。

プロガイドってこうなんだ。痛感。背中にも目がある。ガイドだから当たり前かもしれない
けど、隊を自分のスペースにしつつも他人を含み、ケアする余裕があるようにも感じた。
 
苦手な潮流もあったけどそれほど激しくなかったし、自分もリラックして漕げていたので、
これはコース取りの練習。と、まず自分なりに考えてみて、リーダーが進むコースと
照らし合わす。ということをしてみた。
 
ただ、今回もジレンマというか、残念というか、消化不良なのはどうしてそのコースなのか
知りたい、聞いてみたいと思うのだけどスクールではないから聞くことを控えたこと。
夜のミーティング時に質問すればいいのかもしれないけど、まだ漕ぐことの方に意識が取ら
れるので時間が経つと細かいところまで覚えていられない。
貴重な学びの場でもあるけど、全て自分で消化しないといけないのでそこに意識を向け、
消化する時間を作る余裕がなく残念。
 
この日のハイライト?海峡横断。前回、ヘロヘロな、体はもちろん心の葛藤があった海峡。
自分の状態も状況も海況も違うからだけど、本当に同じ所か?と思う位、全く違った。
こんなに舟が出ていたらあの時の私だったらきっと大変なことになっていたかもしれない。
 
 
 
【4日目】

まだ2度しか参加していないけど、私にとって横断隊は第12次が基準になっているので、
第13次はイレギュラーな感じがする横断隊だった。それを感じ始めたのが4日目から。
いつもの(と言っていいのか?)横断隊とは違うルートを取るという判断に。
 
少しずつ疲れが出始める頃なのに不思議と気持ちも体も元気で漕ぐことが楽しくなってきた
ところだったのであの、横断隊のハイライトのひとつだよ。と聞き、必死の思いで漕いだ
あの2つの瀬戸を漕げないのは残念だった(今の私がそこをどう漕ぐのか、何を感じるのかに
興味があった)けど、逆に言えばレアコース、気持ちを切り替える。
 
面白いものでその人の漕ぎ方でなんとなく何を考えているのかがわかるような気がしてくる。
背中が語る。当たり前なのだけど、本当に人それぞれ全然違う。
 
恙なく目的地まで隊をリードするというのがリーダーの役割でもあるけど、この日、リーダー
の近くで漕いでいるとほんとに漕ぐのが、進むのが好きなんだなぁ。と感じた。
足下にも及ばないけど、プロガイドではない。というカテゴリーでは私も同じ。今日の
リーダーは(いい意味で)プロのアマチュアカヤッカー。横断隊もベテランだけど、やっぱり
ガイドよりはプレッシャーがすごいやろなー。と思いながら後ろを漕ぐ。
 
カヤック、大きいし重いし、装備も結構ある。準備や後片付けがめんどくさいなー。とたまに
思うけど、あの行動力は本当に尊敬する。飽きないのか、嫌になる時がないのかいつか聞いて
みたいな。
 
話はそれたがこの日はもう一つイレギュラーなことがあった。3人のサブリーダー。
今回は女性参加は3人。私以外は初めての参加だったけど、キャリアで言えばどちらも大先輩。
カヤック歴は3年と言ってた(と思う)けど、もうベテランの風格がある島津隊士がサブ
リーダーの1人に。漕いでいるコースだということでのことだったと思うけど、後ろから
彼女を見ていると自分の見立て、意見をきちんと伝えている。いくら知っているところとは
いえ、自分がその立場になれば彼女みたいにできるだろうか。
 
この日も向かい風が辛かった。ルームランナー状態にも。
しんどい、進まない。に気持ちがもっていかれないよう、意識して淡々と、辛い中にも
楽しめることを見つけながら漕いだ。でもやっぱり疲れもある。
腰もビリビリが頻発。今まではめんどうなこともあり、できるだけ上陸しないようにしていた
のだけど、休憩の度にできるだけ上陸してストレッチをした。
私だけじゃなくみんな疲れも重なってきていたのか、隊もどんどん締りがなくなってきているような
気がした。
特にはっきりした指示がなく、あっても誰の指示を聞いていいのか、いまいちはっきりせず
とりあえず進むという感じでずるずるただ風に耐えながら漕ぐ。
 
海図を見ながら常に自分の位置をはっきり把握して漕ぐということがまだしっかりできない
ので(これも課題)個人的にはだいたいでもいいからこまめに目標とするものがほしい。
特にこんな風が強く、疲れがたまってきている時は、先にも書いたように「しんどい」に
気持ちが持って行かれない為にも最終地に到着するまでできるだけ細かくつぶしていきたい。
なのでついつい何度も自分にとって安心できる、明確に指示してくれる人に聞いてしまった。
リーダーじゃないんだから指示しにくいよね。
 
ラダートラブルもあったが私も前日から保温ジャーに準備していたランチが腐ってた。という
大トラブル!楽しみにしてたのに。すぐに食べられるものがなく焦った。
この日は神社の敷地?ってところでキャンプ。寒さが厳しかった。
 
 

5日目
 
いきなり潮流。見る分には美しいのだけど。
先にも書いたが潮流は漕ぎ慣れてないし、第12次に潮流を漕ぎ、一瞬ラダーがきかなくなる
という経験をしたので潮流、潮目と聞くだけで苦手意識がある。
でも、疲れもないし気持ちもまだ萎えていない。学ぶ時!
なんとなく村上隊士がこういうので遊ぶのが上手そうな気がしたのでちら見しつつ真似して
みる。
 
この日のリーダーはほんとにピースフル。後ろをいつも気にしてくれ、度々180度以上振り
返って確認してくれるので(自分が苦手な)潮流もあるしドキドキした。
 
漕ぎ始めてから課題だな。と思っていたことがこの日も。
今回はとにかくリーダーについていく。(一列目を漕ぎ続ける)というのが第一の目標でも
あり、ひたすら漕いだ。コース取りもまだまだなので、余裕がある時はそれも考えながら。
ただ、後ろを見ると別のところを漕いでる時がよくあった。
確かにそっちの方が楽に漕げそう(コースとしてはよさそう)、ずるいーー。と思うような
時もあったが、これはどっちがいいのだろう。って時も。
そして、気になったことをいちいち聞いていいものかどうなのか。先にも書いた団体行動、
でもツアーじゃないところの線引き。
 
この日はあれ?何か違う気もするけどもしかしてもう島まで渡るのかな?
(私が指示を聞き逃していたのか)と思いつつ、後ろを漕いでいたら結局流されていた。
後ろで隊長が行く末を見守ってくれていた。気がする。
 
目的地に行くことよりついていくことだけに意識がいってたな。と反省。
ちょっと気を遣うところではあったけど、あれ?と思った時に聞けばよかったとも。
もっと指示をきちんと自分の中に落とし込んで自分なりに消化して漕げるようになりたい。

 
隊の雰囲気ってその日のリーダーの空気がでるのか、漕いだルートもどこかなつかしさを
感じるような、ほっこりした風景が多かった。
小さな造船所、打瀬舟、阿付兎観音、鞆の浦、仙酔島・・・気になってたところ。
期間中、唯一ほんの少しだけ観光できた感じ。
立派な浜大根もゲット!
 
ただ寒かった。ランチ時は風を避けるものがないところだったので、早々に食べ小さく
固まった。やっぱり火を使って手際よく準備~調理~片付けまでできるようになりたい。
 
カヤックをする時はいつも靴下と手袋をつけているのだけど、汗や海水が靴下にたまり
それがどんどん冷えてくる。ずっと水に浸かっている状態。
体が冷えると動きも鈍り腰の痛みも出てくるので休憩の度に靴下を脱ぎ、それを出すけれど、
お昼休憩の後から靴下を脱ぎ、裸足で漕ぐことに。
 
あと2日で小豆島へ着くことを考えればもっと行くべきだったんじゃないか、別のルートを
取ればよかったんじゃないか。というような空気の中でのキャンプ地。 
 
寒いだけでなぜか疲れは全くなく、夜のミーティングも色んな意見はでたものの、それぞれの
建設的な意見で自分としては充実していた。
 
3日目位から潮でコンタクトレンズがとれなくなってきている。何をしてもとれない。思わず
スマホでコンタクトレンズの取り方を検索する。早く寝たいのに取るのに1時間ほどかかって
しまう。

鏡を使うついでに久しぶりにしみじみ顔もみた。黒い。初日、既にサングラスの形がつき、
潮が吹いて白い。髪もぼさぼさ。今回はまつげもバサバサ。
格好に気を遣うのは初日で終了。日焼け止めも塗ってない。シンプルになりすぎて、大概の
事がどうでもよくなってきている。日常生活もこれくらいになりたい。

手を見た。
傷だらけ。日に日に傷が増えていく。そこに砂が入って黒い点々だらけになり血が滲んでる。
海水がしみて痛む。
 
あたしなにやってるんやろ。としみじみ。
あほなことしてるなー。けど、めっちゃ豊かな時間やなー。
 
そしてなぜか孤独やなぁ。と思った。もちろん他の隊士とはきちんとコミュニケーションを
取れているし、隊としても浮いては無かったと思う。けど、前回の、どんどん遅れて迷惑を
かけてた時よりも孤独を感じた。
みんないるけど、自分で自分の舟を漕いでいくというのは結局のところ孤独なことなのかも
なぁ。と思った。
それは生きていくことも同じなのかなぁ。と
 
テントの中でしばし哲学。

 
 
 【6日目】
 
ゴールまでの距離とこれからの天気を考えると楽観的にはいられない状況。
参加した理由のひとつに祝島まで行ったから今度は帰ってきたいなぁという思いがあったけど、
日が経つにつれどうでもよくなっていた。
 
日々色々と困ったことは起きたけど、それらはちゃんと消化できていて今までの5日間が
とても充実していたんだと思う。
体も気持ちも自覚できる疲れや気がかりなことは全くなかった。
腰痛も排除したいものではなく、あるものに。
 
6日目のリーダーはとても紳士的だと感じた。本当に人それぞれ。
前回の出発前日、この時は参加されなかったリーダーが面白おかしく話してくれた話が、
横断隊の奥深さも含め、自分が参加して感じた横断隊を全部表してたなぁ。とずっと印象に
残っていたので、どんなリーダーなのか楽しみにしていた。

ブリーフィングでどのルートをとるかで議論。
コンクリートの多い本土側を通ることに。
 
海旅=アイランドホッピングのようなイメージがあったし、人工物が多い所はツアーでは
もちろん、ツーリングでも避けるところだからこれも初めての経験。 
 
カヤックを始めて約2年、海にいる回数を重ねて行くと、不思議と陸にいるときには感じ
なかった感覚になることに気付いた。
 
ひとつには人工物の感じ方。メインのフィールドになる湯浅湾にもゴミはよく浮いているけど、
釣り人が捨てたであろう餌のビニール袋とか、みかん栽培に使われる肥料が入った袋のような
自然に還らないものはすごく目立ち、とげとげというか、ガサガサというか、なじまない、
肌に刺さるようなものすごく違和感、なんとも言えない気持ち悪さがある。

ただ漕いで、食べて、寝て。いつもとは違う海の上で1日の半分を過ごす日々。
どんどんシンプルに、人間とは違う生き物になってきているような、頭で考えて動くという
よりは本能で?ただ動くという感じ。皮膚が、感覚が敏感になってきてる気がした。

そんないつも以上に敏感になってきている時にあのコンクリート伝いに漕ぐのはすごく
気持ちが悪かった。どんよりとした天気だったこともあり、なにか落ち着かないような
ざわざわした感じがずっとあった。
たまに隙間から生えている雑草やカニを見るとほっとした。

もうひとつざわざわとしたのは荷物がどんどん少なくなり、パッキングは楽になってきた
ものの、あの波風でどんどん舟が安定せず左右に振られ、思うように進まなくなっていた。
大きく漕ぐより小さいストロークの方が安定するかな。などと試行錯誤しながら漕ぐが、
怖かった。ここ、沈したらあかんとこ!

そんな状況で原田さんがずっと並走してくれるのはとても心強かった。
休憩と作戦会議で上陸した時、差し入れてくれた缶ビールをハッチ、シートの後ろにも、
入りそうなところにめいっぱい詰める。

行き先は白石島へ。
ビールのおかげで少し漕ぎやすくなったので、これならまだいける。という感じでは
あったが、民宿はらだでお風呂に入らせてもらえるかも。という淡い期待のために私も白石島
支持。それ位連日の寒さで体は冷えていた。でも、白石島へ行けば終わってしまうかな。
という気持ちも。

漕ぎながら、やっぱり安易な方を選んだのか。と思いながら漕いだ。けど、ちょうど到着した
後、海況はすごいことに。ぎりぎりのタイミング。ベストじゃないかもしれないけど、
自分がこの海を漕ぐと思ったらここでよかった。と、ちょっとホッとした。

やっぱり民宿はらだはパラダイス。
お風呂、ほんとにありがたかった。3日目くらいからずっと濡れたままのウエア、ようやく
しっかり乾かせる。
こういう人たちがいるってなんてありがたいことなんだろう。
自分がここまでできるかな。と横断隊で出会う人たちを見る度いつも思う。
風の音を聞きながら温かい部屋でほっこり。

おいしい食事をいただいた後、明日のリーダーも決まりミーティング。
一体何を見てどういう判断をするのか、どういうルートをとるのか、邪魔にならないよう
耳だけ向けてちょこちょこ聞いた。あんまりわからなかったケド。

リーダーもサブリーダーも経験豊富だからもしかしたら明日は無理だと、その可能性が高いと
思っていたかもしれない。でも、他の隊士も入れ替わりずっと作戦会議をしてた。
これがもし、ちょこっと打ち合わせをして後はお酒で和気あいあい。だったなら私もそんな
モードになっていたと思う。でも、あの姿を見られたことで、気持ちは切らさないように
しないと。とダレることなく過ごせたように思う。

漕がなくても背中は、姿は見せてくれる。



【7日目】

いつもより窓の外は暗いような気がした。室内にいても風の音で海がどうなっているのか、
ある程度はわかった。準備をして1階へ降りていくとコーヒーのいい香り。温かい。
「飲んでから行きー」と言ってもらったけど、ここでそれをしたら気持ちが切れて絶対
漕げなくなる。と思い、重りに空になりつぶしたペットボトルにもう一度水を頂いてハッチ
に詰めた。そして時間まで外で待機。たき火が意味ない位風が強く寒かった。

時間が来て各自意見を。
6日間漕いでみて、もっといろんなところや海況を漕ぎたいと思ったし、もっと(経験を積む
ために)漕がないと。と思っていたからただ「漕ぐ」か「漕がない」かだけでは漕いでみた
かった。
けど、人数、時間の制限、小豆島までいけないとしてもこの日の目的地までの距離、この
気温・・・目の前の弁天島まで行って帰ってくるのとは違う。出発したとしても絶対足を
ひっぱる方になる。

第13次横断隊は白石島で終了。

それぞれのタイミングで帰る。
漕ぐために来ているし、自分の体調を整えることも横断隊では必要なことだから、食べ終わ
れば翌日の準備をしてすぐ寝るようにしていたので他の隊士とゆっくり話す余裕はなかった。
でも、テレパシーなんかで交流していたんだろうかと思うくらいみんなに愛着がわき、
離れるのがとてもさみしい。
たった7日間一緒にいただけなのに。どうか元気で、漕いで帰る人はどうか無事に。
波止場からと舟からと、それぞれずっと手を振っていた。

笠岡に着いたらお迎えが。なんと!わざわざ山口まで送ってくれるという。そのために笠岡
まで来てくれたという。
ほんとうにたくさんの人たちに支えられている。

和歌山に戻り、余韻にひたりながら大量の後片付け。ありがとうと言いながら舟を洗う。
ピカピカの、真っ白だった舟にたくさんの傷。初めての海旅が横断隊だなんて、この子は本当に
恵まれているなぁ。



今回もたくさんのものを賜った。前回とは全く質が違う。大きな課題がたくさん。
横断隊は私にとってとても貴重な現地実習、学びの機会でもあるけど、自分の心の動きや
成長をみたい場でもある。

振り返ってみて、今回の(自分なりの)勝因は・・・なんでも楽しめたことのような気がする。
というか、起こることに意味をつけなかったというか。

知らないうちに大きな切り傷ができていたり、低温やけどをして膿んできたり(海水が
痛かった-)今回は絶対大丈夫と思っていたのになぜかなるし、ごはんは腐るし。
こんな時に限ってなんでー!?なことばかり。
そんなときはいつも他の隊士達に助けてもらったり、姿で助けてもらったり。

内田隊士、海はベテランだけど、彼女なりのプレッシャーもあったと思う。でもあの在り方。
ところどころで!をもらった。
今回、2人の女性と一緒にすごせて本当によかったと思う。2人ともカッコよかった。

今回は持ち物もなくならなかった。地に足がつき、見えていたんだと思う。
視点と立つ位置が決まればいつでも学び、いろんなことを吸収することができる。
でも、やっぱりもらってばっかりだったなぁ・・・

第12次とはまた違う、横断隊の世界を見、色んなことを感じた時間だった。
ようやく横断隊がどういうものなのか、やっとその入り口を知ったのかもしれない。

今回も、とてもステキな時間でした。
ご一緒できたみなさま、色んな形でサポートしてくださったみなさまありがとうございました。

ゆうじさん、私が漕ぐの見てもらいたかったなぁ。パドル動かすの、速くなりましたよ。

2015第十三次瀬戸内カヤック横断隊レポート 森 大介

第13次瀬戸内カヤック横断隊レポート
森大介

今次はずっとやってみたかった2週間分の食料を積んで行きから帰りまで全てカヤックで移動
というのを試してみました。水と差し入れ以外は無補給で。
知りたかったのは同じ海域をソロとグループで漕ぐという意識の違い、体力や精神の消耗など、、
と書くとカッコ良いですが実は違います。
初日から海気バリバリで横断隊に参加したら一体どんなことが起こるのか!
それを確かめたかったのですが自分ではよくわかりませんでした。
結果、上記のような真面目なことが見えてきたし、感じた。
特に強く感じたのは二日目、鹿島への海峡横断。

奇しくも4日前に2日間爆風で停滞した場所。
(半田さん停滞中いろいろとありがとう御座いました!)

横断前、隊長に相談しようと近寄った時原さんは笑ってた。
自分の弱気を見透かされていたのか。
『とりあえず行ってみよう。ダメそうなら追い風に乗って戻ればいい』
それを聞いて皆を見ると疲れてはいるが誰も目が死んでない。
それでゴゴゴと弱気が吹っ飛んだ。みんなの気が伝わった瞬間でした。
うまくは書けませんが横断隊、ソロと合わせて一番心に残る一瞬でした。

●2日目のこと

前日に原隊長からリーダーに任命された。
正直、いつ漕いでも気持ち悪い場所。(地元の方ゴメンなさい・・・)
ゆっくり楽しんで漕げた日が無いんです。
この海域突破のキモとなる怒和島水道、諸島水道の転流時間など保安庁のサイトで調べる。
結果、スタート地点からの距離、時間帯よし。天候は午後から北東が強くなる予報。
行けて亀が首。最低でも鹿島。を目指す。
離陸後順調に進んだ。沖家室大橋を越え牛ヶ首を回ろうとした時隊長から
多分荒れてるぞ! 気をつけろとアドバイスを受ける。
岬を回るとまさにその通り。隊が固まら無いよう指示を出す。だれか沈するかもと思った。
昼食後潮の加減を見ながら漕ぎ諸島水道突破。この時から風邪強まる。
強い向かい風の中、津和地の西を通り北上。かなり時間を取られた。
この時点で倉橋亀が首はゴールから消えた。
津和地の北岸に到着。皆風にやられて疲労しているのがわかる。
暗くなるまで2時間半。
この状況で約6キロの海峡横断。行けるか・・・
野営地は鹿島南端のビーチに決めた。あそこなら最短距離で風もかわせる。
注)半田さんのところではない
原隊長と相談。行くことになる。出る前に皆で気合の雄叫びをあげた。
さっきまでの風は少し落ち着いたが風波が立っている。
本線航路なので大型船も多い。おまけにボートも。
航路を抜けるまでは皆で固まって漕いだ。
ビーチに向かっていると後ろの方からそっちじゃないぞーと言われる。
鹿島の西に向かうらしい。距離は遠くなるが良い野営地でもあるのか?
とりあえず従う。
この辺りから植村さんが遅れだした。
航路も抜けていたので待って、漕いでを繰り返す。
暗くなる前に到着したい。
今思うとあの辺りで夜間航行の準備をするように皆に伝えればよかった。
野営地も決まってないらしいことも判明、、、。
えー!?と心の中で思うももうしょうがない。
この辺りで探すしかない。なんとか満潮線ギリギリの
こじんまりした浜も見つかった。
最初浜の奥行きが小さすぎると思ったが平田隊士に
上がって見んとわからんよと言われ実際上がってみると野営できるとわかった。
勉強になりました。



提出遅れに遅れて申し訳有りません。
自分のことしか書いておりませんがレポートとさせてください。
今回も多くの方にお世話になりました。ありがとうございます。

Appendix

プロフィール

瀬戸内カヤック横断隊

Author:瀬戸内カヤック横断隊
2003年第一次瀬戸内カヤック横断隊からの記録を掲載しています。

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